知らないふりをしたって

微妙な笑みを浮かべて彼女は壁に寄りかかり

折れそうな白い腕をひらひらと俺に向けた。


「じゃあね」


冷たい声が出なかった。彼女を刺すような声が出なかった。

初めて彼女に触れたとき、満足感を初めて感じた。

いつもカラカラだったコップの中にゆっくりと、しっとりと水が湧き上がってくるようだった。


「かえる場所があったらなぁ」


ぽつりと零した言葉に俺は応えなくちゃと思ってしまった。


彼女の自由にすればいいと思った。

泣いていれば抱きしめ、頼ってきたら応える。

どんよりしていれば話を聞いた。

ほかの男がいたって、気にしない振りをした。


それでもやっぱり、思ってしまう。


寂しい


心のどこかで汚い自分を閉じ込めて

見ないふりを続けた。


でも、爆発した。彼女が俺にストラップをくれた。

苦しくなった。

嬉しいと心の底から喜びたいのに苦しくなった。

重くて暗い、鉛をつけられた気分だった。


その日から耐えられなくなった。

彼女の全てを独占したい。

汚い自分が顔を出す。


寂しい


そう言っている。


もう、耐えられない。シアワセなんて彼女に訪れなければいいのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る