八話 藤堂正道の罪 橘左近の思惑 伊藤ほのかの希望 その二

「はっ?」


 なんでいきなり警告されちゃうの? 先輩の暴走? 何それ?

 橘先輩が真剣な顔をしているけど、何か危ない話なの?


「正道が押水君に絶交しろって言ったのは知ってるよね?」


 橘先輩の問いにうなずく。実は私も橘先輩と同じように屋上にいた。

 隠れて彼らの様子を見ていた。先輩が屋上から去ったとき、橘先輩が「正道に伝えることがあるから」と言われて、私はそのまま教室に戻った。だから、最後に二人がどんな話をしていたのか知らない。

 何を話したのかな? 私もいきたかったけど、屋上の出来事があまりにも衝撃的しょうげきてきで、先輩に何て言っていいのか分からなかった。


「正道がなんで押水君に絶交を要求したか、分かる?」

「それは押水先輩を孤立させるためじゃないんですか? 押水先輩から女の子を引きはがすのに必要だから……」


 妊娠の件があったので一度、押水先輩の周りから女の子を遠ざけるよう三人で計画した。私と橘先輩が押水先輩に近づき、ハーレム発言とユーノを騙していたことをミンナに知らせる計画だ。

 その作戦が成功し、押水先輩から女の子達を引きはがすことができた。絶交については、先輩が必要だと判断したからだと思う。でも、橘先輩はそうは思っていないみたい。橘先輩が私に疑問を投げかけてくる。


「本当にそう思う? ハーレム発言後、押水君は孤立してたでしょ? あの険悪な状態で押水君が誰かと付き合ったら余計よけいに反感買うよね。押水君がそんなことするように思える? あの状況でも付き合う勇気があれば、とっくに問題は解決しているし、僕達の出番はなかったよね」


 それは私も思っていたんだよね。ちょっとやりすぎだと。

 押水先輩だけでなく、彼の幼馴染も傷つけた先輩の提案は本当に必要だったのか。打ち合わせではそんな計画はなかった。先輩の独断行動だ。それが暴走なの?


「知っての通り、最初の計画は押水君をそそのかした犯人を正道にして、事態を収める提案を押水君に了承させることだけだったんだ。見返りに絶交させることは含まれてなかった」

「じゃあ、なんで……」

「言ったでしょ? 暴走するって。正道はためしたんだよ、押水君をね。期待したといってもいい。あの追い詰められた状況で、押水君が桜井さんを選び取ることを。でも、現実は違った。押水君は幼馴染も桜井さんも切り捨てた。正道のせいでね」


 橘先輩の言い方に私は頬を膨らませてしまう。

 そんなことはない。あれは押水先輩が絶対に悪い! 友情と自分の保身を天秤にかけて、保身を選ぶなんてちょっと信じられない。あれじゃあ、幼馴染に対する裏切りだよ。しかも、二度も。

 そう思った私は、橘先輩に反論する。


「それは、押水先輩の意志が弱かったからですよね? それにあれだけひどい目にあっていたのなら尚更なおさら助かりたかったのでは? 私的にはアウトですけど」


 自業自得とはいえ、押水先輩に対する風当たりの強さは凄かった。でも、押水先輩の幼馴染達が頑張って、風よけになっていた。先輩もイジメに発展しないよう、目を光らせていた。

 私は押水先輩よりも彼の幼馴染達に申し訳ないと思っていた。だから、先輩と一緒に罪を償いたかった。でも、させてくれなかった。そのことは少し、先輩を恨んでいる。


「伊藤さん、勘違いしているよ。押水君を追い詰めたのは間違いなく正道だ。本当なら切り捨てる必要のないものまで正道は壊してしまった」


 そんなことない。それなら、私も橘先輩も同罪だ。

 橘先輩と先輩は友達じゃないの? どうして、先輩を責めるの?

 私、嫌だな……友達同士が泣きながら喧嘩するのなんて。

 私はつい、橘先輩に問い詰めるように尋ねてしまった。


「なんでそこまで先輩のせいにするんですか?」

「あのラブレターの件、知っていたのは押水君だけじゃなかったってことさ」


 押水先輩だけじゃない? どういうこと?

 あの屋上にいた人の中でラブレターの件を知っていたのは先輩と私、橘先輩、押水先輩の四人のはず。

 みんな、ラブレターのことを聞いて怒っていたし。

 あれ、待って。本当にそうだっけ?

 私は急に背筋が寒くなった。気づいてしまった。

 一人だけラブレターのことを押水先輩に尋ねなかった人がいなかったっけ? 押水先輩がクラスメイトに秋庭あきば先輩達と付き合っているのか教室ではやしたてられたとき、真っ先に質問した人物がいた。

 だけど、その人物はラブレターのことについては押水先輩に何も尋ねなかった。矛盾している。

 でも、私の考えが正しかったら、矛盾していない。

 その考えとは……。


「……知ってたんですか? 桜井先輩は」

「だろうね。少なくとも正道は確信していた。ラブレターのことを話していたとき、桜井さんの表情を見たかい? 沈痛ちんつう面持おももちちだったよね。それに彼女だけ、ラブレターの件に関しては一回も押水君を問い詰めていないんだ。それで正道は分かったみたいだね。ラブレターの件、桜井さんは知っていたって」


 確かに言われてみればその通りだ。押水先輩のことが好きな桜井先輩ならラブレターの話に食いついてもいいはずなのに、始終しじゅう黙っていた。知っていたのなら説明はつく。

 桜井先輩は佐藤先輩に申し訳ないと思っていたから何も言えず、うつむいていたのではないか?

 もしかして、桜井先輩はラブレターの存在だけじゃなく、押水先輩が燃やしたことも知っていたのでは……。

 先輩は、桜井先輩がラブレターの一件を知っていると確信していた。

 確信していて、それでもバラしたんだ。そう考えると、先輩のせいだって思えちゃう。

 でも、待って。それなら、押水先輩の本命は……私の考えを読んだように、橘先輩は話を続ける。


「それに押水君のこと、妊娠の件があったから徹底的に調べたんだけど、押水君は他の女の子とも軽いスキンシップはあったみたい。でも、性行為は桜井さんだけだった。性行為になりそうだった女の子はいたけど、押水君から途中でやめたらしい。それで別れたって女の子もいる」

「じゃあ、押水先輩はすでに決めていたんですか? 本命を桜井先輩に。よく分かりませんね。そもそも、押水先輩はどうして、女の子ばかり救おうとしていたんですかね? 好きになった女の子を救いたいっていうのは分かるんですけど」


 押水先輩はそれこそ、片っ端から女の子の悩みを解決して回っている。でも、解決した後、特にその女の子とお付き合いするつもりはない。

 全然意味が分からない。

 その謎を橘先輩が答えてくれた。


「これは推測だけど、押水君の家庭の事情が関係しているんじゃないのかな? 妹が十二人なんて異常でしょ? ワケありの女の子と一緒に過ごしてきたことが原因だと思う。妹達の面倒を見ていたら、面倒見がよくなってしまい、つい困っている女の子を見過ごせなくなる。お節介をしていたら、いつのまにか四十人以上の女の子に好かれていた。それが回答だよ」


 それはそれですごいよね。どれだけ面倒見がいいのよ、押水先輩は。

 橘先輩も苦笑している。


「女の子の告白を受けなかったのは、屋上でも彼が言っていたけど、断ると女の子が傷つくと思ったから。もし、彼女を作ると、押水君に好意を持つ女の子全員を傷つけると思ってしまい、彼女を作れなかった。押水君が女の子をキープしたい気持ちは、やっぱり嫉妬だと思う。頑張って女の子の悩みを解決して、仲良くなったのに、後からきた男の子にとられるのは納得いかないでしょ。だから、嘘をついてでも女の子をキープしておきたかった。でも、キープしている女の子の数が多すぎて、ほころびがしょうじてしまい、みんなの不満がたまって、爆発したってところかな。僕達が何かしなくても、やっぱり崩壊していたと思うよ、押水君のハーレムは」


 押水先輩の面倒見の良さが引き起こした悲劇……いや、コメディーかな? 何事もやりすぎはよくないってことだよね。


「やっぱり、押水君の本命は桜井さんですかね?」

「そうだね、押水君は桜井さんだけ、肉体関係を持ったからね。桜井さんも当然、押水君のことが好きなはず。相思相愛だ。もし、これが真実なら、正道は二人の仲を切り裂いた。絶交はやり過ぎ」


 先輩は言っていた。『桜井さんと一緒に地獄の学園生活を送るか』と。

 あんなこと言われたら、桜井さんの為に押水先輩は身を引くと思う。桜井さんを嫌がらせから守るために。

 桜井さんが好きなのに、絶交しなければならない。その複雑でやりきれない想いがあったからこそ、押水先輩は佐藤先輩に殴られたとき、叫んだ。



 僕の気持ちなんて分からないよ。



 その言葉の本当の意味が分かったような気がする。

 この選択こそが、押水先輩が桜井さんの為にとった最愛の選択だったのだ。彼女を護るためにあえて手を引いた、ハーレム男らしかぬ決断。優しい決断たったのかもしれないけど、でも、悲しすぎ……。

 相手が好きなのに別れなけばならない辛い気持ちは、恋がむくわれない気持ちとどっちが辛いのだろう。

 なぜ、先輩はそこまでして、二人の仲を引き裂いたのか。考えられるのは……。


「や、やっぱり妊娠の件があったからではないでしょうか……」


 それらしき理由を述べたけど、私の言葉は弱々しかった。

 そうあってほしい……。ただの願望なのかもしれない。


「ありえないから、それは」

「ど、どうしてそう言い切れるんですか……」


 分かってる。でも、つい否定してしまった。

 でも、橘先輩は容赦なく事実を私に突きつける。


「妊娠の問題ね、実は屋上で話をする前から解決していたんだ。ハーレム発言で、押水君の周りには大島さんと押水先輩、桜井さんの三人しか残されていなかった。元生徒会長は、身内の不始末の対応に追われて、それどころじゃないでしょ? 大島さんも、押水君をフォロするのが精一杯でそんな雰囲気にはなれなかっただろうしね。大体、こうなった原因は押水君のハーレム発言だもの。押水君が性行為したいなんて言ったら、間違いなくぶん殴られるよ。だから、この二人は妊娠の心配はない」


 そうなると、残りは桜井先輩ひとり。


「桜井さんに関しては、風紀委員の顧問にお願いしたよ。押水君が桜井さんだけに性行為をしたことを確認した後、顧問が押水君と桜井さんを直接呼び出して、性行為について厳重注意してもらった。次に性行為が発覚したら退学だって脅してもらった。退学になってまで性行為をしたいとは思わないでしょ? これで、押水君と桜井さんもクリア。問題は解決。どう? 絶交を要求する必要あった?」


 あるはずがない。

 ちょっと話がややこしいので一度、事態を整理するね。

 最初、押水先輩には不純異性交遊の疑惑があった。これは風紀委員の取り締まりで何度も確認されている。

 そんななか、桜井先輩と押水先輩との間に性行為があったことが判明。

 この時点で妊娠問題が本格的に浮上してきた。桜井さんだけでなく、他の女の子も肉体関係があり、もしかすると妊娠の可能性があった。

 妊娠してからでは遅い。その前になんとかしなければならなかった。私達はそれを阻止するために行動した。


 問題は二つ。

 一つは、押水先輩のハーレム状態を解決すること。

 無制限に増えていく妊娠候補を、根本から断つ為に私達は必死になって考えた。そして、私達が考え抜いた答えが、ハーレム発言とユーノの件で押水先輩を孤立させることだ。

 結果は知っての通り、ハーレム発言を押水先輩から引き出して、孤立させることに成功した。これでこの問題は解決。


 残り一つは現地点で押水先輩は誰と肉体関係を持っているのか? 桜井さんだけなのか、それとも他にもいるのか?

 ハーレム発言で押水先輩を孤立させた後、彼から離れていった女の子一人一人に確認を取った。

 女の子はみんな、押水先輩に愛想尽かしていたので楽に訊きだせた。

 調査の結果、桜井さんだけ押水君と肉体関係があったことが判明。誰も、押水先輩の子供を妊娠していなかった。


 この時点で妊娠問題はほぼ解決したといってもいい。青島全域に悪名が知れ渡った押水先輩を好きになる女の子はまずいないだろう。

 顧問に釘を刺され、押水君と桜井さんは性行為ができない。

 幼馴染の大島先輩、姉の押水先輩も押水先輩をフォローすることが精一杯で性行為どころではない。

 ハーレム状態の解消、妊娠問題の解決。これで十分なはず。先輩だって解決していることは分かっていたよね?

 だとしたらなぜ、屋上で先輩は押水先輩に絶交をせまったのか。やっぱり、理由が分からない。


「先輩はなぜ押水先輩に絶交をせまったんでしょうか? 恨み……じゃないですよね?」

「その答えだけど、伊藤さん、少年Aって知ってる?」

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