1日目 PM
薔薇の宮殿庭園 1
「ウィリー、起きて」
「んあ?」
まだ昼食前だと言うのに、薔薇の垣根の間で惰眠を貪っている男がいる。
その肩を揺すると、ウィリー・ロックは目深に被っていた帽子をついと上げた。日焼けして赤くなった頬といつでも眠たげな垂れ目が露わになって、ヘーゼルの瞳がぼんやりとこちらを見返した。
「何だエイミーか。どうした……ふぁぁ」
「こんな時間から寝ていたの? ウィリー」
「休憩だよ、休憩。お茶の時間だろ? この時期は日差しがあったけぇからな。今のうちにたっぷり浴びとかないと大きくなれないぜぇ?」
「花や木と一緒にしないでよ。ねぇウィリー、それよりお願いがあるんだけど」
「んー?」
身を起こしたウィリーはそこでようやくフローレンスの存在に気づいたらしい。
人見知りな画家殿は、少し離れた
「あぁん? 噂の画家様がどうかしたのか? あ、そうか。エイミーあいつの専属なんだっけか? っていうか専属って何だよ、いやらしいなぁ」
「はぁっ!? 馬鹿なこと言わないで! あいつって何よ、レイ・フローレンス『様』よ」
「あいあい失礼しやした専属メイド様。で、何だ? 画伯の部屋に飾るのか? それなら切り花にしても長持ちする種類があるが」
「あ、ううん。絵のモデルにしたいんですって。今度の宮中展覧会に出すための、新作よ! 色鮮やかで華やかで女王陛下にふさわしくて、何よりフローレンス様の腕が鳴るような、すっごいもの、教えてちょうだい!」
「ほぉん? どれどれ」
ウィリーは立ち上がってスラックスを叩くと、剪定道具の入った革袋を持ってフローレンスの元へ歩き始めた。
「どうも、宮廷画家様。俺がここの庭師だ」
「……こんにちわ」
気持ちよく晴れた空と
色白で冷めた美貌のフローレンスと、日焼けした肌と濃い顔立ちのウィリー。こうして並ぶと、見た目は対極的な二人。外見もさることながら中身も対極的だ。挨拶を済ませると男たちは無表情に見つめ合い、会話が止まってしまった。
この微妙な空気を取り持つことができるのは、今、私しかいない。私は慌てて主人に耳打ちした。
「えーっと、八重咲きのローズと、小花と、それから何種類かグリーンも欲しいっておっしゃってましたよね、フローレンス様?」
「あ、ああ。40号キャンバスで描くから……量は多めに」
「ハァ? 40号だぁ?」
「あ、ウィリー、このぐらいです」
手振りでサイズを表現すると、ウィリーは「ふぅん」と曖昧に返事をして背を向けた。
「ついてこい」
ぶっきらぼうに言って、ゆったりした足取りで芝を踏む。
見た目の粗野さからは想像できないほど、庭師としてのウィリーの腕は確かだ。何せこのシュインガー宮殿の、女王陛下の庭を任されているのだから。
王宮の薔薇庭園は、それ自体が芸術作品であると言っても過言ではない。管理人であるウィリーの許可なしに勝手に手折ってはいけないし、よっぽどの理由がない限り使用人たちも近づかせてもらえない。なので私はこの機会に胸を躍らせていた。
花は好きだ。特に、薔薇が。華やかで気品があって、まるで貴婦人のドレスのよう。見ているだけで心が躍るし、香りも格別なのだから。
「ジューリア・ローズは、今が旬だからな」
ウィリーが庭園の鍵を開ける頃には、濃密な花の香りがあたりに溢れているのがわかった。
「はぁぁ、すごい……いい香り~」
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