第15話 とんこつラーメン〜『豚』骨ラーメン

 巻き寿司が主流とはいえ、すっかり定着しているスシは別として、日本発の食べ物も流行があるみたいだ。


 一時期、猫も杓子も日本酒、日本酒だった。

 今は、若干下火になったのか、変わってよく耳にするのが、日本のウイスキー。


 友人にオススメ聞かれることも増え、去年、帰国した際に、空港の免税店で日本のウイスキーの棚が空っぽだったのには驚いた。「日本のウイスキーないの?」と尋ねている旅行者を何人も見かけた。


 私も流れに乗って、空港で一本買ってカナダに戻ろうと思ってたのに、あっさり撃沈。


 ところ変わって、近所の歯医者さんで、定期クリーニングの日。


 いつもの歯科衛生士のおばちゃんと、世間話を挟みながら、いつものように処置してもらっていた。


 処置中はもちろん話せないので、静かにおばちゃんの話を聞いていた。

 すると、同時に隣のブースのおっちゃん達のでかい話し声も聞こえてくる。


「日本のウイスキー飲んだことある?スッゲーうまいの」


 日本ウイスキー協会のアンバサダーに任命してもいいほど、上手に説明しているおっちゃんで、すっかりおばちゃんも私も聞き入ってしまった。ふと気づくと、おばちゃんが小声で、「本当なの?」と聞いてきた。


「私はウイスキー飲まないんだけど、やたら人気なのは本当」と答えると、「ちょっと〜、私の患者さん、日本人なの。本当に人気らしいよ〜」と隣のブースのおっちゃん達に声をかける。


 おっちゃん達の、「おおおお」の声。


 なんか、誇らしいわね、やっぱり。


 そして、ここ最近、超絶人気といえば、ラーメン。


 そのうち、スシ屋並みに、そこら中にラーメン屋できるんじゃなかろうか、という勢いで出店が相次いでいる。


 スシと違って、日本人オーナーのラーメン店が多いみたいだけど、なんというか、味が日本と微妙に違う。


 まず、塩っけが足りない。


 とんこつとか、ガラスープのあの、パンチの効いた匂いもすごくマイルドに仕上がって、なんともいえない物足りな感。


 まあ、こちらの食事は、日本式の『おかずでご飯を食べる』式ではないので、そもそも塩気は少ないし、匂いのきつい食べ物もあまり一般的ではないから、土地に根付かせるには、しょうがないのかもしれない。


 何軒か近場のラーメン屋を試して、どれも日本のラーメンとは似て非なるものだったので、すっかりラーメン屋探しはやめてしまった。


 そんな中、アメリカの友人のホームパーティに呼ばれた。


 ホームバーに日本のウィスキーを発見して、「ここもか」と、多少驚き、おまけに、別の友人が、「締めに私のオススメのラーメン屋に行こう!」と皆を誘っている。


 また、あの「ふんわりマイルドなんちゃってラーメンか」とは思ったものの、飲んだ後のラーメンの誘惑にあらがうことができず、結局みんなの後をついていった。


 遅い時間なのに行列ができていて、並んでいる間に、常連の彼女が、初ラーメンの人に、ラーメンとはなんぞや、どうやって食べるのか説明していた。


 そして食べてみると、なんと、そこのラーメンは、ほぼ日本の味そのもののラーメンだった。どうやら日本でも数店出している店が、アメリカに進出して、欧米仕様に魔改造せずに提供しているようだ。


 がぜん、テンションが上がる私。


「この味、すごく日本の味に近いよ! 日本以外で今まで食べた中で一番おいしい!」と、彼女に伝えると、とても喜んでくれた。


 しかし、ラーメンをすすっているうちに、『あること』を思い出して、私はだんだん麺が喉を通らなくなり、スープの味が遠のき、せっかくの日本式ラーメンを味わうことができなくなってしまった。


 常連さんの彼女をちらりと見る。

 美味しそうに私と同じとんこつラーメンをすすっている。


 あああ。


『あること』といいうのは、彼女が以前、日本旅行に行くにあたって、「東京で豚を使わないラーメン屋がみつからないので、探すのを手伝ってくれないか」と頼んできたことを思い出したのだ。


 そう、彼女は、中東出身、宗教上の理由で豚肉が食べられない。


 今、目の前にあるラーメンはとんこつラーメン。


『豚』骨ラーメン。


 あんなに真剣に、豚抜きラーメンを探して、『豚抜きラーメン』が、かなり珍しいものだと知っているのに、なぜ、地元のラーメンが豚抜きだと信じて疑わないのだ?


 脇に嫌な汗を感じながら、ようやくとんこつラーメンを食べ終え、みんなでそぞろ歩きで帰宅する途中、自分の中で激しく葛藤する。


「伝えるべきか、否か」


 もうすぐ、ポイントカードをコンプリートしそうなほど、あのとんこつラーメンを愛している彼女。


 本当のことを知ったら、奈落の底に落ちるだろう。


 ……言えない。とても言えない。


 結局言えないまま、家路につき、それ以降、彼女に会うたびにラーメンの話題を避けてしのいでいる。


 酔っ払っていたことだし、私と一緒にあのラーメン屋に行ったことを忘れてくれていることを、ただただ願うのみ。

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