薔薇の宮殿庭園 2

「ミニチュア・ローズの丸い花弁もいいが、薔薇といえば真紅の剣弁高芯が世間のイメージじゃないかね。そっちのオレンジは八重咲き、あっちの白いのは一重咲き。ロゼット咲きに、この聖杯型の丸いフォルムも珍しいだろう。蔦性のものもあるし、姫さんがたの髪飾りにするために棘を失くしたヤツもあるぞ」

「……見事だな」


 フローレンスも感心しきりとあたりを見渡している。大人の背丈ほどの垣根に咲くもの、ゲートを模した柵に絡まっているもの、そのどれもが緑濃く鮮やか。花弁の形や色がさまざまな種が、一同に咲き誇っている。

 女王の庭園にふさわしい豪華絢爛な眺め。


「あとでスケッチに来ても良いだろうか」


 フローレンスは珍しく興奮した様子で、ウィリーの管理する庭への称賛を熱く語りだした。


「僕はたくさんの庭を描いてきましたが、さすが王宮庭園は格が違う。濃く生き生きとした花々、そしてこの重なり合ってしかし奥行きのある構図……もしかしてあなたは絵画の勉強をなさったことがおありなのですか?」

「ああ? 絵だぁ?」

「素晴らしいです。これがあなたの感性……才能なのですね」

「いやいや、そんな大げさなもんじゃねぇよ。花が咲きたいように咲かせる気配りはするけどな」

「咲きたいように、咲かせる……」


 顎に手を当てて、庭師の言葉を噛みしめるフローレンス。そよそよとした春の風が緑のアーチを通り抜け、彼の澄んだ金色の髪を揺らす。

 日差しが薔薇園の若葉に明るく反射して白く光り、辺りはぽかぽかと温かい。鳥のさえずりが遠くに聞こえる。

 我が国の春は短く、晴れの日は貴重だ。


 私は甘い花の香りをうんと吸いこんだ。澱のように胸に蔓延はびこっていた不安が、すぅっと消えていくような気がする。そして満開の薔薇の香りは、私を少しだけ懐かしい気持ちにさせる。


 フローレンスと私が思い思いに花を観賞しているうちに、ウィリーは手早く花を切り終えていた。たっぷりの花束を木桶に用意してくれる。


「こんなもんでどうだ?」

「上等すぎるくらいです。ありがとうございます」


 豪奢で、見た目以上に重い花束の完成だ。これも私が抱えることになった。万が一にも棘で芸術家の指を怪我させるわけにはいかないから。


「またいつでも来い」


 ウィリーはそう言って、ゆったりとした足取りで花園の奥に消えていった。その背中がどこか誇らしげに見えるのは気のせいだろうか。年上の男性だけど、彼のこういうところが好ましいと思う。なんだか微笑ましくて、構いたくなってしまう。


 クールで人嫌いのフローレンスと、人たらしのウィリー。対照的な二人はもしかしたら良い友人になれるのではないか、などと私は期待した。フローレンスが王宮に慣れるための助けになってくれるといいのだけど。


「助かったよ」


 道すがら、フローレンスはため息をついた。


「僕はどうも、人に物を頼むのが苦手だから」

「いえいえ、主人のご要望をかなえるのもメイドの仕事ですから」

「そうか」


 輝く薔薇庭園の景色と、芳醇な香りで胸はいっぱいだ。行けて良かったと言うと、フローレンスは私が抱える花束を見て眩しそうに目を細めた。


「そうだな。いい仕事ができそうだ」


 間近で見るその優しい表情に見入ってしまう。私の腕の中で花開くピンク色のシュインガーローズ。特別に甘い香りに包まれているせいか、心臓もとくんとくんと駆け足で動き出す。


(――こういうのをなんて言うのかしら。役得?)


 ローズの棘が指を刺してくれなかったら、きっとニヤニヤがとまらなかったはずだ。こんなにも鮮やかな花たちを彼の部屋に連れて帰れることが嬉しい。その重さに負けじと私は花束を抱え直した。


    

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