最終章

最終話 押水一郎の願望

 ***



「え~今日は転校生を紹介する」


 教室の前で待機するってドキドキするな。

 親に泣きついてあの忌々いまいましい青島学園から余所よその学校へ転校することができた。

 急な転校だったから、一人暮らしだ。

 あこがれの一人暮らしができて棚牡丹たなぼただ。門限はないし、理不尽な姉の要求、うるさい妹達はいない。エッチな本もDVDも隠さなくていい! パラダイスだ! まだ片付けは終わってないけど、そこは今日知り合うであろう、お節介系の美少女に手伝ってもらおう。女の子をお持ち帰りし放題で楽しみだな~。

 さて、この学校にはどんな美少女との出会いが待っているのだろうか? どんなロマンが待っているのだろうか? オラ、ワクワクしてきたぞ!

 恋の冒険が始まるぜ!


「入ってきなさい」

「はい!」


 ガラガラガラガラ。


 いつもと違う教室で緊張するな~。机の並び、クラスメイトの人数、雰囲気、どれも新鮮に感じる。

 美少女は……いるいる! 可愛い子もいるよ!


「では、キミ。自己紹介をしなさい」

「押水一郎です。今はフリーで恋人募集中です。よろしく!」

「……」

「押水、席は窓際の一番後ろ空いてるから、そこに座ってくれ」

「……はい」


 なんかあっさりしてるな。質問も何もなかったし。担任は中年の男だし。

 思っていたよりも静かだ。あ、わかった!

 休み時間に質問が殺到さっとうするパターンか? うまく受け答えできるかな~?

 ちょっとみんな元気がないと思うけど、最初はこんなもんか。さて、美少女との出会いを探すぞ~!




 おかしい。

 今のところ、何の出会いもない。クラスメイトの質問攻めもなかった。男の友達はできたけど、それだけだ。もう六時間目をむかえようとしている。あと一時間で授業は終わりだ。

 もうそろそろ、時間的に美少女とぶつかるイベントがあってもいいのに。拍子抜ひょうしぬけしてしまう。

 何もない。


「どうかしたか、押水?」

「いや、この学校で美人教師とかっていないの?」


 セクシー系がいいな。ボインが……よくないな。あれのせいで僕は道を踏み外したんだ。気を付けないと。やっぱり、男も女も控えめなほうがいいよね。


「おっ! 目の付け所が違いますな~」

「保険の先生がセクシーだったよな」

「だった?」


 過去形ということは……。


「ああ、先月結婚して辞めたんだ。新しい先生はおばちゃんだしな」

「でも、話しやすいよな」

「お前、おばさんスキーだしな」


 そっか、いないのか……。がっかりだ。




「あの……ちょっといいかな?」

「あんた、ダレ?」


 出会いがなかったので、僕から話しかけることにした。クラスで一番綺麗な子に声をかける。ロングで金髪、ミニスカで足の綺麗な女の子だ。


「転校生だよ、ミキ」

「そだっけ?」

「ミキ、ユウジ一筋ひとすじだよね~」

「ち、違うわよ! そんなんじゃないから!」

「ミキ、ちょっといいか?」


 おい、こら! 僕が話しているのに割り込むな!

 僕が話しかけた女の子、ミキは僕を無視してイケメンの男子生徒と雑談している。僕の時とは全然反応が違う。頬を赤らめて、嬉しそうにミキは男と話していた。

 ちっ! ただのビッチか。話す相手を間違えた。次はもっと、慎重に話しかけないとな。



 

「おはよう」

「いよう、ハーレム男!」

「えっ?」

「聞いたぜ~。前の学校でハーレム宣言したんだって! 男だな!」


 な、なんでバレてんだ!


「結構有名だぜ。ネットで有名だし」


 血の気が引いていく。またいじめられるのか。


「聞かせてくれよ、武勇伝ぶゆうでんを」

「はっ?」


 あれ、なんか違う。みんな、友好的な態度だ。肩を叩かれるけど、嫌がらせじゃない、みんな笑っている。


「俺も聞きたい。どうなの、そこんとこ」

「ええっと」

「お~い、席に着け~」

「次の休み時間に聞かせてくれよ!」


 はあ……どっと疲れた。でも、よかったぁ~よかったよ~。そうだよな、ここはもう青島じゃない。いじめられることはない。

 僕は窓の外を見上げる。嫌な思い出しかないのに、つい青島の事を思っていた。




 転校して一か月が過ぎたが、女の子の友達はおろか知り合いさえいない。

 ハーレム発言の事はバレたけど、そのことでトラブルになることはなかった。逆に男の友達が増えた。理由はよくわからない。たぶん、バカやったと思われているだけだろう。本気でハーレム発言をしたとは誰も信じていないようだ。

 新しい男友達と、毎日馬鹿やって遊んでいる。


 この学校の可愛い女の子はみんな彼氏持ちか片思いだ。相手は全員、イケメンでちっとも面白くない。

 なんで顔しかのないヤツばかりがモテるんだ? 理解できん。男は中身だろ!

 一人暮らしも一週間くらいで飽きた。ご飯作るのが面倒臭めんどうくさい。料理を作りに来てくれる女の子はいるはずもない。裸エプロンとか期待してたのにな……。

 全然思い通りにならない。なんで前はあんなに女の子が僕に集まってきたんだろう? 僕のモテ期は終わったのだろうか? そういえば、神社でモテるよう願掛けしたことあったっけ? こっちでも、願掛けしてみようかな。


 教室の窓から見える空はこんなに青いのに、風はこんなにあたたかいのに、どうして僕の恋は冷めているのだろう。

 そんな空を見上げて、つぶやく。

 はあ……この学校、ハズレだな。


「おーい! 一郎! ゲーセンいこうぜ!」

「今、いく~!」


 やれやれ、ついていってやるか。これはこれで楽しいし、いっか。

 僕はカバンを持ち上げ、友達と一緒に教室を出た。


「今日こそは俺が勝つからな!」

「百年早いよ!」

「一郎、クレーンゲームうまいよな。ぬいぐるみ取ってくれよ。彼女がさ、欲しいってねだられて困ってるんだ」

「自分で取れ、このリア充!」




「ねえ、押水君。男友達は作らないの?」


 右京うきょうの質問に、僕は眉をひそめる。右京と知り合ってから、色々と話をするようになった。その話の中で、右京は僕に尋ねてきた。


「別に」

「寂しくない?」

「ぼ、僕には友也や右京がいるからいいよ。友也は最近、微妙だけど」


 友也が悪い! きっとそうに違いない! だから、謝ってきたら許してあげるのに……なんで、謝ってこないんだよ。待ってるんだぞ、僕は。


「でも、女の子相手だけじゃあ、しんどいでしょ?」


 右京の指摘通りだ。ちょっと、しんどいって感じることはある。


「そうだけど、仕方ないさ。男子より女子を選んだんだから」


 幼い妹を放っておけなかった。小さいのにわがままを言わず、じっと耐えている妹を僕は無視できなかった。

 あのとき、妹達に手を差し伸べたことを後悔していない。妹達にかかりっきりなってしまって、男子と遊ぶ時間がなくなったのは辛かったけど、人として僕の行動は間違ってはいなかったはずだ。

 意地を張って男友達を作らなかったからこんな結果になったけど、後悔してないけど……。


「……でも」

「でも?」


 もしも、叶うのなら……僕は……。


「もし、男友達がいっぱいできたら大切にするよ」




 ***


                                     -Normal End-

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