屍喰らいの考察
砂鳥 二彦
第1話
唯一の兄弟が死んだ。歳が五歳離れた、まだ少年に過ぎなかった。
自分達に親はおらず、唯一の家族にも関わらず早世してしまった。
死後のやり取りは医師や役人がある程度済ましてくれて、通夜が始まった。
通夜ふるまいについては生前の兄弟の素行の良さにも構わず、誰も立候補しなかった。仕方なく、自分が行うことになった。
役割は簡単だ。一晩、兄弟の隣で線香と蝋燭の灯を絶やさないことだった。
兄弟の横たわった死体が布団にくるまれているのを眺めていると、自分はある考えに至った。
自分と兄弟、その存在を一つにしてしまおう。
兄弟は明るく知性もあった。気味悪がられた自分とは違って、多くの才能に恵まれていた。
だから同化しよう。一つになろう。
どうすればいいかは分かっている。兄弟を、食べるのだ。
自分は布団から兄弟を引きずり出し、死装束を脱がして風呂場へと運ぶ。
思ったより重たかったが、死体の処理をするにはやはり水場が良いと考えたからだ。
風呂場の冷たいタイルの上に、冷えた身体の兄弟を置く。
まずは、血抜きの作業から始める。どこかのテレビ番組で、最初の大事な作業と教えられたからだ。
台所から包丁を持ち出し、それで兄弟の頸動脈を斬る。だが、出血は想定していたより少なかった。
首からはドロリとした、固着している暗赤色の液体が僅かに零れただけだった。動脈を斬ればあっという間に血の池となるとばかり考えていたので、予想外だった。
なので血を抜くのは諦めて、別の作業に入った。
まず、どこから食べるか計画することだ。
最終的には内臓もいただくつもりだが、死体全てを食べることは困難だ。部位を厳選しなければならない。
とりあえず、柔らかそうな頬の肉を食べることにした。
慎重に頬を切り取ると、空いた穴から空洞と歯が見えた。それが何故か可笑しくて、笑ってしまう。
そうして手に入れた頬の肉は、フライパンに乗せて塩と胡椒で味付けすることにした。
焼くと香ばしいにおいがして、食欲がそそられる。ついでに野菜も加えて彩を増やして、皿の上に着飾らしてやる。
ナイフとフォークを準備して、いざ食べてみると驚きだ。
美味しい。頬の肉は筋肉の筋張った食感はなく、程よい弾力で噛み応えがある。
だが、食事はすぐに終わってしまう。名残惜しいので、もう片方の頬も切り取って食べた。
次に内臓の処理をすることにした。先ほどスマホで検索して、獣の肉の処理方法を見つけたので試してみる。
初めは慎重に、腹部の正中線へ切り込みを入れる。邪魔な皮膚と脂肪を選り分け、腹筋を避けて、やっと腸にたどり着く。
腸は血で濡れているものの、死んだ魚の目のように淀んだ白だった。形はパイプ状になっており、狭い場所にいる蛇のように長い。
資料の通り、この腸の入り口である胃の末端と出口の肛門を切除する。中身は臭いので、切り口はひもで結んで取り出した。これでいい。
やっと下処理を終えてひと段落すると、もう三時間も経っていた。
自分は大粒の汗を拭って、風呂場から離れた。そして椅子でくつろぎながら思考する。これからどの部位を食べようか。
内臓なら、心臓、肝臓、あまり聞きなれない脾臓もいいかもしれない。外の肉なら、耳もコリコリしていて旨そうだ。女性の乳のように柔らかいという、二の腕の肉もいいかもしれない。
自分はこれから取り込む、兄弟のことを想い。ほくそ笑む。
今、自分と兄弟は一つとなる。力を取り込み、優秀な存在となるのだ。
もう一人ではないのだ。
自分は礼賛のように口にする。
「ありがとう、兄さん」
屍喰らいの考察 砂鳥 二彦 @futadori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます