噂を消すには新たな噂を流せば……って、やりすぎたら意味ないだろ
今日は久しぶりに朝から大雨だ。
唯奈に家のことは任せて、ジメジメとした空気の中を水溜まりを跳ねさせながら学校に向かった俺は、聞こえてくる声に耳を疑った。
『佐々木と景地、付き合ってるんだって』
『え、まじ?あの可愛い子が?てか景地って誰?』
『ほら、美人だって有名な新庄さんと同じクラスの……』
『どんなやつだろ?見に行こうぜ!』
そんな会話をして教室へと入っていく2人組の男子。
俺もそのすぐ後に教室に入るが、いつものは違うクラスメイトたちの視線に気付く。
俺は2人組の男子に声をかける。
「その噂、詳しく聞かせてくれ」
「お?お前も興味あるのか、いいぜ!このクラスの景地ってやつが佐々木と付き合ってるらしいんだよ!」
「そうか……。それって誰から聞いたんだ?」
「誰だっけ?誰かが話してるのを聞いたんだけどな……」
「分からないか、なら仕方ないな。いきなりすまなかった」
俺は彼らに礼を言ってから教室を出た。
もちろん、噂の相手である佐々木に話を聞くためだ。
噂の力ってのは凄いもんで、普段は見向きもされないような俺が、廊下を歩くだけで皆が振り返る。
嬉しくもない振り向かれ方だな。
心の中でそう呟きながら俺は廊下を歩く。
教室を覗いてみたが、佐々木はいなかった。
いつも誰よりも早く教室に着いている彼女が学校に来ていないはずはない。
そう思った俺は、とある場所に向かった。
階段を降りようと角を曲がったところで走ってきた人とぶつかりそうになり慌てて避けるが、見覚えのある人物だと理解して、思わずため息をつく。
「なんだよ、イナリか」
「なんだとはなんですか!一応神様ですよ!」
「制服を着た神様がどこにいるって言うんだよ……」
今、目の前にいる駄女神は何故か俺の学校の女子生徒用制服を着用している。
恋愛の神様イナリ 女子高生Ver.だとか言いながらピースサインをしているが、似合いすぎていて逆に嫌悪感を感じる。
「その神様がこんな所で何してるんだよ」
俺が急かすように聞くと、イナリは「そうでした!」と言ってポケットから1枚の紙を取りだした。
「これを私に来たんです」
「これは……おみくじ?」
それは前に俺が引いたものと同じ、恋稲荷神社のおみくじだった。
ただ、その内容はまさかの『大吉』だった。
「『抱えている不安感をさらに大きな真実で包み込めば、万事解決!明日への扉が開ける』ですって。今の唯斗にピッタリなおみくじですよね♪」
さらに大きな真実……か。
「まさかお前、わざわざこれを探して届けに……?」
「なんのことですか?私は落ちていたおみくじを捨てるのももったいなかったので、唯斗に処分してもらおうと思っただけですよ?ふふ」
「全く……白々しい神様だな!このゴミを処分する代わりに、俺の抱えている問題も一緒に処理できそうだ!ありがとうな!」
俺はイナリにそう言って彼女の横を走り抜けた。
最後に彼女が小さな声で「頑張ってください」と言っていたのを、俺は聞き逃さなかった。
ああ、もちろん頑張ってやるさ。
恋愛成就の神様がここまでバックアップしてくれたんだ。失敗する方が難しいだろ。
俺ははやる思いを抑えながら、1段飛ばしで階段を駆け下りた。
階段を降りながら俺は考えをめぐらせる。
佐々木 雀の性格は明るくて人間好き。
人を観察するのが得意で、パパラッチをするためにと鍛えたおかげで運動神経はかなりいい。
そんな彼女の弱点は自分が話題の中心になること。
顔が可愛く、スタイルも悪くない彼女は、リア充側に分類されることがほとんどだが、他人を知ることは好きでも自分を知られることは得意ではないのだ。
それは彼女が小学生の時、その整った顔立ちゆえに受けた苦痛が原因なのだ。
これは前に本人が言っていたから間違いない。
そんな彼女は今、俺と共にこの学校の話題筆頭になってしまっている。
今、落ち着ける場所といえばあそこしかないのだ。
そう、それは広報部部室。
彼女の安らげる居場所だ。
おそらく彼女はここにいる。
部室の前に立った俺は、扉越しに彼女に呼びかけた。
「佐々木、いるか?」
返事はない。
それはそのはずだ。ひとりになりたくてこの場所にいるのだから。
それでも俺は聞こえていると信じて続けた。
「ごめんな、俺がお前に全部任せたばっかりにこんなことになって……」
ドアの向こう側を指先で小突くようなコツコツという音が聞こえた。彼女なりの返事だろう。
「前から言おうと思ってたんだが、もう周りの目を気にする必要は無いと思うぞ?」
コツコツ……。
「お前の周りにいるヤツらは昔のやつらとは違う。もう少しでいい、信じてみろ」
コツ……コツ……。
少し無理を言いすぎたかもしれない。
コツコツという音も弱々しくなったように感じた。
それでも、今言わなければ何も変えられない気がして、俺の口は止まらなかった。
「だが、その前に俺が変わって見せるべきだよな」
……。
「後は俺に任せてくれ。お前への注目だって全部かっさらうくらいのでかい花火を打ち上げてやるから」
コツコツコツ。
「ああ、当たって砕けろの精神だ。砕けるつもりなんてないけどな」
俺はそう言って扉に背を向けた。
最後にコツコツと音を立ててから、階段のある方へと歩き出した。
5分前くらいだろうか。
1時限目の始まりを告げるチャイムが鳴ったのは。
サボったことなんて1度もなかったが、やってみると結構あっさりとなんだな。
俺は意外にもそんなことを思っていた。
もう少し罪悪感だとかがあるもんだと思っていたから。
学校中に広まった噂。
それをかき消すためにはそれ以上にインパクトのあるものをもうひとつ投下しなくてはならない。
そして、それは元の噂よりも伝達速度が早いものでなくてはならない。
その条件を全て満たすことの出来る場所といえば、放送室か屋上のどちらかだ。
だが、もちろん俺には放送室の機材の使い方なんて分からない。
ならもう選択肢はあるようでないのと同義だろう。
そう思って屋上への階段を上り、最後の扉の前に立った俺だが、ここである失態に気付く。
この学校の屋上は普段から出入り禁止。屋上に繋がる扉には教師が持っている教員証をかざさなければ開かないという電子ロックがかかっている。
計画は屋上で行おうと思っていたのだが、さすがに教員証を盗むわけには――――――あれ?
俺はふとポケットを探る。
取り出したのはイナリから貰ったおみくじ。
確かここに『明日への扉を開く』だとか何とか書いてあったような……。
まさかこれをかざしたら開くだなんてことは……。
そんな遊び心で電子板にかざしてみた。
ピコン♪ガチャッ
開いちゃったよ。
さすがは一応神様――――なんだろうか。
まさかイナリは俺が屋上に来ることを分かってこのおみくじを……?
いや、あの駄女神に限ってそんな気の利いたことができるわけない。
安定的にイナリへの評価が低い俺だが、今は一応感謝しよう。
お前のおかげで上手く行きそうだ。
俺は鉄製の扉を押し開けて屋上へと踏み入る。
初めての屋上の感想を簡潔に言うと、『控えめに言って超清々しい』だ。
山頂でもないのに空気が美味しく感じる。
校舎にいるのに頭の上に屋根がないという感覚が、余計に俺の気持ちを昂らせた。
この気持ちに身を任せたなら、すんなりと言えるかもしれない。
佐々木のためにも、どうせやらなくてはならないんだ。覚悟を決めろ、俺!
そう意気込んで、大きく息を吸った俺は、全校生徒に聞こえる声で文字通り叫んだ。
「鶫 紅葉ぁぁぁぁぁ!聞こえるかぁぁぁぁ!」
下の階の方からザワザワという話し声が聞こえてくる。
好きな人の名前を大声で叫ぶという行為はどう考えても常人のすることじゃない。
けれど、恥ずかしさとは裏腹に、どこか清々しく感じる部分もあった。
開き直ってしまえば案外いけるもんだな。
「鶫 くれ――――――」
「何度も呼ばなくても聞こえてるわよ、ちゃんと」(ああ、もぉ!こんな皆に聞こえるように……恥ずかしすぎるよ、唯斗くん!)
一見いつも通りで、でも心の中は赤面しまくりの彼女が扉を開いて現れた。
「鶫 紅葉ぁぁぁぁ!聞こえるかぁぁぁぁ!」
その声が聞こえてきたのは1限が始まってすぐのこと。退屈だった授業が一変、教室が騒がしくなった。
私の方をチラチラと見るクラスメイトを少なくはなくて、私は叫んだ本人が彼だと分かったからこそ、教師の制止も聞かずに教室を飛び出した。
好きな人が自分の名前を呼んでくれている。
もう、向かわない理由なんてないもの。
私は階段を駆け上がって、扉を壊してしまうんじゃないかっていうくらいの勢いで押し開けた。
「鶫 くれ―――――」
いくらなんでも、もう一度呼ばれるのは恥ずかしすぎると思った私は、慌てて彼を止めるべく声を上げた。
「何度も呼ばなくても聞こえてるわよ、ちゃんと」
私を見た彼の反応は嬉しさと恥ずかしさのコントラストのようなもので、私にとってすごく愛おしいものだった。
授業をサボってまで屋上で名前を呼ぶ男の子。
授業を抜け出して迎えに来た女の子。
こんなシチュエーションでアレを期待してしまうのは私だけなのだろうか。
そんなはずは無いはず。
恋に飢え、恋愛を夢見る女子高生なら皆同じはずよ!だからこそ今日こそは本音を伝えるの!
そう意気込んで、私は彼に歩み寄った。
『大きな真実で包み込む』の大きな真実というのは、俺が紅葉を好きだということに違いない。
それこそが佐々木を救う鍵であり、同時に明日の扉を開くキーワードでもあるのだ。
歩み寄ってきた紅葉を見つめながら、俺はそう確信していた。
だから、もうこの先の展開は決まっている。
「あなた、私のことを好きだと言ったわよね?」
「ああ、今でも好きだ」
「なら、それを証明してみせなさい。私にあなたの本気を見せて」
彼女は今、本音で語っている。
それならば俺も本音を返すのが礼儀ってもんだろ。
「好きだ、紅葉」
紅葉のいつにも増して鋭い視線が俺の心に刺さる。
それでもめげずに俺は愛を口ずさみ続ける。
「紅葉、俺はお前を誰よりも愛してる!付き合ってくれ!」
言い切った―――――。
初めて伝えられた『付き合ってくれ』という言葉。
後は紅葉が首を縦に振るだけ―――――――。
「無理よ」
「……え?」
それは予想外の展開だった。
しかも2つ目の声が聞こえないということは、彼女は本気で俺と付き合えないと思っているというわけで……。
「こんなの無理に決まってるでしょう?」(無理よ無理!こんなにたくさんの人に見られてるのに、やっぱり素直になんてなれない!)
俺はふと彼女の背後に視線をやる。
いつの間にか野次馬たちが集まっているではないか。
そういうことか。
彼女の『無理』という言葉は、素直になることが『無理』なわけで、俺がフラれたのではない。
でも、もちろんそれは心の声が聞こえている俺だからこそわかることであって、野次馬たちからすれば俺が告白を断られたようにしか見えていない。
つまり、俺は世間的には紅葉にフラれたことになる訳で――――――――。
「……っ!」
精神が限界に達した紅葉は、逃げ出すように野次馬を押しのけながら消えていった。
ザワザワと騒ぎ立てる野次馬たちの誇張やフィクションが噂の広まる速度を加速させ、放課後には全校生徒に知れ渡ることになってしまった。
こうして俺は、全校生徒の前で盛大にフラれた男として、しばらくの間有名人となったのである。
それと同時に無断で屋上に立ち入ったとして生徒指導室に呼び出されたのだが、指導担当の先生が「青春だね〜」と言いながら許してくれたことが唯一の救いだった。
俺と佐々木の噂は完全に抹消されたのはいいが、その後、俺の噂はテスト明けまで衰えることを知らなかったという。
ほんと、噂好きが多すぎて困る。
とりあえずは雅にでも愚痴って忘れるとするか。
俺はどこかよそよそしい雅を誘ってカフェに行き、2時間愚痴を聞いてもらった。
ほんと、持つべきものは連続5回隣の席になった金髪美少女だよな。
あ、でもこいつのテスト勉強……どうしよう……。
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