六話 ハーレム男の落日 風紀委員編 その二

 次の休み時間。俺はまた生徒会長を見張っていた。生徒会長は一人で渡り廊下を歩いている。

 次の作戦を実行する為とはいえ、ストーカーのような行為に気分が暗くなる。今度の作戦も押水を嫉妬させることだが、今回はアプローチを変える。

 作戦名は、『蜘蛛くも殺し』。名付け親の左近よ、作戦名を省略しすぎだ。

 作戦の内容は……。


 ピッ!


 おっと、伊藤からワン切りがきた。急いで作戦に入らないと。

 深呼吸をしてから、俺はまた生徒会長に話しかける。


「生徒会長、よろしいでしょうか?」

「あら、藤堂君、早いわね。もう、猫の話を聞きに来るなんて」

「いえ、ちが……」

「猫はね……」


 生徒会長がまた猫の話をしゃべりだした。

 こ、こいつ……俺の話を聞く気ない。俺から話しかけたのになぜ、生徒会長が話の主導権を握っているんだ。

 だ、誰でもいい、早く作戦を実行してくれ! そう願っていると。


 パリン!


 俺と生徒会長の足元にガラス瓶が投げ込まれた。

 ガラス瓶の中から、大量の蜘蛛がわき出てきた。

 ナイスタイミングだ!

 今回の作戦は生徒会長の弱点、蜘蛛を生徒会長にふっかけて、パニックにさせる。それを俺が助けるという内容だ。

 蜘蛛が瓶から大量に這い出て、廊下を黒く染める。かさかさと地面を地面を這い回っている光景はちょっとしたホラーだ。俺でも、この光景は腰が引ける。

 苦手な蜘蛛の前に、生徒会長は……。


「猫が首をかしげるのは、猫のあいさつのなの」


 気づいていない! そんなバカな! 生徒会長の猫好きは苦手なものすら克服するのか? 周りが見えていないのか?

 不味まずい! もうすぐ、押水が来てしまう!


「せ、生徒会長」

「……猫の肉球はね、前足と後ろ足で数が違うの」

「生徒会長!」

「猫がね、おなかを見せるときは、飼い主に対する信頼の証なの」


 ダメだ、止まらない! 俺の言葉が聞こえないのか? それなら一体誰と話しているんだ生徒会長は!

 仕方ない、こうなったら直接蜘蛛を見てもらうしかない。俺は地面をいまわっている蜘蛛を捕まえる。

 一匹だと大したことはないが、複数てのひらに蜘蛛が動き回ると、鳥肌がたってくる。だが、効果はあるはずだ。

 掌の蜘蛛を生徒会長の前に差し出す。


「く、蜘蛛です、生徒会長!」

「猫の尻尾の振り方で、猫の気持ちがわかっちゃうの!」


 まだ、ダメなのか!

 やはり、人に嫌がらせすることはロクなものじゃない。真面目が一番だ。断固反対するべきだった。

 もう、時間がない! 押水が来てしまう! こうなったら、力ずくでいかせてもらうぞ!


「せいと、かいちょぉおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺は蜘蛛を生徒会長の顔にくっつけた。実力行使だ。

 生徒会長は、蜘蛛と接触したまま、笑顔で固まっている。

 う、うまくいったか?

 沈黙が痛い。ダメか。そう思ったとき。


「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああ!」


 鼓膜こまくを破るような生徒会長の叫びが渡り廊下に響いた。




「大丈夫だ、もういない」

「本当に本当? 嘘ついたら針千本だからね!」

「大丈夫だ」


 生徒会長は恐る恐る振り返る。蜘蛛はどこにもいなかった。


「よかった……よかったよ」


 生徒会長は涙目で心底ほっとした顔をしている。罪悪感でいたたまれなくなる。


「ああ、それより離れてくれないか? 注目されている」

「えっ? きゃ、きゃあ!」


 生徒会長はようやく、自分がどんな体制なのか気づいたようだ。

 はたから見れば、俺と生徒会長が抱き合っているように見えるだろう。俺もさっきまでは生徒会長を蜘蛛から守るため、落ちつかせる為に、抱きしめた。今は手を離している。

 生徒会長は俺を抱きしめたままだ。

 生徒会長はすぐさま俺から離れた。離れ際に生徒会長はビンタをり出す。そのビンタを片手でブロックする。

 ビンタをブロックされたことに、生徒会長は茫然ぼうぜんと俺の顔を見つめている。


「……」

「なんだ?」

「ご、ごめんなさい! 弟君と同じことしちゃった!」

「生徒会長は家族に手をあげているのか?」

「お、弟君だけなんだからね!」


 そんなことを言われても困る。どう反応していいか分からない。DV(ドメスティック・バイオレンス)と受け取ればいいのか?

 生徒会長は恥ずかしくなったのか、うつむいている。


「生徒会長、急用を思い出したので、失礼します」

「きゅ、急用?」


 まだ蜘蛛がいるかもしれないとおびえているのだろう。

 不安げな生徒会長に、俺は申し訳ない気持ちを押し込めて、無表情をよそおった。


「さっきの蜘蛛です。悪戯いたずらにしてはが過ぎている。調査が必要です」


 この悪戯を仕掛けた張本人の一味なのだが、俺は真顔で大嘘おおうそをつく。


「悪戯なの?」

「大量に蜘蛛が急に出てくることはありえません。それに、最近こういった悪戯が多発しています。特定の条件を満たした者が特に多いです」

「そう思うなら、弟君にちょっかいをださないでほしいんだけど」


 真っ青な顔で強がる生徒会長に、俺は少し優しい口調で否定する。


「ちょっかいは出していません。風紀を乱しているから改善するよう注意するだけです」

「頑固なのね」


 生徒会長は呆れてながら、笑っている。どうやら、回復してきたみたいだな。少しほっとしつつ、俺はその場を去ることにした。


「犯人が分かったら教えてください」

「そのときはぜひ」


 ここで、生徒会長との話し合いは解散となった。




「せ~んぱい! 見てましたよ~役得やくとくでしたね~」

「やりすぎだぞ、伊藤」

「ノンノン。私は吉永です」


 目の前にいるのは伊藤だが、変装をしているので見分けるのが難しい。

 伊藤の変装はロングの黒髪のウィッグにメガネ、シークレット上履き(自作)にジャージ姿だ。なぜか、用紙の束を持っている。

 髪型が変わるだけでも印象はだいぶ変わるのだなと感心してしまう。

 焼却炉で燃やそうとした変装道具を使って、伊藤は変装し、押水をマークしてくれていた。

 左近も同じくバレないよう変装している。


「ジャージに着替える必要があったのか?」

「パンチラ対策です。後、この用紙のたばは胸ガードです。その成果があって彼のセクハラスキルを完全ガードできました。ふふっ、作戦は成功です。ばっちり、彼は現場に現れて決定的瞬間に立会いました。先輩と生徒会長のあつ~い抱擁ほうようを目撃した後はそのまま逃げていきました」


 伊藤は押水にわざとぶつかった後、生徒会長のいるこの場所へ押水を誘導した。俺と生徒会長が抱き合っている姿を目撃させる作戦はうまくいったようだ。

 これで少しは嫉妬する気持ちを押水は分かってくれただろう。ただ、生徒会長には悪いことをしたと反省している。俺は心の中で謝った。

 これで下準備はできた。押水は今、俺に嫉妬して、生徒会長に助けを求めることはないはずだ。俺から生徒会長を遠ざけるような行動をとってくるだろう。

 その隙をついて、押水を孤立させる。

 次の昼休みに勝負を仕掛ける!


「それはそうと、先輩」

「なんだ?」

「女の子の顔に蜘蛛をつけるのは、めっ、です!」

「ごめんなさい」

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