56 「父」という役割に対する想像力について。
三十歳です。
先日、受けた健康診断の通知が届いて、結果が再調査で三十歳だなぁと思った郷倉四季です。
え、僕の身体って健康じゃないの?
って一瞬なったんですが、あれだけ酒飲んで休日の度に昼夜逆転しておいて、健康ですって顔をする方がおこがましいですよね。三月の間に有給を取って、再検査をしに行こうと思います。
ちなみに、これを書いている僕はまだ二十九歳です。
ややこしいですね。
誕生日はとくに何の予定もないし、思いっきり平日なので、あれこれ動きにくい。という訳で、2月12日の仕事終わりに古本屋に行きました。
最近、彩瀬まるの「朝が来るまでそばにいる」、村田沙耶香の「殺人出産」、井上荒野の「夜を着る」、青山七恵「かけら」と女性の小説家さんの作品を立て続けに読んでいます。
小説の書き手を女性、男性に分ける必要はないんじゃないか、という意見があるのは知っているのですが、読む側からすると、やっぱり何か違うんですよね。
想像力の触感と言うか、世界を見ている角度と言うか。
そういう何かが違っていて、僕はそれに惹かれているんだと思います。
そんな訳で、今回は古本屋で買った文藝2019年秋季号特集の増補決定版、斉藤真理子が責任編集を務めた「完全版 韓国・フェミニズム・日本」という単行本について話をさせてください。
まず、『82年生まれ、キム・ジョン』という韓国で130万部以上の販売部数を記録するベストセラーとなった小説があって、これが日本でも大ヒットになりました。
今、インターネットで調べてみると、特設サイトが作られていて、表紙の横には松田青子の「女性たちの絶望が詰まったこの本は、未来に向かうための希望の書。」というコメントが並んでいます。
サイトの中には、日本でも20万部を突破した2019年のベストセラー小説だと紹介されています。そんなヒットを受けての特集が文藝2019年秋季号でおこなわれました。
当時、結構な話題になり、手に入らないと言う声をツイッターなどで見かけました。「完全版 韓国・フェミニズム・日本」にある巻頭言の中で「異例の増刷となり、とうとう創刊以来八六年ぶりの三刷が決まった」とも書いてあり、大変な注目度だったことが伺えます。
そんな中、僕は文藝2019年秋季号も『82年生まれ、キム・ジョン』も持っていません。2019年当時、単純にお金がなかったのでしょうね。
また、他にも読む本があって、読める時間を捻出できないと諦めてもいたんでしょう。
今となっては、無理にでも買っておけば良かったと悔しく思う次第です。
とはいえ、無いものは仕方ありません。
手元にあるカードで物事を考えていくしかありません。ちなみに韓国と言えば、ドラマや映画が結構な話題になっている印象があります。
僕の毎晩の楽しみのブログを書かれている方も韓国ドラマについて、幾つか紹介をしていました。
なんとなく、僕もそろそろ韓国ドラマを見る頃かな? と思って、前にちょっと挑戦をしたことがあります。
探偵もので、幼稚園児だか小学生くらいの女の子を探すことになる、というあらすじなんですけど、依頼人と主人公の探偵が信頼し合う理由が「(お互いに)韓国の警察を信用していない」というものでした。
なんとなく、日本のドラマでは出てこない台詞な気がして、心に残りました。
今回手に入れた「完全版 韓国・フェミニズム・日本」には『82年生まれ、キム・ジョン』の著者チョ・ナムジュの短編「家出」が掲載されていました。
訳は、すんみ/小山内園子となっていました。
冒頭は以下のようなものでした。
――父が家出した。母から電話が入ったのは、会社帰りの地下鉄の中だった。一瞬、家出を出家と勘違いした。
「えっ? お父さん、お寺なんか通ってなかったでしょ」
「家出だってば。い、え、で。家を出ていっちゃったの」
めちゃくちゃ読みやすい?
と思って読み進めると、物凄く分かり易く物語としても面白い。短編の最後に「改題」とあって、「家出」の説明がなされていました。そこには「年老いた父が、突然家出し、娘のクレジットカードを使うという設定だけが最初から変わっていない」とありました。
この娘のクレジットカードという設定がとくに良いんです。
なぜなら、主人公は父がクレジットカードを使うと時間と場所を知ることができて、その為に恋人とのデート中であっても、タクシーに乗って食堂やカフェへと向かっちゃうんです。
この設定によって、父は死んでいる訳ではなく、事件に巻き込まれた訳でもない純粋な家出なんだと分かるんですよね。
それ故に、なぜ父は家出したのか、そして、クレジットカードを使うことで娘に居場所を伝えることになるのに、あえて使うのは何故なのか。
というミステリー要素が生まれてくるんです。
もうめちゃくちゃ面白くないですか?
ちなみに、短編の最後の「改題」の中には、チョ・ナムジが「家出」を書いた理由も書かれていました。
――「理由はともかく、家父長制が一瞬消えてしまったら、家庭の雰囲気はどう変わるだろう。家族の価値観と態度はどう変わるだろうか。そういう疑問から、家長のいない家、父が消えた家の話を書いてみようと思った」
なるほどなぁ。
と思うと同時に僕の中で浮かぶのは、瀬尾まいこの「幸福な食卓」でした。
幸福な食卓は以下のように始まります。
――「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」
春休み最後の日、朝の食卓で父さんが言った。
私は口に突っ込んでいたトマトを飲み込んでから「何それ?」と言って、直ちゃんはいつもの穏やかな口調で「あらまあ」と言った。
僕たちの生きる現代の想像力においては「父」という役割の人間は家出したり、辞めたりしがちなのかも知れませんね。
それほどに以前までの父、家長という役割は絶対だったとも言えそうです。
僕の職場では付き合っているけれど、彼氏がなかなか結婚に踏み切ってくれない、という女の子が何人かいます。
理由は様々あるでしょうし、僕は彼女たちの彼氏から話を聞いた訳ではないので、憶測でしか語ることはできませんが、結婚後の自分の役割だったり世間的な立場が上手く想像できない、というのは一点あるのかも知れません。
その原因の一つは家長という役割の揺らぎ、なのかな? などと想像してみましたが、実際はどうなのか僕にはさっぱり分かりません。
ただ、結婚後の自分の姿、あるいは将来の姿が想像できない、という男性がいるのならば、「逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!」を見ると、何か掴めるかも知れませんよ、と勧めいた所存です。
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