六章

六話 ハーレム男の落日 風紀委員編 その一

 九月○×日



 ピッ!


 俺の携帯から着信音がなり、すぐに切れる。ワン切りの着信を確認し、見張っていたターゲットを確認する。

 ターゲットは生徒会長であり、押水の姉である押水遥だ。生徒会長は今、廊下を一人で歩いている。

 押水をはめるために俺達は今、下準備をしていた。


 まずは、押水と生徒会長を分断させる。

 その為に立てた作戦が、『どっきり! 押水一郎嫉妬大作戦!』だ。どうでもいいが、この作戦名の名付け親である伊藤よ、ネーミングセンスが微妙だぞ。

 押水には、左近と伊藤が変装をして見張っている。左近は右京と名乗って、押水に接触していた。

 左近からワン切りの着信があったということは、作戦開始の合図だ。押水は生徒会長のもとへ向かっている。

 これを利用して、押水と生徒会長の仲を悪化させるのがこの作戦の目的だ。作戦内容は俺と生徒会長が仲よく話している姿を押水に目撃させて、嫉妬させることだ。

 左近が立ててくれた作戦とはいえ、本当にうまくいくのだろうか? 左近からレクチャーを受けたが、それが生徒会長に通じるのか全くわからない。


 ええい、迷うな! 左近を信じろ!

 俺は迷いを捨て、生徒会長に声をかける。


「生徒会長。今、お時間、よろしいでしょうか?」

「今度は何かしら? 休み時間は短いのだから、手短にお願いするわ」


 生徒会長の冷たい視線と険悪な態度に俺は頭を抱えたくなる。

 生徒会長と対決ではなく、楽しく会話なんてできるのか? 左近、信じているぞ。


「実は猫についてお話したいことが……」

「猫?」


 生徒会長の怪訝けげんそうな顔に、内心焦りが生まれる。もうすぐ、押水がやってくるはずだ。

 それまでに、一度も本当の笑顔を見たことがない生徒会長と楽しく会話なんてできるのか?


「猫がどうかしたの?」

「は、はい。実は校内で三毛猫を見かけたと複数証言があります。その証言の中に、三毛猫を屋上で見かけたとありました。三毛猫が屋上から落ちてしまうのは危険ですし、それを助けようとして生徒が巻き込まれたら大変です。それに猫が生徒をひっかいたり、かみつく危険性もあります。生徒の安全の面から考えて、三毛猫を保健所につれていくべきだと思うのですが……」

「あなたが保健所にいきない」

「はっ?」

「サブロウを保健所に連れていくなんて、言語道断だわ。万死ばんしあたいします。あなたには生き物を愛でる心はないのかしら? それとも、バカなのかしら?」


 な、なんだ? 生徒会長の態度が更に冷たくなったぞ! 氷点下を超えている!

 しかも、生徒会長から今までにない迫力はくりょくを感じる! 勝手に三毛猫の名前までつけて……こ、コイツは本物だ。本物の猫愛好家だ。戦慄せんりつが走った。

 だが、この展開は左近のシナリオ通りだ。ここで最後のひと押し。左近から教わったことを実演してみせる。


「生徒会長は猫に詳しいのですか? 失礼ながら、生徒会長は猫に詳しいとは思えません。そんな人に三毛猫をどうするのか判断をあおごうとしたのが間違いでした。申し訳ありません」

「待ちなさい。今の言葉、聞き捨てならないわ。撤回てっかいしなさい」


 よし、つれたぞ! いけるぞ、左近!


「それなら、証拠をみせてください。生徒会長が猫に詳しいという証拠を」

「いいでしょう。猫に関して私は青島学園で一番詳しいことを証明してあげるわ!」


 俺の挑発に乗った生徒会長は、猫の知識を披露し始めた。




「……ねえ、ちゃんと私の話、聞いてる?」

「……聞いてるぞ。猫の最高時速は約50km/hだろ?」

「それはさっきの話。今は猫ちゃんの睡眠時間。猫ちゃんは、よく寝るから『寝る子』が猫ちゃんの語源ごげんになって……」


 俺は生徒会長の猫うんちく話を修行僧しゅぎょうそうのように目をつぶり、耐えていた。

 今まで生徒会長と顔を合わせれば喧嘩腰けんかごしになっていたが、今は違う。

 生徒会長は楽しそうに俺に猫の話を語る。生徒会長を挑発し、猫の話をさせたのはよかった。

 身振り手振り羽振りで猫の事を熱く語る生徒会長。それは、無邪気な女の子を連想させるような、幼いイメージを感じた。

 生徒会長は満面の笑顔だ。この状態を維持できれば、作戦はうまくいくだろう。いくのだが……。


 このトークはいつ終わるんだ?

 生徒会長の猫に関する情熱を俺は見誤みあやまっていた。

 生徒会長はマシンガントークで一方的に話し続ける。そのトークに俺は蜂の巣にされ、棒立ち状態だ。抵抗はおろか口出しすらできない。

 生徒会長の猫トークは幅広い。猫のしぐさの意味、豆知識……ては猫に鎖骨さこつはない等、どうでもいいことまで話してくる。

 時々、俺に相槌あいづちを求めてくるが、お気に召さない回答だとすぐに機嫌が悪くなる。

 俺は必死に受け答えしているが、終わりのないトークに気が滅入めいる。話題転換わだいてんかん、反論は許されない。終わりのないトークに、俺はひたすら耐えていた。

 左近、恨むぞ……。


「……でね、猫ちゃんは肉球からしか汗をかかないから……」

「ちょっと待ちなさい」


 暴走を止めてくれたのは以外にも風紀委員長の高城先輩だった。高城先輩は怒りで肩が震えている。


「藤堂君、話があるんだけど」

「待って、まだ猫の話が……」


 高城先輩は絶句した。高城先輩も知っているようだな、生徒会長の猫好きを。好きというレベルを超えているような気もするが。

 高城先輩は断腸だんちょうの思いで、生徒会長に代案を出す。


「……遥。今晩、話を聞くから」

「必ずよ」

「……」

「必ずよ」

「……はい」

「藤堂君、また猫の話を聞きたかったら、私のところに来なさい。必ずよ」


 話し足りないのか少し不満げな顔で生徒会長は立ち去った。

 お。終わった……安堵のため息が出てしまう。その場で膝をつきそうになったが、はがねの精神で持ちこたえる。

 俺を救ってくれた高城先輩は頭を垂れ、震えていた。高城先輩の悲壮ひそうな姿に、つい同情してしまう。


「すまない」

「……とんだ二次災害よ」


 高城先輩は溜息をついた後、俺に抗議してきた。


「藤堂君、スクールアイドルの件も押水君の件も私が対応するから、指示を待ちなさい。勝手にうごかないで!」

「お断りします」


 俺のかたくなな態度に、高城先輩は激怒していた。


「理由をいいなさい!」

「効率が悪いからです。それに前風紀委員長は命令なんてしませんでした。左近は個人の意思を尊重していましたよ」

「今は私が風紀委員長です。従いなさい!」


 それは無理な注文だ。やはり、風紀委員長には左近がふさわしい。


「信用できませんので無理です」


 俺の否定の言葉に、高城先輩は不敵に笑う。


「これ以上、勝手な行動をとればこちらにも考えがあります」

「……」

「あなたも橘君のようになりたいの?」


 言うことを聞かなければ今度は脅しか。悪いが、脅されると反抗したくなる性格だ。ますます、否定したくなる。


「前にもいいましたね、あなたにその権限はないと。職員会議で決まりましたら教えてください」


 そういい残すと、俺は高城先輩に背を向け歩き出す。

 携帯を見ると、一件のメールがあった。内容を確認して、携帯をポケットに入れる。



『正道へ。作戦大成功』

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