天界の飲食店

幸野曇

いらっしゃいませ。

プロローグ さっきトラックに轢かれた長谷川果夏-ハセガワカナ-さん

第1話 

 どんどんこっちに近付いてくるトラック。

 ブレーキを踏む音なんか聞こえない。

 自分がこれから進む筈だった所には、見ず知らずの人達が焦っている。

 けれど、誰も手なんか差し伸べてくれない。

 痛い。



「……い。おーい!?」


 誰かが呼びかけている。

 目を開くと、全くもって見覚えのない人の顔が視界いっぱいに広がる。


「わっ!? ……あでっ!!」

「おいおい、大丈夫か……??」


 顔面偏差値の高い人物が目の前に現れて動転。思わず後ずさってしまった。

 後ろを見ると、豪華で開けるのが困難そうなどでかい扉。

 再び前を見る。さっきドアップで映った中性的な顔の周りにあるのはとても長い髪。女の人、だろうか。

 けれど、男性だったら失礼なので、名前が分かるまでは『中性的な人』と呼ばせてもらおう。


 かっこいいエプロンに身を包んだその人はゆっくりと私を立たせてくれた。

 わあ、身長高っ。157センチの自分を基準にすると、確実に170以上あるのが分かる。

 今自分と中性的な人がいるのは、明るい茶色の天井・床・壁の建物。多分2階建てで吹き抜けになっていて、1階に沢山ある机ひとつひとつには綺麗な花と花瓶が置いてある。洒落ている……。


「そうか、次はこいつが……」


 小さな声でぶつぶつと何かを呟いている中性的な人。

 なんかあるのかと思っていると、顔をぐいーと近付けられた。

 さっき程ではないけれど、視界の8割以上がこの人の顔で埋まる。


「アンタ、名前は?」

「へ? ……果夏かなです」

「フルネーム」

長谷川はせがわ、果夏……」

「年齢は」

「17です」

「ここに来る前どんな状況だった?」


 いきなりの質問攻め。驚いたし、そろそろこの体勢も疲れた。

 名前、年齢、挙げ句の果てには此処にワープする前の状況ってか。この人は私の何が知りたいっていうんだ?


「あの、さっきからの質問って何か意味あるんですか」

「いいから答えろ!! これ含めてあと2つだから」

「ひっ……。横断歩道でトラックに轢かれました」


 迫力が凄い。しかも声大き過ぎて耳痛い。つい答えてしまった。

 さっきの含めて2つという事は、次で最後だ。やっとこの筋肉痛になりそうな姿勢から解放される。

 ……かと思ったら、中性的な人が下を向いた。なんだなんだ、早くしてくださいよ。

 住所聞くんですか、学校名聞くんですか、フェチ聞くんですか。というか先程も言いましたがこの質問攻めと体勢になんか意味はあるんですか。


 しばらく____私の体感時間としては10分以上だが、きっと3分も経っていないのだろう____経つと、ようやく中性的な人が顔を上げ、それと同時に口を開いた。


「小学校中学年くらいの夏、外出そとでした時の思い出。あるか?」

「7年前? そんなの余裕で覚えて……」


 あれ。

 思い出せない。

 記憶力だけは良い方の私が7年前の、勿論物心ついている頃の出来事を忘れているとは? 一体何があったんだ、意識飛んでる間に。

 すると、中性的な人はようやく私を元の姿勢に戻してくれた。


「思い出せない、だろ?」

「……はい。」


 答えろ!! と怒鳴った人と同一人物とは思えない程優しげな声。

 実はこの人、結構良い人なのか? とか思った。

 その時、長い長い説明が始まった。


「まず最初に、ここは天界だ。死んだ奴が来る、雲の上の世界。

 この世界には転生門ってのがあって……アンタがさっき後頭部ぶつけた開けにくそうな扉の先ね。

 この店は、その門をくぐる奴らが例外なく最後に訪れるレストラン。店名はmemories。

 客は飯を食った後、転生の準備に、自分が一番楽しかった時期の思い出を言葉にする事で吐き出して忘れて。それが終わったらあれを開けて現世で誕生するんだ。それが天界の掟ってヤツ。


 ……普通はそれだけなんだが、アンタみたいに突然そこに来た奴らは訳が違くて。

 思い出も言ってなんかないのに既に忘れている奴。たまーにいるんだよ。そういう奴の大半は来世で大活躍してるみたいなんだ。

 そいつらは、その思い出を思い出し、それに一番関係が深い人物に会ってから一般客と同じ事をしなきゃならない。関係が深い人物も絶対此処にいる。

 そんで、それを達成できるまでウェイトレスとして働け、っていうカンジ」


 ? ? ? ?

 頭の中がはてなだらけだ。

 まず今私は雲の上のレストランにいて、それで……


「あの、それってつまりどういう……」

ようはさっき思い出せないって答えた思い出を思い出すまで此処で働くって事」

「あの、それって絶対……?」

「絶対」


 ……接客業は苦手なんだけどなぁ。

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