展覧会 2日前
「きっと間に合ったと祈ろう。……少なくとも、ゴルド先生にとって今回の事件、悪い結末にはならなかった。僕にとってはそれで充分だ。先生もようやくあの乙女から解放されて、長年の肩の荷が下りたんじゃないかな」
「それは……ブライト伯爵は想いを断ち切った、ということですか?」
初恋の人を想い続けたという伯爵に、私はいつしか共感を覚えていた。彼があの夜、どのように長年の想いに終止符を打ったのか興味があった。
フローレンスは遠く窓の外に視線をやる。さえずる小鳥たちが二羽、互いに戯れるようにして空へ飛び立っていく。
「──少なくともあの夜、ロッテとシルバを許すことで、先生はエリザ様を想い続けた自分のことも許したんだ、きっと」
「……自分を、許す……?」
私はフローレンスの言葉を反芻した。
許す。失うでも、諦めるでもなくて。
私にも……いつかそんな日が来るのだろうか。
届かない人を想い、空回りする日々を愛しく思い出せるような──あれはもう過去の恋だと言える日が。
それはまだ今は、途方もなく遠いところにあるような気がするけれど。
フローレンスは頷き、穏やかに微笑んで自室の扉を開ける。
私の手で整えられた執務机に座ると、積んであるスケッチブックをぱらぱらとめくり、懐かしそうな目でそれを眺めた。
「先生の原点はやっぱりあの『乙女と四季』だったんだ。だからこの展覧会の目玉にするにはもってこいだと思う。ウィリーにしてやられた感じが面白くないが。……そしてあの夜、僕にもそういうものがあったんだって、『乙女』の模写をしながら気付かされたよ」
「フローレンス様の、原点ですか?」
「そう。なんで画家になろうとしたのか、とかそういう」
「それ、聞きたいです」
「言わないよ。そういうのは絵で伝えてこそだ」
「ますます楽しみになりました、当日が」
何気ない日々の会話が、私の心を甘く満たしてゆく。
もしかしたら、こうやって彼のためだけに働けるのはあと少しかもしれないけど──それなら一層、今を大切にしようと思った。できる限り彼のそばにいたい。この恋に終わりがあったとしても、今だけは──。
(私はロッテみたいに潔くはなれなさそうね……)
アトリエに置かれた彼女の肖像画を見るたび、海の向こうに行った友人を思い出す。いつかまた、ゆっくり話すことができたら──そのときは、私の恋の話も聞いてもらえたら嬉しい。
フローレンスとともに私の仕事も日ごと忙しさを増していって、あっという間に展覧会当日を迎えた。
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