宮殿のメイドたち 3
§
ティーセットを載せたワゴンを押して、鏡張りのように輝く廊下をしずしずと歩く。
次期・宮廷画家殿は、おそらくまだアトリエだ。作業中に飲食はしないので、そろそろ居室に戻られるはず。スイーツ好きの彼は、お茶の時間にはほとんど正確なのだ。絵を描いていないかぎりは、だけれども。
いつ主が帰ってきてもいいよう、無人の客間にスコーンと紅茶を並べて、壁際で静かに待つこと数十分。
(……冷めすぎちゃうわ)
白磁のティーカップから立ち昇っていた湯気もとうに消え、時計の秒針の音がやけに耳についた。
これを片付けないことには、次の持ち場に行くことができない。そうするとどんどん後の作業が滞ってしまう。主人のスケジュールは尊重するべきだけども、こちらにもメイドなりの都合があるのだ。分刻みに動くことができなければ、このだだっ広い王宮のメイドは務まらない。
(きっと作業に没頭されているだけよね? ……それともまさか。何か事件が? 嫌だわ、このタイミングで今朝の新聞を思い出してしまうなんて。不吉)
前髪を整えたりエプロンの皺を引っ張ったりしているうちに、不安になってきた。朝、フローレンスとあんな記事を読んだせいだ。
盗難事件の犯人は、もう捕まったのかしら。逮捕されたなら、号外が出てもよさそうだけど。宮廷画家の秘蔵の作品だなんて、世間の注目はどれほどなのかしら。使用人部屋に寄ったときにル・ブルタン紙だけじゃなくて他紙も読んでみるんだった。
それとも事件ではなく、広い宮殿内で迷子になっておられるとか。彼はここに来てまだ1か月そこそこなのだから。そういえば働き始めたころのエイミーも、仕事に慣れるまで使用人室に一人ではたどり着けなかったものだ。
(仕事の邪魔をするつもりはないけど……でも、勝手にこれをお下げするわけにもいかないし……)
こうしてただ突っ立って迷っているだけの時間がもったいない。あと1分待ってみて、それでも来ないようだったら――
(――仕方ない、行ってみましょう)
そうしてエイミーは、客人用の部屋を出て、宮殿の裏庭にある宮廷画家のアトリエへと足を向けた。
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