恋って言うのはきっと、戦略が大事なんだよな。つまり、スタートは敵を知ることからだ
中間テストも終わったことで、生徒たちもみんな一安心と言った感じだろう。
月曜日には、テスト一週間前から張り詰めていた勉強モードの空気は消え去っていた。
まあ、俺に向かい合う形で座っている雅は、まだそのモードを抜け出せないでいる。
正確には俺が抜け出させないようにしているんだが。
土曜日の反省会で、夜10時まで問題とにらめっこしたにも関わらず、結局何も成長は見られなかった。
なんだかんだで紅葉もその時間まで雅のことを見てくれたりしたのだが、地味な反抗なんだろうが、雅は紅葉の教え方に難癖を付けては勉強から逃げ出そうと目論んでいたようだ。
毛嫌いする女同士って、皆こんな感じなんだろうか。
紅葉も優しさで教えてあげたのはいいんだが、頭が良すぎるせいで雅もついていけてなかったんだよな。
「こんなことも分からないの?」という彼女の尖った言葉の裏には『私の教え方がダメなのかしら……どうすれば分かってくれるの……』という雅のことを想った本音が隠されているのを知るのは、おそらく俺だけだろう。
まあ、あの日のうちに手に負えなかった問題を今とかせているのだが、やっぱり難しいようだ。
国語ってセンスみたいなところもあるからな。すぐに得意になれと言われて努力で出来るものでもないだろう。
彼女には国語よりも数学を覚えさせた方がいいのかもしれない。
向き不向きもあるだろうし、ひとつずつ克服させていくことにしよう。
「んぁぁぁ!疲れたぁぁ!」
雅がシャーペンを放り投げながら伸びをする。
俺はそのシャーペンをキャッチして「危ないから投げるなよ」と言いながら机の上に置く。
それと同時に彼女は何かを思い出したかのように
「ねえ、ゲッチー」
と言った。
「なんだ?」
「今まで言ってなかったんだけどさ、ゲッチーって鶫さんのことが好きだったんだね」
「あ、ああ……意外だったか?」
どこか寂しそうな表情をする彼女に、俺は反射的にそう聞いた。
「ううん、ゲッチーはあの人との時間を大切にしてたみたいだし……意外ではなかったかな」
「そうか」
「けれど―――――」
「ん?何か言ったか?」
「う、ううん!なんだか眠くなってきちゃったみたい!ちょっと顔洗ってくる!」
雅はそう言うと逃げるように教室から飛び出して行った。
あれ、トイレって教室を出て右側じゃなかったか?
今、あいつ……左に走っていったような……。
まあ、気のせいだろう。
俺はリラックスするためにひとつため息をつくと、鞄からゲーム機を取り出して起動した。
「新作『持山カレン育成日記』、かなりやりこんだんだが、ちょっと成長が滞ってきたな。そろそろ別の作戦を使うべきか?」
そんな独り言を呟きながら、授業が始まるまでボタンをポチポチしていた。
ついに言っちゃったぁぁぁ!
『鶫さんのことが好きだったんだね』だなんて……変な感じになってないかな?
よそよそしくなってたりしないかな?
ゲッチーと話してると、他の誰よりも自然体でいられる反面、女の子としての自分を意識する場面も増えてきた気がする。
でも、ゲッチーはまさか私が好意を寄せてるなんて思ってないんだろうな……。
そんなことを思いながら廊下を歩いていた。
焦っていたせいか、トイレの方向を間違えてしまって、戻るのもなんだしと遠回りをしているのだが、私の視線はあの人を捉えてしまった。
鶫 紅葉、私の初恋の人の好きな人だ。
クールで毒舌で、人を見下すのが趣味みたいな人。
私よりも遥かに彼女を知るゲッチーだからこそわかる魅力もあるのかもしれないが、第三者から見たらきっとみんな私と同じイメージを持つと思う。
だって、あんなにも人を馬鹿にしたような言い方ができるような人なんだから。
どう考えてもゲッチーのことを好きだと思っているようには見えない。
現に彼女は屋上での告白を断っているのだから。
つまり、ゲッチーの恋が叶う確率はゼロに等しい。
でも、私には諦めろなんて言う権利はないし、言ったところで諦めるはずがない。
そんなことで諦めるものを、人は恋とは呼ばないから。それくらい私にもわかる。
「鶫さんのことをもっと知れば、どうしてゲッチーがそこまで彼女にこだわるのかが分かるかも……?」
ふと頭に浮かんだ言葉を独り言のように呟いた。
それが考えとなる前に、私は自然と彼女を呼び止めていた。
「鶫さん」
突然名前を呼ばれたからか、少し方をビクリとさせたように見えた。
クールな彼女がそんなことを?きっと気のせいだろう。
「あら、新庄さん。どうしたのかしら」
「いえ、見かけたので声をかけてみただけで……」
「そう、今、私忙しいのだけれど」
「そうですか、すみません」
どう見ても忙しそうには見えないけど……。
ややこしくなるのも面倒だったし、ここは何も言わずにただ謝っておくことにした。
「いいのよ。そうね、勉強くらいならいつでも教えてあげるから、もし聞きたいことがあるならいつでも教えてあげるわよ。万事部の部室、分かるわよね?」
「え、ええ……。それならお言葉に甘えさせてもらいますね……」
「ええ、依頼として受けさせてもらうから。待ってるわよ」
彼女はそう言うと教室に戻っていった。
なんだか、いつもよりも優しさを感じた気がした。
私のことを気遣ってくれていたような……そんな不思議な感覚がした。
いや、彼女だって人間だ。
気持ちの変化でいくらでもそんなタイミングもあるはずだ。
偶然……そう、たまたまなんだ。
私は自分に言い聞かせるようにそう心の中で唱えた。
けれど、彼女についてもっと知りたいという気持ちは予想以上に膨らんでいて―――――。
「鶫さん!今日の放課後、時間ありますか?」
私は気がつくと、彼女のいる教室を覗き込んでそう声を上げていた。
そして放課後、私は鶫さんと一緒にカフェに来ていた。
前回ここに来た時はゲッチーもいたんだけど、彼女と2人だとまた違った雰囲気に感じる。
「えっと……何食べます?」
「そうね……。甘々シュープリンって言うのに興味があるわね」
甘々シュープリンって、確かシュークリームの生地の中にプリンを詰めたやつだったような……。
名前からもわかる通り、かなり甘い。
鶫さんって意外と甘党なのかな?
「いいですね、私はショコラパフェにします。じゃあ、店員さん呼びますよ?」
「ええ、お願いするわね」
私は近くにいた暇そうな店員さんに声をかけた。
「あ、はーい。私、注文取らない主義なんですけど……まあ、いいでしょう。ご注文は?」
なんだか変な店員さんだと思ったら、前に来た時と同じ人だった。
変なパフェを持ってきた人だったから、よく覚えてる。
けど、近くで見るとかなり美人さんだな……。
「えっと……ご注文は?」
「あ、はい!ええと――――――」
店員さんに再度声を掛けられ、我に戻った私は二人分の注文をする。
かしこまりましたと言ってカウンターの方へと帰っていく店員さんを目で追いながら、水の入ったグラスを口元に運ぶ。
「ところで、どうして私を誘ったのかしら?あなたなら唯斗くんを誘うものだと思うのだけれど」
「えっと……それは……」
さすがにあなたを知りたいからだなんてストレートには言い難いな―――――。
「って、なんでゲッチーを誘うだなんて……」
「だって新庄さん、彼のことが好きなんでしょう?」
「っ!?」
私ってそんなにわかりやすい行動を取ってたの?
鶫さんに分かるほどにはそうだったってことだよね?
「だってあなた、私の彼への発言にいつも敏感なんだもの。分かりやすいなんてレベルじゃないわよ」
「そ、そうですか……」
ってことは、ゲッチーにもバレてるのかな?
それなら嬉しいような……悲しいような……曖昧な気持ちになるかもしれない。
だってゲッチーは今、私の目の前にいる鶫さんのことが好きで、私に見向きもしてくれないんだから。
そんな時に好きだなんて言ったら、優しい彼は悩んでしまうかもしれない。
だから、鶫さんのことを諦めてもらってから告白する。そう決めていたのに……。
「はい、ご注文の品ですよ〜」
私の考えを遮るタイミングで、店員さんがパフェとシュープリンを運んできた。
「わぁ……美味しそう……」
相変わらずこの店のスイーツのレベルは高い。
細かいところまで綺麗に作られていて、口だけでなく目も楽しませてくれる。
そんな評論家のような意見を脳内だけで再生した私は、長いスプーンでパフェのてっぺんにあるショコラケーキをすくう。
「いただきます♪」
それを口の中に放り込んだ私は、思わず感嘆の声を漏らした。
想像以上に美味しい。
まさにお値段以上というやつだ。
これは手が止まらなくなるかもしれないな〜♪なんて思ってもう一度パフェにスプーンを差し込んだ瞬間、鶫さんがじっとパフェを見つめているのに気が付いた。
もしかして、欲しいと思ってたりするのかな?
人が食べてるものが美味しそうに感じるというのはよくある話だし、私もそれでサチから色々と貰ったことがあるからよく分かる。
「鶫さん、一口食べますか?」
彼女と私は決して仲良くなんてないけれど、自然と口が動いていた。きっとスイーツを前にした女の子って言うのは優しくなれるんだと思う。
彼女も少し戸惑ったみたいだったけど、小さく頷いて、私からスプーンを受け取った。
代わりに、ということだろう。
シュープリンの乗ったお皿を私の方へとスライドさせて、いくらか目線を送ってきたのは。
いつもの彼女と同一人物とは思えないその行動に目を丸くした私だったけど、その優しさに甘えるように、シュープリンにかぶりついた。
「あっ……美味しい!」
ショコラパフェも美味しいけど、こちらもなかなかの味だった。
クッキーのような触感のする生地と、トロトロでフワッとしたプリンがいいコンビネーションで、ついもう1口食べたくなってしまう。
「いいわよ、もう1口食べても」
鶫さんの心を読んだかのような台詞に驚きながらも、ほぼ反射的に「いいんですか?」と聞き返していた。
「ええ、美味しいものね。ふふふ♪」
そう言いながらパフェをもう一口食べる彼女。
『私も食べさせてもらうから、あなたもどうぞ』という意思が伝わってくる。
そんな優しさを垣間見せて微笑む彼女の姿に、私は一瞬だけ見蕩れてしまった。
今の今まで毛嫌いしていたはずなのに、何故か好感を抱いているしまっている自分がいる。
その事実に半ば混乱しながら、私はもう一度シュープリンにかぶりついた。
「……美味しい」
結局、スイーツは交換したままお互いが完食してしまう形になった。
でも、不満はなかった。
むしろ、自分の好みに合うものを見つけられたことに、すごく満足している。
そんなウキウキした気分で私たち二人は帰り道を歩いていた。
なんでだろう。
私は今、鶫 紅葉のことをそこまで嫌っていない気がする。
ゲッチーにきつい言い方をしたり、人を見下したり、酷い人だと思っていたけれど、二人きりで話しているとそうでも無いんじゃないかと思ってしまう。
もしかして鶫さんって――――――――。
「あっ!」
私の心の中の声を遮るように鶫さんが声を上げた。
彼女は突然走り出すと、10メートル先の電柱のそばでしゃがみこんだ。
「ど、どうしたんですか?」
体調でも悪くなったのかと心配になって声をかけたが、こちらを向いて立ち上がった彼女の腕に抱えられているものを見た私は、そうでは無いということを理解した。
「猫ちゃん、かわいいでしょ?」
彼女に抱えられているのは黒白の毛並みをした猫だった。首輪を付けているからどこかの飼い猫だろう。
やけに鶫さんに懐いているように見える。
「この子、そこのおばあさん家の猫ちゃんなのよ。よくこの辺りを散歩しているのよね〜♪」
ニャー♪
彼女が猫に話しかけるようにしながら頭を撫でてやると、猫は腕に顔をスリスリしながら鳴いた。
確か、前にゲッチーが言っていた気がする。
『猫好きに悪い人はいない』って。
もしかして彼は、鶫さんが猫好きだということを知っていたんだろうか。
こんなにも笑顔で動物を可愛がり、女の子らしい一面を見せるということを、知っていたんだろうか。
「よしよし♪じゃあ、おうちに帰ろうね〜♪」
鶫さんはそう言って猫を抱えたまま民家の庭へと入っていった。
「おばあさん、猫ちゃんが帰ってきましたよ〜♪」
「あらあら、紅葉ちゃん。わざわざごめんね〜。この時間になるとこの子がいないと寂しくなっちゃってねぇ」
嬉しそうに猫を受け取るおばあさんの反応からして、彼女が猫を連れ戻したのは1度や2度では無いらしい。
「では、私はこれで」
「もう帰っちゃうのかい?もう少しこの子と遊んであげても……」
「いえ、一緒に来ている子がいるので」
鶫さんが私の方に一瞬だけ視線を送ると、おばあさんは「そうだったのかい、じゃあまた来ておくれ」と言って手を振った。
彼女は深く頭を下げると、おばあさん達に背を向けた。
「待たせて悪かったわね」
鶫さんが歩きながら言った。
「いや、大丈夫です。……猫、好きなんですね」
「ええ、可愛いもの」
先程までとは違い、真顔でそう答える彼女。
同じ人だとは思えないほどの反応の違いがある。
けれど、両方が鶫 紅葉であることは確かだった。
それからしばらくの間は2人とも無言だった。
けれど、私の頭の中にはひとつの答えが出ていて、それをいつ言うかのタイミングを見計らっていたのだ。
「私の家、ここだから」
突然足を止めた彼女が、1軒の家を指さした。
「今日は誘ってくれてありがとう。じゃあまた明日……」
「待ってください」
家に入って行こうとする彼女を私は呼び止めた。
「何かしら?」
振り返った彼女の、夕日に照らされた黒髪が金色に輝いているように見えて眩しかった。
「私、やっと気付いたんです」
首を傾げる鶫さん。私は続けた。
「あなたを知ろうとすることでやっとわかったんです」
「一体何がわかったのかしら?」
「鶫さん、あなたは気持ちを伝えるのが下手なんですね」
その言葉に彼女の表情が強ばった気がした。
図星だという証拠だ。
「人に冷たくしてしまうのも、バカにしたような言い方をしてしまうのも、全部気持ちを上手く伝えられないからだったんですね」
「そ、そういうわけじゃ……」
「いいえ、あなたは確かにそうなんです」
弁解しようとする彼女の声も遮って、私は心の向くままに声を発する。
「それも、ゲッチーの前だと特にそうなりますよね?」
「っ!?」
今、彼女の瞳孔が分かりやすく開いた。この距離だからよくわかる。
「鶫さん……好きとまではいかなかったとしても、実は彼のことを意識しているんですね?」
「……」
彼女は何も言わなかったが、それはもう、肯定しているのと同じだった。
薄々気付いていたけれど、本人から聞くとやっぱり衝撃だった。
だって、私の好きな人と、彼の好きな人は両思いだということになってしまうのだから。
つまり、私の恋が叶う確率はゼロ。
「そうですか」
けれど、私だって好きをあきらめるなんて出来ない。この想いはそんなに簡単に取り換えの効くものじゃないんだから。
私はポケットから1枚の紙を取りだした。
「これ、鶫さんのですよね。お返します」
それは一ヶ月前に拾ったもの。
食堂前にら破り捨てられていたおみくじだ。
それを拾ってできる限りセロハンテープで治して、今まで保管していたのだけれど……。
「これ……私の……?」
それを受け取った鶫さんは驚いた顔で私を見つめた。
「はい。あの日、あなたが捨てたものですよね?」
「な、なんでこれを……」
「勿体ないじゃないですか、大吉を捨てるなんて」
「けれど……あなたの持っていれば恋が上手くいくんじゃ……」
私は首を横に振って見せる。
「好きな人が同じ相手に情けをかけてどうするんですか。鶫さん、前に言っていたじゃないですか。ここは戦場だ……って。恋ってそういうものなんですよ」
そう言って微笑みかける。
私は不思議と清々しい気分だった。
「私はそんなものがなくてもゲッチーを振り返らせてみせます。あなたに向いた目を、私に釘付けにさせてあげますから」
それはまさに宣戦布告だった。
けれど、目の前の美しい敵はクスリと笑った。
「私こそ、あなたなんかに目がいかないほど彼を夢中にさせるつもりよ。まあ、今でもそうなんでしょうけどね?」
「負けませんから……私」
「私こそ、負けないわよ」
そう言葉を交わして、それぞれに背中を向けた。
あぁぁぁぁ、もぉ!
雰囲気に任せてあんなこと言っちゃったよぉ……。
家に帰った私は、顔から火が出るほど羞恥心に襲われていた。
いくら恋が勝負だからって、さすがに強気になりすぎたかもしれない。
圧倒的不利なスタートから、どうすれば巻き返せるのか……。
枕に顔を埋めて一晩中考え続けた。
翌日。
「おはようございます、鶫さん。ふふ……」
「おはよう、新庄さん。ふふふ……」
挨拶と同時に微笑み合う2人。
「ふ、2人とも、何かあったのか?仲良くなってるみたいで嬉しいんだけど……なんだか怖いな……」
朝イチから背筋に寒気を感じた俺であった。
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