宮殿のメイドたち 2
「あの方が不愛想でも素敵だっていうのは、はっきりしているわ。舞台役者でいうところではクール・ビューティの役どころよね」
「ハンサムよね、背も高いし! きっと彼の周り、いい香りがするんだろうなぁ」
「しない。むしろ油絵の匂いしかしない」
「画家だものそうでなくっちゃ。そういえば私、フローレンス様が中庭で絵を描いてらっしゃるのを見たわ! 凛とした立ち姿が素敵でさ~!」
「いいなー。フローレンス様、絵も美しいけどご本人もかっこいい、将来も有望でいらっしゃるし、私も専属になりたかったなぁ。エイミーが本当に羨ましい」
年下のキッチンメイドたちが、厨房からわざわざ洗い場にまで聞こえるように声を張って、口々にそう
あたりに漂う焼きたてスコーンの匂い。ボウルを洗う水音、ティーカップ同士がぶつかる音、次々焼きあがるお菓子のためにオーブンを開け閉めする音、あらゆる音が反響して、私たちも負けじとどんどん声を大きくしていく。
「エイミー、同い年だっけ?」
「3つ上らしいわ、この春20になったって聞いてる」
「若いよね~。その年で王城に招かれるなんて、すごい才能」
「しかも、貴族じゃないんでしょ? まぁ、女王陛下はあまりご身分に頓着されない方だけどさぁ」
「ゴルド・アッシュ画伯の愛弟子だそうよ。同じアカデミーの卒業生なんですって」
「超名門校よね」
「絵描きにもいくつか派閥があって、って女学校で習わなかった?」
「あっ、聞いたことあります。最近の流行りは……何でしたっけ? ほら、アカデミー派と対立してるっていう」
「自称『芸術新鋭派』かしら。こんなの王宮メイドの教養よ、教養」
「まぁ! 皆さん! 口よりも手を動かしなさい!」
私たちがぎくりと背を伸ばすより早く、小気味よく手を叩く音と一緒に、メイド長のハンナが姿を見せた。
「ティータイムの支度を! 急いで!」
一緒におしゃべりに興じていたはずの少女たちは、ハンナの声を聞きつけると蜘蛛の子を散らしたように持ち場へ戻ってしまっていた。置いて行かれた私は心の中で毒づく。
完璧なメイド。ハンナのあだ名だ。
首元から手首まで紺色のドレスで肌をぴっちりと覆って一部の隙もなく、細い眉をサンドイッチよりも鋭い角度に釣り上げて彼女は私とジェーンを睨み付けた。きゅっと亀のように首をすくませる私の襟元を引っ張って、背を正さすと、ありがたいお説教が始まってしまった。
「外の廊下にまで話し声が漏れていましたよ! まったく、王宮のメイドとしての自覚をお持ちなさい。あなたたち、何年ここで働いているんですか」
こうなったらしおらしく頭を垂れて、スコーンの載った皿を粛々とワゴンに積み上げる作業に没頭するしかない。「ええと、3年4か月?」ジェーンは隠れて小さくウィンクを投げてくれた。親友とはこうでなくちゃ。溜飲が下がった私はこっそり微笑みを返す。
午前11時の鐘が鳴るまで、あと5分しかない。
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