第2話 逸材だから仲間にしたい

 穂照ホテル 兎毬トマリ

 ふざけた名前のように思うが、『穂照ホテル』という苗字には心当たりがあった。

 ホテル・リゾート業界で名を馳せる大企業の創業者一族の名だ。

 たしか初代は幕末期の平凡な農民の出だったが、明治になり一代でその基盤となる財を築いた………というのをテレビの特集で観た事がある。



穂照ホテルと言うと、国内でも有数のあの穂照ホテルグループの娘、という認識で間違いないか?」


「ええ、その認識で間違いないわ。私はその七代目よ」


「その穂照ホテルグループのお嬢様が、どういう理由で俺を拉致監禁したんだ?」


「別に隠すつもりは無いわ。今から説明するから少し外を歩きましょうか」



 このお嬢様からは全く悪びれた様子は感じられず、そして俺を無理やり監禁しようとするような様子も無かった。

 俺は兎毬トマリの後について屋敷の外に出た。





「どう?なかなかいい景色でしょ?」


「まあ………な」



 先ほどの部屋の窓から見えていた庭を抜けて門の外まで来ると、だだっ広い田園風景が広がっていた。

 遠くの方にぽつぽつと何かの建物が見えるが、遠くて何の建物なのかまではわからない。


「それで?ここは何処どこなんだ?」


「私の国よ」


「はあ?」


 何を言ってんだ?この女は。

 やっぱり頭がどこかおかしいのか?


「そんな頭のおかしい奴を見るような目はやめてよね。もう少し詳しく言うと、ここは中部地方のある山に囲まれた平地を買い取った『私の土地』よ」


「なるほど。そういう意味でアンタの『国』って事か」


「まあね。そして将来の『私の国』の試験地域テストエリアでもあるわ」


 また『国』という単語が出たな。

 こいつは一体、何を言っているんだ?

 そんな俺の思考を読んだのか、兎毬トマリは俺のほうに体ごと向き直り、説明を続けた。


「………私はね、今のこの国に満足していないわ。私の『理想の国』には程遠い。なら、『理想の国』を自分で作っちゃおうかな?って思ってね」


「はあ?」


「まったく、反応がワンパターンね」


 俺がおかしいのか?

 そりゃ、この国に不満をもつ事は別におかしいとは思わないし、そういう奴はたくさんいるかもしれない。

 だが、だからと言って自分の国を作るなんて考える奴はいないだろう。


「それなら政治家にでもなって、理想の国になるようにするのが正しいやり方なんじゃないのか?」


「ふん。仮にそれで私が総理大臣になったとして、それでは私の『理想の国』は作れないわ。この国は既に『新しい理想』を受け入れない人間が多すぎるのよ」


 そりゃまぁ確かに、こいつの理想とやらに賛同するような奴はいないだろう。

 いや、こいつじゃなくても、多種多様な考えをもつ人間が多い以上、国民全てが納得して賛同するような政治家なんて、今までもこれからも現れるはずがない。


「だから、1から自分の『理想の国』を作るって?」


「そうよ!ここはその手始めとなる試験地なの!!」


 なるほど、見事なまでの『金持ちの道楽』だ。

 私有地じぶんちの敷地内で何をしようと自由だからな。

 こいつにとっては自宅の庭に犬小屋でも建ててるのと同じ感覚なのだろう。


「まぁ共感はしないがアンタのやりたい事ってのは理解した。アンタの敷地内でアンタが何をしようと自由だ。だがそれは、『賛同していない他者たしゃを巻き込まない』という前提での話だ。アンタの理想に納得してない奴を巻き込んだ時点でそれはただの『犯罪』となる。そこんとこは理解してやってるんだろうな?」


 俺は声に怒気を含ませながら兎毬トマリを睨み付ける。

 だが兎毬トマリは全く怯む様子もなく、けろっとした感じで答える。


「そんなの当たり前じゃない。私は私の『理想の国』を作りたいんだから。今この国には約20人の『国民』がいるけど、全て私が面接をして、ちゃんと私の理想に共感している人だけを迎え入れているわ」


「そうか………じゃねえ!!ここに一人!!納得してねえ俺がいるだろうが!!」


「あなたは『特別枠』よ。あなたはどうしても私の国に欲しい逸材だったの。だから順番が逆になってしまったのは謝るけど、あなたにはこれから『私の国』を理解し、共感してもらいたいと思っているわ」


 とんでもねえ理屈を少しも悪びれずに言い切りやがった。

 そんな事後承諾で納得するような奴がいるわけねえだろ。

 ………とは思うのだが、俺が『どうしても欲しい逸材』というのが引っ掛かった。

 俺とこいつに接点など何も無いと思うのだが、何故俺がこいつにとっての『逸材』なのかがまるでわからなかった。

 だから、その疑問だけは聞いておくべきだと思ったのだ。


「俺が逸材というのはどういう意味だ」


 すると兎毬トマリは「ふふっ」と不敵に笑うと両手を後ろに組んで、俺の目前まで無造作に接近したかと思うと、上目遣いに俺を見つめながら言葉を紡いだ。


翔琉カケルくん」


「な、なんだよ………」


岡尾オカオ翔琉カケルくん」


「だから何だよ」


 俺の名前をフルネームで呼んだかと思うと、急に「はぁはぁ」と息を荒げ、顔を赤らめ、瞳をトロンとさせながら………


岡尾オカオ 翔琉カケルくん♡私のおかおにもぉ、か・け・る?」


 俺の周囲の空間が「ぴしっ」と音をたてて固まった。

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