第4話 おやめください、お猫様
朝起きると、手の平になにやら柔らかい感触がありました。
なんだろう、これ?
思わず感触を確かめると、「……んっ」と色っぽい声が響きます。
あれ、もしかしてこれは……?
ぎゃあぁぁぁぁ、僕、女性の胸を揉んでいる!?
「な、なんでここにいるんですか!?」
思わず毛布を跳ね除けると、そこには下着姿の夏美さんが寝ているじゃないですか!
しかも、ものすごく酒臭いです。
視界の隅に目をやると、寝床用のマットレスの外にスーツと呼ばれるこの世界の民族衣装が脱ぎ散らかしてありました。
おそらく昨日の夜に泥酔してもぐりこんだものと思われますが、なんで僕の寝床に!
しかも、こっちは服が無いから素っ裸で寝ているんですけど!
生理現象とあいまって下半身が大変なことになっているんですけど!!
先ほどは思わず大きな声を上げてしまいましたが、それでも夏美さんが起きる気配がありません。
これはチャンスです。
僕は彼女を起こさないようにそっと寝床から抜け出すことにしました。
ですが、体を起こすために枕もとのあたりへと手をついた瞬間、メキッともネチャッともつかない謎の感触が掌に伝わります。
嫌な予感と共に自分の手のある場所を覗き込むと……。
「うわわわわわわぁぁぁぁっ!!」
そんな恐怖の朝を迎えた後。
「ははは、そりゃ猫のお土産だなぁ。
朝から猫の群れがお前さんに会いに来たんで、中に入れてやったんだが……そんな事していたのか」
夜から朝にかけての見張りだった警備のおじさんは、今朝あったことを話すとそう言って笑いました。
あ、ちなみにまだ二十四時間の監視が必要らしいです、僕。
法律で決まっているから例外はないのだとか。
まぁ、仕方が無いですよ。
こっちの人からしてみれば、異世界からきたわけのわからんやつでしょうからね。
「はぁ……猫さんが来ても勝手に入れないでください。
おかげで夏美さんが起きてしまって、コレですよ」
僕が真っ赤な手形のついた顔を示すと、おじさんはさらに腹を抱えて笑い出しました。
人の不幸を笑うなんて趣味が悪いですよ、まったく。
ちなみに、夏美さんは僕の両頬に手形をつけた後、すぐに着替えて真っ赤な顔でどこかにいってしまいました。
たぶんまた来るでしょうけど、次にあったときどんな顔で迎えればいいやら。
「それにしても……昨日はお楽しみでしたね」
警備のおじさんは唐突にニヤッと笑うと、そんな事を言い出しました。
えぇ、さすがにどういう意味かぐらいはわかりますよ?
「か、体のサイズか違うのでそういうのは無理です!
それに、ずっと夜の間も見張りしていたんでしょうから、何もなかったのは知っているでしょうに……。
というか、夏美さんが布団に入る前に止めてくださいよ」
すると、なぜか警備のおじさんは苦笑い。
あれ? この空振り感。 どうも答えを間違ったらしいけど、どういうことだろう?
そんな事を考えながらシャッターを開けると、そこには……。
「ぎゃー! また猫さんのお土産が転がっている!!」
ええ、しかも大量に。
見渡す限りいろんなものが転がっています。
詳しく聞いても不愉快だと思いますので、あえて『小さな生き物の死体』とだけ言っておきますね。
しかし、どうしましょうか、これ。
お掃除しなきゃいけないのに、道具も何もないですよ。
ちなみに、後ろでは警備のおじさんが大笑いです。
あいかわらず酷い。
こういう人を、この国では鬼というらしいですね。
すると、そんな警備のおじさんからこんな提案がありました。
「せっかくだから、朝ごはんが終わった後にティンクチャーにしてしまったらどうだい?」
「……できるんですか?」
昨日貰った教科書に載っていたティンクチャーの材料は、植物と鉱石しかなかったのでちょっと意外です。
「これなんか、かなり上質な
警備のおじさんがヒョイとつまみ上げたのは、長い触角をもつ焦げ茶色のツヤツヤとした昆虫でした。
「こいつはG……本当の名は忌まわしくて口に出来ないが、この国ではほとんどの者がその名を聞くだけで恐れおののく恐ろしい生き物だ。
勇者の
「そ、そんな生き物をこんな大量に仕留めてくるなんて!
猫さん、恐るべし!!」
し、慎重に扱っておいてよかった。
あの時うっかり猫さんを踏んづけて敵対行動をとっていると思われていたら、僕はどうなっていたでしょうか。
想像するだけで寒気がします。
「と、とりあえず
「あぁ、ヤマダさんは建築関係が専門だっけ。
ならば確かに
僕がこの世界で魔術を使うには、魔力のかわりに星霊のティンクチャーを消費すれば良いと昨日学びました。
ですが、実はその使用目的によって使えるティンクチャーの種類が違うのです。
たとえば攻撃魔術ならば
「……Zazel」
僕が土星の星霊の名を唱えると、Gの体は崩れ去り黒い粉になります。
それを用意しておいた瓶につめていると、ふと何かが近づいてくる気配がしました。
「にゃー」
うげげ、猫さんです。
しかも、その口には新しいGが!
「あ、あはははは……こんにちは猫さん」
僕が挨拶をすると、猫さんはポトンとGを僕の足元に落としました。
ちなみに、まだ微妙に生きているのか足がヒクヒクと動いていたりというか、なんでしょう、この心の底からわきあがるどうしようもない嫌悪感は。
これがG、この国に生きる者全てが恐れる存在……。
そして猫さんは、褒めろといわんばかりにニャーと鳴いてから擦り寄ってきます。
ううう、Gを倒すその力は素直にすごいと思いますし、親愛の印なのはわかりますがね、そんな危険な生き物を足元に置かないでください!
次の瞬間、僕の背中にぞぞぞと冷たいものを押し付けられたかのような感触がはしりました。
なんでしょう、ものすごく嫌な予感がします。
あ、あれは……!?
「猫だ。 しかも、大群じゃねぇか。
まさか、あいつら全員口にGをくわえているのか!?」
警備のおじさんの声が、若干震えていました。
猫さんの数は、軽く三十匹近くいます。
どうしよう、逃げていいですか?
そう口走ろうとした瞬間、近くにいた猫さんがひょいと僕の肩に飛び乗りました。
い、いかん。 捕縛された!?
次の対応を考えるまもなく、猫さんの大群は押し寄せ……。
――数時間後。
「お帰りなさい、
助けてください……」
僕がふたたび猫さんの山に押しつぶされた状態で彼女を迎えると、彼女は周囲の状況を見るなり目を見開き、プルプルと震え始めたかと思いきや……。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ものすごい悲鳴を上げて逃げて行きました。
死してなお勇者を敗走させるとは、Gおそるべし。
そう、僕の周りには猫さんたちが持ってきた大量のGの死体が敷き詰められていたのです。
なんという大惨事でしょうか。
お願いですからGを持ってくるのはおやめください、お猫様。
ちょっぴりあなたの事が苦手になりそうです。
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