時が止まってしまえば
園長
第1話 俺の日常
朝もやの中でママチャリのペダルを踏む。チェーンとギアの擦れるじゃこ…じゃこ…という音だけがあたりに響いた。
肌寒い空気の中、高校に向かう。稲刈りを終えたばかりの田んぼを横目にもう30分近くも無心で漕ぎ続けている。
半年前の入学当初はすがすがしいと思っていたこの道のりも、今となっては慣れてしまい楽しいともしんどいとも感じなくなってしまった。
自分が小学生だった頃、高校生ってのはまさに青春そのもので、きらきらしていて、毎日楽しいことが起こるような、そんなものだと漠然と思っていた。
ところが実際は毎日のように授業と部活と登下校の繰り返しで、漫画でもない限りこんな田舎の高校生にはそんなに目新しいことも起こらない。
そりゃまぁ、なんとなく気付いてたことだけどさ。
「おはよ!」
「うおっち!」
びっくりした俺はバランスを崩してこけそうになった。あまりにも無心で漕いでいたからか、並走する自転車に気付かなかった。なんとか態勢を直して「……お、おはよう、美咲」と挨拶を返した。
「大丈夫? ごめん、そんなに驚くなんて思わなくて」
「いや、俺がぼーっとしてただけだよ」
「はーん、さてはエッチなことでも考えてたんでしょ」
「ちげーよ、んなわけねーだろ」
にやにやする美咲をあしらう。
美咲は小学校からの顔なじみの女の子だった。家が近くて(といっても1キロぐらい離れているけど)昔はよく遊んだりもしていた。その頃は2人ともやんちゃで、高いところから落ちたりして、よくあちこちに絆創膏を貼っていたものだ。
でも今はお互い同じ高校の制服に身を包んでいる。美咲は昔ショートカットだった髪をセミロングぐらいの長さにするようになった、気取らない性格はそのままだけど落ち着いた雰囲気になったと思う。
背の高さも、いつのまにか俺の方が少し高くなっていた。
「それより美咲、なんでこんな時間に登校してんの?」
「うちも朝練。文化祭近いからね。今週1週間はずっとこの時間なの」
「ブラバンも今日から朝練か。大変だな」
「まぁね」
などという、他愛のない話をしながら一緒に自転車を漕ぐ。
しかしそのおかげで俺の目はばっちり覚めていった。
「なんか久しぶりだよね、こうやって一緒に登校するの」
「中学の時以来だっけか?」
「そうだよ。誰かさんが朝練のある運動部なんかに入るから」
「それはまぁ……しょうがねぇよ」
こっちにとっちゃ美咲が文科系の部活に入ることの方が意外だったんだから。
俺は隣を走る美咲の横顔を見た。
中学の時は毎日一緒に登校していてもなんとも思っていなかったけど。
高校生になり別々に登校するようになって、話す機会も少なくなってから、遠くから美咲のことを見るようになって、俺はもしや美咲のことが好きなんじゃないのかと、ふと思うようになった。
特にそれは、美咲が3年生の先輩に片思いをしているという噂を聞いてからだった。それまで別に何とも思っていないと思い込んでいたけれど、その噂を聞いたとたん胸の内側がじわっと嫌な熱を帯びた。今でもその話を聞いたり、美咲が男の先輩と話しているのを見ると、同じような気持ちになる。
これは、恋というやつなのか? よく分からないけれど、でもきっとそうなんだろう。だって誰かに美咲をとられたくないと思っているのだから。
でもそんなこと、本人の目の前では口が裂けても言えやしない。言うつもりもない。
学校に着くと自転車置き場にチャリをとめて部室に向かう。「じゃあまた、教室でね」と、美咲とはそこで別れた。
うちの高校は山のすぐ側に建っている古くからある公立高校で、滝神高校という。
特にこれといった特徴はなく、敢えて言うなら建校当初からある古い木造の時計塔があるぐらいだ。
その横のグラウンドでは野球部の奴らがすでにキャッチボールをしているのが見える。こんな田舎じゃ楽しめることなんて部活動ぐらいだから、皆けっこう力を入れてやっている。かくいう俺も例に漏れず、朝早くから夜遅くまでテニスに精を出していた。
でも、今日から1週間は話がちょっと違う。
校舎のベランダを見上げると『第74回滝神祭coming soon!』と毛書で書かれた垂れ幕がでかでかと掲げられていた。
うちの文化祭は週末に3日間の日程が組まれていて、地域の人も大勢参加してけっこう大々的に行われる。特に文化部なんかは数少ない発表の場ということもあって、毎年文化祭に向けての力の入り方がすごい。
もちろん運動部だってこの1週間は基本的に放課後の活動を休止してクラスの出し物の準備に取り掛かる。
中学生の頃はよくこの文化祭に遊びに来ていたけど、ついに自分が開催する側になったかと思うと、秋口の風に揺れる垂れ幕も、感慨深く見えた。
そんなことを考えていると、後ろから「うぇいうぇい、仲良く一緒に登校かよ~、見せびらかしてくれちゃってさ~! 妬けちゃうわ~」とふざけた口調でひやかされた。
同じテニス部の能登だった。
「なんだよ見てたんなら声かけてくれりゃいいのに」
「ば~か、おまえそりゃ気まずいだろうが」
「なんで?」
「なんで、ってそりゃ、若い男女の間に男がもう一人入ったらややこしいの、そういうもんよ」
小学生みたいな笑顔を見せながら能登はテニスコートの方に歩いていく。
「あのさ、能登」
俺が呼びかけると能登は肩越しに俺のことを振り返る。
「俺とあいつとは、そんなんじゃねぇよ」
能登はさっきと違った、なんともいえない笑顔を俺に向けた。
「知ってるっての、そんなこと」
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