四章

四話 藤堂正道の宣戦布告 届かぬ想いの先にあるもの その一

「せ、先輩! どこにいくんですか! そろそろ教えてくださいよ!」


 伊藤はすっかり元気を取り戻していた。

 少し顔が赤い。もしかして、雨に濡れて風邪を引いたか?

 俺は伊藤のおでこに手を当てる。


「!」


 ……少しだけ熱いが、問題ない……か?


 伊藤はバッと俺から距離をとる。

 しまった、軽率だったな。俺は自分の行動が少し迂闊だったと反省した。なれなれしかったな。


「すまない。伊藤の顔が赤かったから熱を出したのかと思ってな……迷惑だったか?」

「い、いえ……その……なんでもないです」


 消え入りそうな声でつぶやく伊藤を見て、少し心配になるが、ここで何か言えば余計にこじれるかもしれない。

 俺は気を取り直して、目的を告げる。


「伊藤、さっき言っていたな? 押水は周りに受け入れられていると」

「……はい」

「確かめてみよう。本当に押水はみんなに受け入れられているのか」


 そうだ。確かめもしないのに、決めつけるのはおかしい。確認するべきだ。

 押水がみんなに受け入れられているのかを。

 もし、受け入れられていない場合、その者達から協力を得ることが出来るかもしれない。

 しかし、受け入れられている場合は逆に打つ手がなくなる。

 これは諸刃の剣になる。それでも、俺は確かめるべきだと思った。

 目はそらさない。ありのままを受け止める。



 

 俺は伊藤と学園の中を歩き、押水について聞きまわった。

 押水を批判する者、そうでない者、様々だった。


 押水を批判しているのは男子が多かった。

 詳しく聞いてみると、お目当ての女子やクラスで一番可愛い女子を押水がかっさらってしまうことが許せないらしい。

 まあ、当たり前の感情だな。

 漫画やアニメでは、押水のようなハーレム主人公は珍しくなく、概ね受け入れられていると伊藤は言う。

 読者は物語の主人公に感情移入しやすい。主人公と自分を重ねることで、美少女との交流、及びモテる事を楽しめる。

 だから、受け入れられているとのこと。


 だが、現実は違う。自分の好きな女子が他の男子に好意を寄せているのは辛い事だ。

 普通なら、諦めるか、恋がうまくいくように応援するか、逆に自分に振り向いてもらえるよう努力するだろう。

 しかし、好きな女子の想い人が複数の女子に手を出しているとなると、状況は一変する。

 怒りや憎しみ、そういった負の感情があふれ、好きな女子に想い人が複数の女子と付き合っていることをチクったり、その想い人と喧嘩する、そういったことが安易に予測がつく。

 ハーレムなどもってのほかだ。


 押水は周りの男子から嫌われている。

 他の女子が好きなら、さっさと自分の好きな子から手を引いてほしいと思うのは当たり前のことだ。なのに、それをせずに女の子に手を出しまくる男をどうして好きなれるのか。

 実に納得いく話だ。


 逆に、押水の行動を黙認しているのは意外にも女子が多かった。

 ラッキースケベの被害にあうから、てっきりアンチだと思っていたのだが。

 押水の行動を黙認している理由として、押水がどんどん女子をはべらしていくので、恋人のできないイケメン男子が増えている事だ。

 ライバルが減って、好きな男と付き合えるチャンスが増えたので女子達は感謝しているのだろう。

 意外な盲点だった。


 今のところ、押水の評判は五分五分といったところか。周りの評判は分かった。

 なら、次は当事者に話を聞く。




 俺は伊藤と共に、押水の教室にたどり着く。押水は佐藤友也や神埼かえで、桜井みなみ、大島さとみと話をしている。

 アイツのせいで、風紀委員は目茶苦茶だ。業腹だが、今は抑えるべきだろう。


「せ、先輩、いきなりカチコミですか? 私、心の準備が」


 そういいつつ、メリケンサックに指を通しているのはなぜだ? どこから持ってきやがった。だが、気持ちは分かる。

 危ないのでメリケンサックを取り上げる。


「違う。あれを見ろ」


 俺が指差した方向に、一人の女子生徒が立っていた。

 女子生徒は隠れるようにして教室の中を見つめている。お目当ては押水のようだ。喫茶店でも、押水をそっと見つめていた。

 憂いを帯びた顔を見ているとこっちまで悲しくなってくる。そんな表情をさせている張本人はゲラゲラと笑っていた。


「くるみですね。彼女、けなげですよね。お弁当やお菓子を作ってきて彼を喜ばせようとしてるんですけど、効果は全然ないですね……って、先輩!」


 押水を見つめているくるみに近づき、声をかける。


「入らないのか?」

「!」


 くるみはいきなり俺に声をかけられて、ビクッと肩をゆらした。俺を見て、くるみは恐れと警戒心の混じった表情になる。


「押水は教室にいるぞ。用があるんじゃないのか?」


 押水の名前を出すと、くるみはうつむいてしまった。


「先輩、ストレートすぎです。くるみ、ちわっす」

「あっ、ほのか、こんにちは」


 見知った顔をみつけて、くるみは表情をくずす。


「ほのかも止めにきたの?」

「……」


 伊藤の沈黙が肯定だと分かり、くるみは苦笑する。目を伏せ、顔をうつむかせた。


「そうだよね、でも、私……」

「違うぞ」

「えっ?」


 くるみが誤解していたので、俺は自分の本心を話す。


「勘違いしているようだが、俺は止めにきたわけじゃない。むしろ、キミが押水の恋人になって、他の女子があきらめてくれたら万々歳ばんばんざいだ」

「……」


 ストレートな回答にくるみも伊藤も唖然としている。

 伊藤が俺の発言をたしなめてくる。


「だ、だから先輩、空気読んで……」

「クスッ……ふふふっ」

「く、くるみ?」


 くるみの笑みに伊藤は驚いている。


「ご、ごめんなさい。押水先輩と交際することを止められたことはあっても、逆はなかったから……タマちゃんみたいに止められるのかと思っていたから……しかも、私の応援じゃなくて、ただの自分の都合で付き合えだなんて……クススッ」


 くるみが笑ってくれたことで、伊藤も笑顔になる。


「タマちゃんってくるみの友達で、彼と付き合うなって忠告した人だよね?」

「うん、あの人はひどい人だからって……」


 くるみの表情が曇る。ひどい人とはどういうことだろうか?

 伊藤は慌てて話題をそらす。


「わ、私も応援しちゃおっかな。先輩もくるみを応援するみたいだし」

「ああ、応援するぞ」

「ありがとう」


 くるみも伊藤の気持ちをさっして笑ってくれた。

 伊藤は俺のわきを肘でつっつく。


「空気の読めない先輩でもたまには役にたつんですね」

「たまには余計だ」

「じゃあ、全然役に立たない」


 やれやれ、元気になったらすぐこれだ。

 しょうがない。宣告通り、指導してやるか。


「それはすまなかったな」

「あいたたたたたたたた! 暴力! 暴力反対!」


 右手のアイアンクローで伊藤の顔を掴みあげた。


「ふ、藤堂先輩! 女の子に手を上げるなんてひどいです!」

「大丈夫だ。伊藤のこれはツッコミだ。暴力じゃない」

「そ、そうなんですか?」


 くるみはまだ疑問に思っているようだ。そんなくるみを俺は優しくさとす。


「先輩後輩のやりとりと思ってくれ。そんな会話していただろ?」

「そ、そういわれればそんな気が……」

「違う違うから洗脳されないで! 痛い痛い!」

「ふ、藤堂先輩?」


 くるみはまだ迷っているようだ。俺と伊藤を交互に見つめている。

 これは暴力ではないのだと丁寧ていねいに教え込む。


「お笑い芸人でいう『押すなよ』的なやりとりだ。伊藤は反対のことをしてほしいんだ」

「そ、そうなんですか?」

「ギブギブギブ! ツッコミがプロレス技って違うでしょ!」


 あまりにもうるさいので手を離すと、伊藤はくるみの後ろに隠れ、あっかんべをしてきた。睨んでやると伊藤は隠れ、睨まれたくるみの顔が真っ青になる。


「大丈夫だよ、くるみ。先輩はこっちから何もしなければ害はないから」

「ほのか、そのいい方は少しひどい」

「事実だ」

「認めちゃうんだ」


 くるみは引いているが、事実なので気にしない。


「それで、どうだ? 本気なら風紀委員総力を挙げて応援するぞ」

「私物化もはなはだしいですね。流石は先輩」


 伊藤にも引かれてしまった。


「そ、そこまでしていただかなくても……それに、たぶん無理です。あの人もたぶん、押水先輩のこと好きだと思います」


 あの人というのは、現風紀委員長の高城先輩のことだろうか?


「あの人とは現風紀委員長の高城先輩のことか?」


 くるみはこくりと頷く。


「それは本当か? 何か根拠こんきょがあるのか?」

「根拠はありませんが、分かるんです。同じ人を好きになったから……似ているんです。実際に押水先輩を好きな人は私も含めて、何人も同じ様な雰囲気ですし」

「なるほどな」


 思わず納得してしまう。四十人以上サンプルがあれば分かるよな。

 高城先輩が押水の事を慕っているか……。


「藤堂先輩、ほのか……応援してくれるって言ってくれてありがとうございます。でも、私、自分の力でやってみます。私の恋ですし」


 くるみの力強い笑顔にこっちまで笑顔になる。


「そうか。余計な提案をしてすまかなったな」

「いえ、嬉しかったです。頑張ります」

「ああ、頑張ってくれ。他の女子生徒には悪いが」


 俺の意見に、くるみの表情が真剣になる。


「……悪くないと思います。私もそうですけど、選ばれなかったら悲しいですけど……次の恋が出来ないから、はっきりさせておきたいんです。泣いちゃうかもしれないけど、それは仕方ないから。それに押水先輩が選んだ人なら諦めもつくと思いますし……」

「……」


 伊藤も俺も、くるみの笑顔に何も言えなかった。

 くるみに軽く頭を下げると、伊藤を連れてその場から立ち去った。


「びっくりです……気の弱いくるみがそんなこと考えていたなんて」

「……」


 くるみの想いに触れ、伊藤は複雑な表情をしている。

 くるみはあきらめている。振られることを覚悟していることが伝わってきた。押水の周りにはくるみよりも背が大きくて、スタイルが良くて、ルックスも頭のよさもかなわない女子が沢山いる。くるみがいだく絶望は男の俺でも予測できる。

 だが、好きという感情だけがくるみをふるいたたせている。


 押水のトラブルを解決してほしくて応援すると言ったが、くるみの恋が成就して欲しいと今は本気で想っている。

 それでも、くるみの真摯しんしな想いは押水には届かないだろう。押水はくるみの感情を理解せず、これから先も多くの女子生徒をはべらしていくのだろう。押水に自覚があるかどうかは分からないが。

 やりきれない想いに胸が締め付けられる。

 なんとかしなければ。

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