イ-13)杉田久女
(1890年5月30日~1946年1月21日)
谺して山ほととぎすほしいまゝ 久女
(読み:こだまして やまほととぎす ほしいまま)
清水哲男氏は「久女の名吟として、夙に知られた句」とべた褒めしてらっしゃるわ。文芸作品として優れた句ということで、あぶく(泡)は少しの異論もないの。そんなことより泡が気になっていること‥山口誓子が述べた「私が多佳子さんの死を惜しむのは、多佳子さんのあと、その詩の系譜を継ぐひとがないからである‥その詩の系譜とはいかなる系譜ぞ‥この作者のはじめの師。杉田久女から受け継いだ格調である。この弟子はこの師を正しく継承したと言っていい」という証言なのです。
系譜・後継者に縁って久女が磨きあげた宝石は現実に引き継がれていく。だけどそれに関して泡は心配していない。こうして「全句集」が出版されたことで久女の系譜は現実に踏み留まったのでないのかな。「もしもの事があったら、この句帳を纏めて句集を出してほしいと頼んでいた‥」というお嬢さまの証言が「命終・あとがき」に載っている。橋本多佳子全句集の出版で使命を終えられた。あぶくはそう理解している。そして宝剣"矛盾丸"の使命はそれだけではないとあぶくは思っているのです。
雪山童子(せっせんどうじ)の覚悟で詠んだ句であれば俳句だけの世界観でないのは明らかです。師・杉田久女と協力して第三芸術を世に出した。その第三芸術の跡を継ぐ人が現れなければ第三芸術にそぐわない人しかいないことになる。だけどそんな悲観論に囚われた雪山童子なんて有得ない。地べたに書いてもいい・岩や樹に書いてもいい。大事を書いたことで守る世界との約束。すなわち大きな使命を果たして宝剣匠さまは霊山へ旅立たれたのです。永遠に残る約束を終えての旅立ちなの。
谺して山ほととぎすほしいまゝ
山ほととぎすの世界があるのね。その世界の隅まで名声は轟くのね。山にいてこそ欲しいままに鳴けるのね。これで終われば第二芸術かもね。この谺に応えて鳴いたの。世界を駆けまわって海彦に育って返ってきたのでないかしら。そしてもっともっと大きくなって天までも上っておいでになった匠さまでないのかな。師にぶら下ってる弟子でなく、もっともっと羽ばたいていい関係が生まれ・育ったのだわ。師の詩を朗読して喜ぶだけでなく、もっともっともっともっと上を目指す哲学なの。
夢も持てない弟子では師匠としては詰まらないわ、きっと、きっとね。
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