きっと僕らの始まりと終わり

@tsuboy

プロローグ・朝

最近よく見る夢がある。舞台の夢だ。暗幕の後ろで、自分の鼓動を感じている。衣裳が身体を締め付け、「やらなければ」という意識を纏っている。幕の向こうに観客が席を並べており、暗い空間から見つめている。決められた時間がせまり、「決められたこと」をなぞる為に気持ちを整え、緊張感を高めている。すうっと・・・世界の音が消え去っていく瞬間を感じる。


そうやって僕らは、僕らの「始まり」を迎える。


 恭介は寝床で天井を見つめていた。覚醒した意識のまま、夢のことを考えていた。何故、その夢を見るのか解らなかった。舞台に立ったことも無く、役者に憧れたこともなかった。憧れという言葉が遠い自分を連想させる。小学生の頃、シャーロック・ホームズに憧れたことがあった。

 詩織のせいかもしれない。隣で寝ている彼女の顔を覗いた。いらついた表情を浮かべ・・・詩織は、神経質な眠りの中にいた。黒い髪が顎のラインに沿ってブランケットの下に隠れていた。

 彼女の専攻は文芸学科である。大抵の場合、詩織は恭介がアパートを出る頃にベッドで寝ており、帰宅する頃には真っ暗な部屋でPCを睨みつけていた。(またはベッドの上で文庫本を読んでいた。)

 恭介は詩織を起こさないようにベッドを抜け出した。ポットの電源を入れ、バスルームに向かった。シャワーの後で、恭介は紅茶を煎れる。簡単な朝食の準備をしようかと思ったが、外で食事をすることにした。

詩織をゆっくり寝かせてやりたいという思いがあった。恭介はティーバッグで煎れた紅茶を飲むと、アパートを出た。ノブを回しながらドアを閉め、金属音を上げて鍵を回した。


詩織は、鍵の音で目を覚ます。身動きもせず、恭介が残した部屋のぬくもりを探り、彼の朝の行動を想像する。それから詩織はブランケットをはねのけて、窓から部屋を出たばかりの恭介を探した。

恭介はキャンパス地のカバンを肩から掛け、とぼとぼと歩いている。もしゃもしゃの髪がいつもより大人しく、シャワー上がりの様子がうかがえた。

「何を考えているのかしら」

そう詩織はつぶやいた。朝ごはんのこと、授業のこと、バイトのこと・・・今日も真っ暗になった頃に帰ってくるんだから。

 詩織は窓から顔を背けて壁にもたれかかった。ベッドの上に座ったまま、部屋の空気を眺めていた。朝の光が、部屋の中で透明の風船を膨らませていた。

 詩織はベッドから降りてキッチンを覗きにいく。恭介は何を作ったのだろう。テーブルの上にポットが置いてあり、紅茶がカップ半分ほど残っていた。詩織はポットにお湯を継ぎ足し、氷をいっぱいにいれてアイスティーを作った。

 熱い紅茶を注ぐと、氷がきゅううっと音をあげて・・・冷たい楽園が出来上がる。両手でガラスのコップを持ち上げ、コハク色の液体を見つめる。詩織は目を閉じ、ゆっくりと一口を味わった。

詩織は、にんまりと笑みを浮かべて「やっぱりアイスティーが最近のヒットだ」と思う。それからお気に入りのカフェで午後の風を感じながらPCを叩く様を想像してみた。それから、久しぶりにキャンパスの景色を思い出した。

まずシャワーを浴びようと詩織は思い、アイスティーをゆっくりと口に含んだ。

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