第二部 新米風紀委員 伊藤ほのか

プロローグ 伊藤ほのかの日常 その一

「お前が伊藤ほのかだな」


 名前を呼ばれ、私は目を閉じたままゆっくりと顔を上げる。

 正面にいる三十人以上の不良達を睨みつけるようにゆっくりと目を開け、返事をする。


「違います」

「なぜ、うそをつく、伊藤?」

「先輩はだまっていてください」


 私、伊藤ほのか。読書大好き、恋に恋する15歳、花の女子高生。

 少女漫画のようなドラマチックな恋を夢見る乙女です。

 カッコよくて、優しい彼氏がほしいけど、出会いがなくて……あっても、男の子と話すのが恥ずかしくて仲良くなれない、そんな女の子です。

 そんな私もちょっぴり困ったことが……。

 今、ワイルドな男の子達に取り囲まれているの。ロマンチックな廃墟はいきょの工場で。

 待ちに待った出会いの場、しかも、まさかの逆ハーレム! ほのか、困っちゃう。

 髪型は今流行のリーゼント、パンチパーマ、スキンヘッド、オールバック……。

 手にしている物は可愛いアクセサリーで木刀、模擬刀もぎとう、金属バット、チェーンソー……。


 オーナーさん……チェーンジ! チェーンジ!


 現実逃避終了!

 昔の少女漫画っぽく自己紹介してみたけど、現状は何も変わらない。凶器を持った不良グループのお兄さん達が私達風紀委員を取り囲んでいる。

 廃棄された工場内にはもちろん、私達を助けてくれるような大人はいない。

 まだ日が高い時間帯なのに、電気の通らない工場内は薄暗く、割れた窓から射し込む光だけが弱々しく私達を照らしている。

 十月も終わりに近づき、夏の暑さがひいているけど、この不良達が発する熱気に汗をかいてしまう。

 先に進まないので、私は恐る恐る確認してみる。


「あの……なんで私の名前、知られてるんでしょ?」

「しらばっくれてるのか? 青島の藤堂ふじどうの相棒っていやぁ、有名人だろ!」

「藤堂と二人で青島制覇するってもっぱらの噂だろうが!」


 な、なんでそんなことになってるの!

 でも、相棒だなんて~……てれりこてれりこ。私達の仲って有名なんだ。エヘヘッ……うそ、ゴメン。誰か助けて……。

 なんでこんなことになったのか状況を整理してみよう。(現実逃避パート2)


 私達は今、青島全体で恐喝行為を繰り返している不良グループ、亜羅死あらしを取り締まる為、対面している。

 青島高等学校も被害に遭ってるから、風紀委員が出動したわけ。


 私の先輩で相棒でもある一個年上の風紀委員、藤堂正道が例のごとく、空気の読めない説教をしてしまい、亜羅死のメンバーを怒らせた。

 それを見かねて、私が口をはさもうとしたとき、名前を呼ばれたのである。(現実逃避終了)


 ああ、こんなことなら先輩達についていくんじゃなかった。

 ちょっと不良に憧れるお年頃だからって、好奇心丸出しで来るのではなかった。せめてMP5くらいは装備しておくんだった。

 後悔先に立たず、今すぐこの場から逃げ出したい。


「で? お前も何か文句あるのか?」

「いえ……もう少し平和的な解決方法があるのではないでしょうか……」


 ら、ラブアンドピース、ワンピースってね!

 武力行使は何もうまないはず! 平和が一番!

 だから、帰ろう~おうちへ帰ろう~ね? 漫画日本昔話のED曲を思い浮かべながら、不良達に微笑みかけた。


「あるわけねえだろ!」


 即、否定された!


「女はひっこんでろ!」

「男の喧嘩に女が口出しするな!」


 な、何もそこまで言わなくても……確かに私は女の子だけど。理不尽に怒鳴られ、なんかムカっとしてきた。

 私は切り札をだす。


「やめたほうがいいと思いますよ? 先輩、マジ強いですから」


 おっ、不良どもが少しビビッてる! とらきつねっぽいけど少し気持ちいい!

 どうするの、不良君達?


「それは宣戦布告ってことでいいんだな?」

「タイムタイ~ム! ハームタイム! オーバータイム! アディショナルタイム! ロスタイム!」


 私は思いつく限りのタイムを出す。

 日本語通じないの? おかしいよね? アメリカだってここまで好戦的じゃないよ! むしろ、平和的解決を模索もさくしてるよね!


「伊藤、何がしたいんだ?」


 先輩の呆れたような視線が痛い。

 何がしたいって? もう、説得しようとしているんです! 先輩は黙ってて!

 誰のせいで一触即発な空気になっていると思っているんですか!

 マズい! このままだと喧嘩けんかになる!

 ここは誰か……。

 いた! 私と同じ女の子の風紀委員が!


御堂みどう先輩! やっぱり、喧嘩はよくないですよね?」

「いいだろ?」

「ですよね、喧嘩は……はい?」


 二年の風紀委員、御堂優希は不敵ふてきな笑みを浮かべている。


「私、まどろっこいの嫌いなんだよ。ガタガタ言ってないで拳で白黒つけようぜ」


 ダメだ、この人。目が肉食獣ってカンジがしていろんな意味で危ない。

 流石さすがは風紀委員武闘派、御堂優希。元レディースの総長で伝説の不良とうたわれたその人である。

 ロングの金髪に日本人離れしたプロポーション、同性でさえき付ける男気おとこぎそなえた一歳上の先輩。

 格好いいけど頼る相手を間違えたみたい。

 この人がダメならもう一人の女の子に相談するしかない!


朝乃宮あさのみや先輩! 喧嘩は傷つけあうだけで何もいいことありませんよね? もっと平和的解決方法を模索もさくするべきですよね?」

「ええんやありません?」

「ですよね! 争いは何も生まないですよね!」

「無視せんといてね、伊藤はん」


 駄目だ、この人も。この人の目は暴力に飢えた目をして、かなりの危険人物ってカンジがする。

 朝乃宮千春先輩。

 同じく二年生の女子風紀委員。つやを帯びた流れるようなきめ細やかな髪に上品な物腰ものごしの大人びた女性……だと思っていたけど、欲望に忠実で危険な女性だと気づくのにそう時間はかからなかった。


「それより、早くこの子が血が見たいてうるさいんよ。早く始まってほしいわ~」


 口元をほころばせ、細く長いまつげを上げて、いつくしむように微笑む姿は、はなやかなんだけど、視線の先にある木刀が全てを台無だいなしにしている。

 しかも、木刀の色が黒い。あの色はありえない。どれだけ血を吸ってるのよって言いたくなる。

 ホラーだよ。怖いよ。きっと笑顔で血の雨を降らせるよ、この人は……。

 噂では古武道の道場で師範代しはんだいを務めていたらしい。

 フツウ、喧嘩に武術は使っちゃダメだよね? 破門にならないのかな? なってないよね?

 もう、性別なんて関係ない。私に同意してくれそうな人は……。


「長尾先輩! 先輩なら分かってくれますよね!」

「もちろんだよ、伊藤氏」

「長尾先輩……」


 分かってくれた。ああっ、こんなに嬉しいことはない。つい、地球連邦の英雄みたいなことを考えていると。


「早く終わらせたいんだよね。分かります。五時から『魔法少女プリティららりん』が始まるもんね。楽しみだな~、あ、そうそう前回は……」

「……」


 あかんがな。

 熊さんのような大柄おおがらな体格と柔和にゅうわなふっくらとした顔が優しい雰囲気を出しているのは長尾ながお潤平じゅんぺい先輩。

 一個年上の先輩で私とはオタク仲間。趣味が合うので仲がいいけど、やっぱり武闘派。

 ちなみに長尾先輩は全国都道府県中学生相撲選手権の無差別級で、三年連続の優勝記録を持っている。

 目がる気満々だ。


 誰も同意してくれない! しかも、風紀委員こそが危険人物の集まりじゃん! 混ざるとダメなヤツだよね、これ?

 う○おと○らなの、これ?

 

 やっぱり、この委員には私の味方はいない!

 まあ、よくよく考えてみたら、不良達を取り締まる為に集められたメンバーだからしょうがないよね。常識人いないし。

 決して私の発言権が低いってことはないはず。そう、自分に言い聞かす。


「おい、藤堂! そろそろ余興はいいか? 俺達、亜羅死が青島制覇するのにお前が邪魔なんだよ」

「お前が何を制覇しようが勝手だが、青島校の生徒に迷惑がかかるのは納得いかない。最終通告だ。警察に自首しろ。罪を償え」


 先輩、格好いい~! 不良相手に一歩も引かないよ。私なら回れ右して明日に向かって前進しちゃうぞ! みたいなノリで走り去りたいんですけど。

 あ、あれ? 地面がゆれている? どうして?


「ねえ、シン、私にやらせてよ。私、正義感ぶったヤツ、反吐へどがでるの!」


 な、なにアレ!

 地面の揺れの正体は、二メートルもあるお相撲すもうさんのような大男が歩いた振動だった。

 しかも、悪党面なのに、おネエっぽい! おへそが出ているのに全然セクシーじゃない!

 もしかして、これが本日のサービスカットなの? ひどくない? 男のでぶっちょのへそだし。どんな需要じゅようがあるのか教えてくんない!

 ふくらんだお腹でおへそを出していいのは巨大なクスノキに住んでいる生き物だけにして!


「見たか! 亜羅死の特攻隊長で四天王の一人、覇亜斗はあと様だ! 藤堂、お前、終わったぞ!」


 まだ世紀末ネタが続くのコレ! 笑えないんですけど! 亜羅死って名乗るならせめてイケメンが出てきてよ!

 どうしよう……先輩の強さは知っているけど、やっぱり喧嘩はよくないし……。

 まだ、作戦は実行されないの?

 私、どうしたら……。


 ドガッ!


 あああっ!

 音が聞こえたと思ったら、勝敗がついていた。

 殴っちゃったよ! 朝乃宮先輩が! 木刀で! 覇亜斗様を!

 橘先輩が立てた作戦は、あちらさんが手を出すまで待たなきゃいけないんじゃなかったっけ? 手を出しちゃったら、名ばかりの正当防衛が成り立たないよ!


「もう待ちきれません。四天王だがなんだか知りまへんけど、もうええとちゃいます?」


 笑顔で木刀についた血を振り落す朝乃宮先輩。朝乃宮先輩の足元に覇亜斗様が転がっている。

 覇亜斗様は心なしか笑顔のような気がするのは、気のせいだよね?

 ああ、終わった……説得なんて無理だったんだ。ねえ、私が間違ってるのかな? 誰か教えてよ……。


「覇亜斗様がやられた!」

とむらい合戦だ! やっちまえ!」


 ひぃ! 不良達が武器を持って襲い掛かってきましたよ! 覇亜斗様、死んでないし!

 ダメだと思ったそのとき、先輩の胸ポケットから着信音が鳴った。作戦開始の合図だ!

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