魔法屋の恋愛相談事件簿

高遠 泉

第1話


―石喰い―

体内にある魔力の元となる魔石を具体化させ取り出せる者。

もしくは、その魔石を食する魔物。

魔力を持つ者から魔石を取り出す事は死を意味する事から、死を司る者としての象徴として死神とも呼ばれる。




序章 


規則正しい石畳の小道には、先の大戦などなかったかのように活気づいた街並みが広がっている。


最近同盟を結んだ近隣の国から入ってきた、軽く丈夫にもかかわらず加工にも適している素材のガルパン鉱石が使用された街並みは、他国から来た旅行客でさえも息を吞むほどの美しさを保っている。

一時期は全てが焼け野原になってしまったこの国の一番の都市部は、まさに変貌を遂げ未来への希望を抱かせる様で、自然と行きかう人々の表情も輝いている。

世の中は急速に変貌を遂げ、雇用や学力の向上と共に経済も活気ずき、人々の生活水準も他国と引けを取らない、いや、それ以上とも言われていた。


そんな賑わいを見せる街並みの中、最近では珍しい淡いシルバーピンクの長い髪の一人の乙女がその凛とした表情に似合っているシックな色合いの落ち着いた濃紺のワンピース姿で、一人の従者であろう青年を従え歩いていた。


少女の髪は綺麗に毎朝整えられているのであろうか、背中の中ほどまであるにも関わらず艶やかで街並みの中でも一際目立つ色彩を放っている。

濃紺の落ち着いたワンピースも白い襟と袖口のワンポイントが清楚な雰囲気を更に醸し出している。


好景気の影響か、近頃の流行りのピンクや水色、黄色などの華やかな色合いのAラインのドレスではないにも関わらず、流行りの服を着ている女性たちよりも何故か目が引き付けられてしまう。


少女だけではない。


少女の傍らに離れずに先ほどから少し後ろを歩いている青年もまた、見目から一層一目をひいていた。

少女の濃紺のワンピースに合わせているのであろう、そのシックな執事の服が青年をより一層引き立てている。

腕時計が流行っている最近では珍しくなってしまった、金時計のチェーンが胸ポケットから出ているのは愛嬌なのであろうか。

青年が歩くたびにキラキラとまるで青年を守るように輝いている。


見目が麗し従者の青年が側を通る度に、女性だけではなく近くにいる者の目線が二人に向けられている事が解る。

顔を赤らめる者、溜息をつく者。


とにかく、一際目立っているのである。



「…ほら、あなたのせいよ!」

凛とした表情だった少女の眉がほんの少しよせられる。

「何がでしょうか?」

「目立たない服装を選んで来たのに台無しじゃないの!」

そうでしょうか?とほんの少し青年は辺りを見回したが、すぐに溜息を付くと視線を元に戻した。


「…お嬢様の気のせいですね」


気のせいなのだろうか?と、少女は一瞬考えたものの、人々の視線はやはり自分とこの従者に向いている。


「気のせいではないと思うのだけれど」

「…気のせいでは無いとしたら、なるほど。お嬢様、やっと青少年の扉を開けましたね。

おめでとうございます」


ぽん!と白い手袋をした手を、歩きながら青年が心得たとばかりに胸の前でたたく。


「…えっと。何なのかしら、その青少年の扉って」

何がめでたいというのだこの従者は。

そもそも、少女もしくは女性であって私は青少年ではないのではないかしら。という感が否めない。

これに、私は女だという意識を再認識させた方がいいのだろうか。


「青少年の扉、御存じありませんか?」

「全く」

即座に否定する。


青少年の扉…そもそも訳が分からない。

授業で習った事があったかしらと少女は頭をフル回転させるが、やはりそんな奇妙な言葉は浮かばない。


「ふふ。お年頃。というヤツですよ。やですね、お嬢様ったら。純情気取ったお嬢様なんてお嬢様ではありませんよ?」


私、純情気取ったら私じゃないの?

という突っ込みをするべきなのか、ここは素直に怒るべきなのか判断に迷う。

そもそも、純情ではない私って何だろうか。


いや、確かに知識は人並み以上にあることは否定はしないけれども。

その前に。


何故、あなたの所為で人目が、主に女性の人目が気になるのよ。折角目立たなくしてきているのに どうしてくれるの。という主張をしたかっただけなのに、それが何故に


おめでとうございます。

青少年の扉をお開けになりましたね。ふふ。

それが大人の階段です!になるのだろうか。


こいつの頭は昨日眠った時点でそのまま置いてきてしまって、今もまだ屋敷に実は本体があるのではないのだろうか。


しばらく、静止しそんな事を考えて少女は長い溜息を付いた。


ダメだ。


話しにならない。


「お前の所為で、目立ってしまっているのよ!その顔を何処かに置いてきてもらえると助かるわ」


「なるほど、私の顔に人様目を引き付ける魅力があるから大変困っている、と」


先ほどよりも上機嫌な顔の青年に、更に周りの雰囲気が華やぐ。

が、反対に少女の目は死んだ魚の様な目になっていく。


反対に青年の方は嬉しい事でもあったのだろうか、深い紫の目をキラキラさせながら更に上機嫌になっていく。


「しかしながらお嬢様。見られているとお感じになる事こそが、青少年の扉!もとい!大人の階段なのですよ!御小さい頃は他人の目などこれっぽっちも気にはされていらっしゃらなかったはず。それが本日は、なんと!他人の目が気になられると!これはもう、帰ったらお祝いです」


これはもっとダメだ。


何のお祝いを私はされるというのだ。


嫌味すらスルーされて、更に脳が悪化している。

本体はどこだ。


と、少女が足を止め、ふと路地の裏を見やる。


賑やかな大通りをスッと抜け、小道に入っていく。


通りを一つ中に入っても、そこは都会。

その小道ですら綺麗に並べられた石畳は続いており、大通りとまではいかないまでも、小道の奥にも趣味の良い店舗が並んでいる。


が、やはり未だ大戦の傷痕は深くよく目を凝らすと身寄りのない者たちが路地で横たわっている場所も目に付く。


先ほどとは打って変わって真剣な表情をした青年が少女の前にでる。


「お目当ての方はいらっしゃいますか?」

「ええ。いたわ」


少女はただただ、遠くの一点だけを見つめ足を速めるのであった。



*******************************



目の前に黒く光った石がごろごろと積み重なっていた。

その光る石には、様々な色がほんの少し付いていたが、大抵は黒く光っていた。


お腹が空いたなと思った。


お腹が空いたなと思ったら、その石を食べたらいいんじゃないかと思い始めた。


その石を食べたらいいんじゃないかと思い始めたら、その黒い石がとても美味しそうに見え始め、僕はその石に手を伸ばした。


「!!」


伸ばして食べようと思った途端にどこからか手が伸びてきて僕の手を強く叩いた。

何をするの?

そう思ったけれど、僕はもう動くのも面倒になってしまって冷たい石の地面にペタンと寝そべる。


冷たくて気持ちがいい石だなと思った。


「あなた!これは食べてはいけない石よ!食べるのだったら、こちらを食べなさい!」

「…お嬢様、それは私の石です。」

「だからよ!」

「ダメです。」

「けち!」

「けちでも何でも、私の石はお嬢様しかお召しあげられません。」

「美味しいのに!」

「美味しいんですか?」

「美味しいわよ!!…あ・・・・」

「美味しいんですね!?」

「…。」

「美味しいっていいましたよね?」

「ちょっと、この子、動かないわよ。」

「え!!??」

「…」

「わー!!!!お嬢様!!!死んで!!」

「死んでない!」

「え、でも呼吸が!」

「呼吸してるでしょう!馬鹿者!とりあえず早くここから移動するわよ!」



二人の声が遠くで聞こえて、その後僕は意識を手放した。



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