第2話 きのう、失恋したらしい
朝練が終わると当然授業がある。
現代文と英語、数学に選択授業、午前の講義を適当に聞き流しながら受け終わった頃には俺の脳みそは適度に疲弊していた。
昼休み、俺は同じ部活の友人たちと購買で買ったパンを持ち寄って中庭で昼飯を食べていた。
「そういや昨日、失恋したらしいぜ」
能登がパックのジュースを片手に俺にそう言った。
「え?」
いつもはゲームのガチャの話ぐらいしかしない奴だから、かなり意外だった。
「糸魚川だよ」
「うん?」
「いやだから、糸魚川美咲が昨日失恋したみたいだぜって話。今朝、何か話しなかったの?」
「んあ……そう、そうなのか。いや、知らないわ」
俺の脳みそはやっと状況を理解した。今朝会ったばかりの幼馴染の顔が脳裏に浮かぶ。
美咲のやつ、今朝はそんな素振り全然見せなかった。
俺の隣に座っているやつが口を開く。
「相手の先輩って誰?」
「テニス部の3年の誰か。名前は知らね」
他のやつらも興味を持ったようで「昨日って日曜だよな? 誰が目撃したのよ」と能登に尋ねていた。
そんな皆の中にいて、俺は何も言えなかった。
悲しみのような、憂いのような、怒りのような、いろんな感情が渦巻いていて、考えがまとまらなかった。
ただ、一つだけ気になる事があった。
「そもそもだけどさ、なんで能登がそんなこと知ってるわけ?」
俺がそう訊くと能登は目を泳がせた。
「いやまぁ……噂だからな。その相手の先輩がぽろったのかもしれないし、糸魚川の友達がぽろったのかもしれないし、よく分からねぇよ。俺は女バスの奴らが廊下で話してるのが聞こえただけだから詳しいことは知らねえよ。まぁそんな怒るなって、噂なんて2・3日もすれば皆忘れてるよ」
自分では抑えているつもりだったけれど、怒ったように見えてしまったらしい。
傷心中のやつのことを他人がとやかく言ったり秘密をばらすのは何となく腹立たしいし、それが美咲のことだから尚更、胸くそ悪く感じた。
しかし能登は悪いやつではない。噂を耳にしただけというのも本当だろう。でもそうした悪意のないやつが噂を広めているのが余計に嫌だった。
「まぁ直孝が何考えてるかは分からんけどさ、今がチャンスなのは確かだぜ」
チャンス? 一体何がチャンスなんだ。
「朝も言ったけど、そんなんじゃねぇよ、俺とあいつは。もういいだろ? こんな話」
「でもよ、お前がいつまでも様子見してると糸魚川もまた他のやつに……」
べしゃっという音がして皆の声が止んだ。
手に持っていた俺のペットボトルがつぶれていた。
「能登、もうこの話はいいだろ」
「……わかったよ、まぁお前がそう言うなら、別にいいんだけどさ」
それから皆は一切その話をしなかった。
俺は知っている。能登が俺のことを思って言ってくれているのは。
でも、チャンスだとか言われても、そんな気分には全くなれなかった。
これは俺が変なのだろうか。
だいたい、どうもよく分からない。恋とか、愛とか。
しかしどうして、俺はどうやら美咲が好きなようだ、それだけは分かる。だが付き合いたいのかと訊かれると困る。そもそも付き合うってなんだ、付き合ったらその後何をすればいいんだ。どうすればいいんだ。どうしたいんだ、俺は。
友達に聞いても、ネットで調べても、漫画やドラマを見ても、やっぱり実感はわかない。
結局いつも、別に今のままの状況でいいと思ってしまう。逆に告白なんかして、気軽に美咲と話すことのできない仲になるのは、嫌だった。
今は美咲のことが心配だった。今朝のあの笑顔の裏に、悲しみを隠していたのかと思うと、それに気づけなかった自分が本当に、ただ、腹立たしかった。
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