満月と羊の夢

リリィ有栖川

その手の探し物

 空は雲に覆われている。


 息が凍るほど空気は冷たいが、雪が降るほど厚い雲ではない。月明かりがぼんやりと雲の向こうから照らしている。

 いっそのこと、雪に全て隠されたらよかったのかもしれない。


 ケイが目を開けると、目の前の景色は、記憶とだいぶ違っていた。

 建物は瓦礫となりはて、地面は割れ、揺れているのは炎と、重たい煙。

 腕には、細長い鉄の棒が刺さっている。


 痛みはない。痛覚は防衛機能が働いて遮断されているのかもしれない。もしかしたら、腕以外もダメになっているかもしれないが、ケイは腕に刺さった鉄の棒にすら気が付いていない。


 じっと、目の前の光景を眺めている。幻を見せられているのではないかと、まだ上手く働かない思考回路で、現状を把握しようとしている。

 何が起こったのか。どうして、こうなったのか。

 さっきから、左手が探しているのは、何なのか。


「ああ、そうだ」


 その手の先を見つめ、その答えだけは理解する。

 その手は、大切なものを、探している。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る