第12話「地図」
その後、俺らはイーラさんに言われて男の家の中を探索することにした。
家の中はテーブルとベッドがあるだけの質素な内装だったが、物が乱雑に置かれており、かなり散らかっていた。それに煙草の臭いや、何かが酸化したような臭いが鼻をついた。
「足の踏み場もないな」
物を避けながらテーブルまで行くと、煙草の吸い殻が散乱していた。
「臭っ……!」
振り返ると、後から入ってきたレグナが鼻をつまんで顔をしかめていた。
「外で待っててもいいよ」
「うー……探すよ、一緒に」
「そうか? ありがとう」
窓から外の様子を見ると、小さいの二人はイーラさんと話をしているようだった。
「何か考えないとな……」
「何を?」
「イーラさんを運ぶ方法をだよ」
「裏に馬がいたよ、さっき見つけた。乗せるのも」
「馬? ああ、そうか、イーラさんを運んできた時に使った馬だな。てことは乗せるのってのは荷馬車か?」
レグナが頷いて、少しぎこちなく言った。
「そう、それ、ニバ……ニバサ」
「荷馬車な、荷、馬、車」
「荷馬車」
「そうそう」
レグナは嬉しそうに後ろで腕を組んで体を少し揺らした。
「荷馬車で運ぶにしても、イーラさんの負担にならない方法を考えなきゃな」
視線を戻して、テーブルの上に積まれている本や食器、ゴミなどを避けていくと、丸めて紐でくくってある薄汚れた羊皮紙があった。
紐を解いて広げてみると、それは地図だった。
「地図……どこのだ?」
地名などは書いていない。書いてあるのは道と、森、川、家のような記号ぐらいだ。あとは隅に東西南北が書いてある。
地図があるならコンパスもあるかもと思い近くを探してみると、テーブルの下に転がっていた。持ち上げて少し振ってみると、壊れてはいないようだ。これでちゃんとした方角が分かる。
テーブルの上にコンパスを置いて、地図を眺める。方角を合わせて見つめていると、下の方から声をかけられた。
「ねぇ、それ、この辺りの地図?」
足元を見るとカイコがいた。コンパスを手に取ってしゃがみ、テーブルのそばで一緒に地図を眺める。
「多分、そうだとは思うんだけど……」
「こっちが北でしょ? じゃあ、この丸いところがこの湖かな」
カイコがコンパスと地図を見比べながら指さした所は確かにここの湖のようにも見える。しかし、この地図では川と繋がっているようだった。左上に少し大きめの町らしき記号があり、すぐ近くに大きい川があり、海に流れ込んでいる。支流が何本もあり、ウード村らしき村の記号もあった。
「全体的な雰囲気は似てるけど、なんか少しずつ違うな」
「それ20年も前の地図だけど」
今度は前から声が聞こえてきた。地図を顔の前から下げて前を見るとテーブルの向こう側にミツバチがしゃがんで眉間にシワを寄せていた。
「なんでそんな古い地図だって分かるんだ?」
「後ろに日付が書いてあるから」
ミツバチに言われて地図をひっくり返すと、下の方にリトナ数字で「476.05」と書いてあった。確かに20年前だ。
「……名前も書いてあるな。シマ……いや、シナマ?」
あの男の名前だろうか。後でイーラさんに聞いてみよう。
「じゃあ昔のこの辺りの地図なんじゃない?」
カイコが立ち上がったので、俺も立ち上がった。
「そうかもな」
「俺にも見せて」
ミツバチがテーブルの下から手を伸ばしてきたので地図を渡してやる。
辺りを見渡すと、レグナはベッド周辺を調べていた。
「レグナは何か見つけたか?」
俺が声をかけると、レグナは嬉しそうに尻尾を振りながら俺に何か差し出した。それは小さな鍵だった。
「鍵! イーラの首輪。違うかな?」
家の中には鍵を使うような物は見当たらないし、イーラさんの首輪の鍵である可能性は高いだろう。
「試してみようか」
地図と睨み合いをしているミツバチを置いて、俺はレグナとカイコと共にイーラさんの元へ戻った。
イーラさんは仰向けで湖面に浮かんでおり、時折ゆっくりとヒレを動かして泳いでいた。
「イーラさん、ちょっと来てもらっていいですか?」
俺が声をかけると、イーラさんは湖面で小さくジャンプしたあと、深く潜った。湖岸で待っていると、水の中からイーラさんが勢いよく顔を出す。
「イーラでいいわよ。なに?」
「……これ、イーラの鎖を外す鍵じゃないかと思って」
鍵を見せると、イーラは鍵を手にとってまじまじと見つめた。
「分からないわ、外されたことなんかないもの。でも、試せばすぐね」
イーラは俺を横目に見て、にこりとしたあと、首輪の鍵に鍵を差し込んだ。だが、なかなか回らない。
「……ダメね。回らないわ。錆びちゃったのかも。えっと、セト、だったわよね名前。あなたやってみてくれない?」
俺はイーラから鍵を受け取ると、首輪を押さえて、鍵を回してみようとした。だが、ガリガリと音がするばかりでなかなか回らない。
「鍵、違うかなぁ?」
レグナが俺の横にしゃがんで、一緒に首輪を押さえてくれた。おかげで両手で力を入れることができた。
「カイコ、他の方法、何か探してくるね」
カイコはそう言うと、家の方に走っていった。
何度か休憩しながら力を入れてみたが、回る気配はない。最後にもう一度やってみてダメそうならカイコの言った通り他の方法を考えようと思い、再び力を入れる。すると、急に鍵が軽くなって俺は前のめりに倒れそうになった。
「えっ」
慌てて体勢を戻して、鍵を見ると、力を入れすぎたせいか根本からぼっきりと折れてしまっていた。
「ああっ」
レグナが小さく、でも悲痛な声を出す。
「す、すいません……こんなつもりは……」
「違う鍵だったのかもね」
と、イーラは笑って言ってくれた。
「どうする?」
レグナが不安そうに耳を伏せてこちらを見る。すると、後ろから何かを引きずるような音が聞こえてきた。
何かと思い、振り返るとカイコが大きな斧を引きずってきていた。
「ねぇー、これはぁ?」
カイコが重そうな様子でため息をつく。すると、レグナがすぐに斧を受け取りに向かった。カイコから斧を受け取ると、俺の方に戻ってきて俺に斧を差し出した。
「これで、鎖切れる?」
俺はレグナから斧を受け取るとその刃先を眺めた。手入れされていたのか、刃こぼれもしていないし、錆もない。切れ味は良さそうだ。
「……鎖の錆びてる部分なら、いけるかもな」
俺は近くから平らな石を拾ってきて、鎖を上に乗せると、イーラに頼んで少しだけ陸に出てもらった。カイコには少し離れた所から鎖を引っ張って伸ばし、押さえてもらい、レグナには驚いて動いたりしないように、イーラを押さえてもらう。
「顔はどっち向けたらいいかしら。切るところが見たいけど、ちょっと怖いわね。でも見えないのも怖いかも」
と、イーラが笑ったのを見て呑気だなと思った。こっちは、万が一怪我でもさせたらと思うと気が気じゃないのに。
「破片が飛んで目に当たったりしたら危ないので、反対見ててください」
「そう? 分かったわ」
俺はざりざりと靴裏を擦りながら、肩幅ほどに足を少しずつ開いて、斧の刃先を劣化の激しそうな場所にあてた。イーラの様子を見て、レグナとカイコの様子を見たあと、俺は斧を振り上げ、思い切り鎖に叩きつけた。すると、鎖はガキンと鈍い音を立てて、真っ二つに割れた。斧を手放して二人に合図すると、少し遅れてイーラが体を起こす。
「切れた?」
「切れましたよ」
俺が鎖の断面を見せると、イーラはぱっと顔を輝かせた。かと思うとすぐに身をひるがえして、湖の中に飛び込んだ。
レグナと顔を見合わせていると、イーラは突然湖面から飛び出し、大きく弧を描くジャンプをした。
「わぁ、すごい!!」
カイコが手を叩いて叫ぶ。すると、イーラが湖面から顔を出して、大きな声で言った。
「海に出たらもっと凄いんだから!」
イーラは興奮した様子で、こちらに戻ってきた。
「鎖に絡まないように気にしなくていいって気持ちいいわね! 本当にありがとう!」
イーラは満足そうだったが、このままここで一人で置いていくんじゃあまりに寂しい。
「じゃあ、今度はこの湖から出られる方法がないか一緒に考えましょう」
「……そりゃあできればそうしたいけど……そう言ってもね……」
イーラがため息をつく。その時、家の方から地図を持ってミツバチが走ってきた。ミツバチは俺の足元までくると、地面に地図を広げた。しゃがんでミツバチと一緒に地図を覗き込むと、ミツバチは地図上を指さして説明してくれた。
「これ、やっぱりこの辺の地図だよ。ほら、ここがこの湖で、ここが港町エラマだ」
「港町、エラマ? なんで分かるんだ?」
ミツバチはため息をついて首を左右に振ったあと、エラマを指さして、すぐ横の川まで指を滑らせた。
「エラマには海に流れ込んでる大きな川があって、その川が多分これ」
「古い町なのか?」
「100年ぐらい前にできた大きな町だよ。船乗り場だし、この地図に載っててもおかしくない」
「私達も船に乗ってこの大陸に来たんだよ」
と、カイコが横から言った。
「あんたらが水浴びしてた川がこの川。この川の行き先はエラマの川なんだ。ここで合流して、海に流れ込んでる」
「じゃあ、私をそこまで運べれば海まで行けるの!?」
イーラが嬉しそうに言う。
「エラマの川の本流と合流できれば、泳いで海まで行けるはず」
「カイコ達も途中まで川沿いを歩いてきたけど、船も走れるくらい大きい川だよ。お姉ちゃんも泳げると思う」
「でも、どうする?」
レグナがみんなの顔を見て不安そうにしている。そう、川まで運べばいいといっても、どっちにしろ川まで運ぶ手段を考えないとならない。
「荷馬車でなんとか運べればいいんだけど……」
とりあえず、一つずつ問題を把握していくことにした。
「えっと、日が当たるとまずいんですよね? 乾燥はどのくらいまずいですか?」
イーラが頷く。
「乾燥すると、具合が悪くなるの……」
日差しは屋根か何かで遮ることができるが、乾燥は難しいな。
「内臓への負担を軽くするために、定期的に体の向きを変えるならどうですか?」
「ど、うかしら……試したことがないから……」
「陸で体勢を変えることはできますか?」
「ある程度は。でも自力では数回が限界ね。何度か陸には上がったけど、湖に戻るので精一杯だったわ」
なら、補助すれば回数を稼げるだろうか。
「あとで、色々試してもらいたいんですが、いいですか?」
「ええ、私を助けようとしてくれてるんですもの、もちろん協力するわ」
やれる事はなんでもやってみよう。
俺は腰に手を当てて、三人の顔を見回した。
「じゃあ、レグナ、カイコにミツバチ。三人も手伝ってくれるか?」
「はーい!」
カイコはミツバチの片手を掴むと自分の手と共に上に掲げた。不満そうなミツバチだったが、文句は言わなかったので、多分、手伝ってくれるんだろう。
「それで、何する?」
レグナが尻尾を振りながらニッコリと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます