二話 押水一郎の日常 その五
昼休み。
俺は昼食を喉に押し込むように飲み込み、食事を終了させる。食べ終わったらすぐに、伊藤と待ち合わせしていた屋上へ向かった。
屋上に入るドアの前で伊藤と合流した。目的は屋上で昼食を取る押水を観察するためだ。
屋上の様子を
屋上には押水を中心に、複数の女子が
もちろん、彼ら以外に屋上でご飯を食べる者はいない。あそこに割ってはいるだけの勇気は誰も持ち合わせていないのだろう。俺でも無理だ。
「いや~壮観ですね。年下から年上、ロリから女王様までよりどりみどりです。先輩、羨ましいですか?」
「愚問だな。伊藤はどうなんだ? 美少年二十人以上囲まれて食事をしたいと思うか?」
伊藤に指摘されたこともあり、俺は押水をとりまく女子の調べた。
あそこにいる女子は以前、顔をあせたことのある押水のクラスメイト、桜井みなみと大島さとみを含む四人。
違うクラスの女子一名、三年と一年の女子あわせて六名、押水姉と妹で二名、ヒューズのメンバー九名。
俺が知っているのはこの二十二名。他にも俺の知らない女子二名もいる。
合計二十四人の美少女に囲まれ、羨ましい……などと露にも思えない。肩身が狭いだけだろ。
三股したことのある伊藤なら、羨ましいと思うのだろうか。
「思いませんね。そんなことをしたら、私のあだ名は明日から『ビッチ伊藤 (笑)』に決定し、机には枕花が飾られています」
「安心しろ。イジメなら風紀委員が総力を挙げて、たたきのめしてやる」
「うわぁ……先輩の愛が痛いです」
俺は心の中でため息をつく。
伊藤とは仲良くなれそうにない。そもそも、女子と仲良くなりたいとも思わない。
だから、一言伝えておく。
「伊藤。はっきり言っておく」
「何ですか~? 別に口説かれたとは思っていませんので」
「俺はイジメが許せないだけだ。もし、お前がイジメをするような卑怯者なら、容赦はしない。覚えておけ」
俺と伊藤は至近距離で睨みあう。
押水達とは裏腹に、俺達の仲は氷点下まで冷え切っていた。
押水達の楽しいおしゃべりの声が聞こえてくる。
「ねえ、先輩。やめません? お互い悪かったって事で」
「ああっ」
多分、俺も伊藤も自分が悪いとは思っていないが、もめていても仕方がない。
俺は気持ちを切り替え、押水の調査に集中する。
「先輩、気になる子、いますか?」
「……あのジャージの女子と、余所の制服を着ている女子は誰だ?」
あの二人のデータがない。
ジャージの女子はシミやそばかすのない、綺麗な顔立ちをした女子で、おしとやかな振る舞いをしている。
ナチュラルブラウンショートのさらっとした髪が風に揺れ、どこか憂いのある顔は一枚の絵になる。
あの女子達の中で一番女子らしい。
もう一人の他校の制服を着ている女子は小柄で、愛嬌がよく、花が咲いたような笑顔は周りもあかるくしてくれる。
俺の問いに、伊藤はフッと鼻で笑いとばした。
なんだ、その態度は。
「制服が違う子は今日転校してきた
「かえで君? 誰だ? どこに男がいる?」
「だから、ジャージの子です」
信じられん。俺、あの子のこと、一番女子らしいと思ったぞ!
いや、周りの女子が女子らしくないと言っているわけではない。むしろ、女子らしい子ばかりだ。
俺は誰に言い訳をしているんだ?
「彼は男の
「……そうか」
バツが悪い。伊藤の意地悪な笑みに何も言い返すことが出来ない。
八つ当たりなのは間違っている。それでも、言わせてくれ。
押水の周りはどうなってるんだ?
男でさえも、女子みたいな顔でなければならないのだろうか。
何か
「まあいい。もう一人は転校生と言ったが、朝に出会った金髪の女子生徒じゃなかったのか?」
「金髪さんはまだお弁当イベントのフラグはたっていません。転校生は二人です」
「ふ、二人?」
二人もいるのか。しかも、二人とも女子とは。
「そうです。先輩は現場にいませんでしたよね? 私をおいてどこかへいっちゃいましたよね? その場にいないから余計な説明が増えるんですよ?」
「す、すまない」
伊藤の顔は笑っているが、俺をねちねちと責めてくる。根に持ってるな。
伊藤と別れてから親衛隊を全員指導することに忙しかったので、
頭を下げて頼むと、伊藤は満足げに微笑んで、転校生の話を始めた。
***
ふぅ、やれやれだぜ。
見事に親衛隊から逃げ切り、教室に入る。
「今日もギリギリね」
「朝からちょっとあって。おはよう、委員長」
「おはよう。それと委員長って呼ばないでくれる」
親衛隊から逃げ切ったと思えば、次は委員長こと
おさげで丸めがねをかけているせいか優等生に思われ、委員長を十年以上務めている。
性格がしっかりしている事と面倒見がいい事、責任感が強い事から、毎年クラスメイトから委員長を頼まれている。
頼りにされると嫌とは言えない、そんな性格の持ち主だ。
お堅い性格で男の影はないが、メガネをとり、髪を下ろすとかなりの美人になる。背も足も長く、着やせするため脱いだら凄いらしい。めちゃモテる委員長に変身だ。
「いつもトラブルを抱えているのは気のせいかしら?」
「気のせいだよ。僕は
「あなたがトラブルの原因だと思うのだけど」
「言いがかりだ!」
委員長は呆れたように腕を組む。腕を組んだせいで胸が寄せ上げられ、つい視線がふくらみに……。
いかんいかん。発情期の猿か、僕は。
だが、視線が釘つけになってしまう。男の子だもん。
「あなたのトラブルに巻き込まれる桜井さんや生徒会長の身にもなりなさい」
「わってるよ。うるさいな」
本当にお
「それと」
「まだあるの?」
うんざりしていると委員長は真剣な顔になる。
「あなたも困ったことがあったら言いなさいよ」
「ぼ、僕?」
つい委員長の顔を眺めてしまった。委員長は目をそらしながら言葉を続ける。
「そうよ。押水君が九十九パーセント悪かったとしても、一パーセントは相手が悪いこともあるわ。委員長として、クラスメイトが困っていたら助けるのが当然でしょ?」
「みんなが勝手に
「そうだとしても、受けたのは私の意志。だから、責任を持つのは当たり前でしょ?」
本当にお節介で損な性格だね。つい、笑ってしまう。
「委員長、いいヤツだな」
「そう思うなら
得意げに語る委員長に、僕は委員長の頭をなでなでする。
「き、気安く触らないで」
「ごめん、つい」
委員長は怒っていってしまった。しかし、委員長の耳が赤いのを見逃さなかった。
「よお、一郎! 今日も委員長に
「いい迷惑だ」
頭脳プレイで切り抜けるのも大変なんだぞ。
席に座ると、いつものように悪友の佐藤友也が話しかけてきた。
俺は高校デビューするんだ、といって金髪にしてきたお調子者だ。友也とみなみは小学校からずっと同じクラスで、仲のいい友達だ。
「それより聞いたか、一郎。転校生が来るんだ。しかも、可愛い女の子」
「な、なんだって!」
「なんで可愛い子って分かるんだよ。それに、このクラスに来るとは限らないだろ」
僕の疑問に友也は鼻の穴を開かせ、大はしゃぎで語ってきた。
「それはリサーチ済みだ。職員室で盗み聞きしてきたから間違いない。聞いて
「うわ、びっくりした」
「まだ言ってないだろ!」
どうせ
友也は鼻息を荒くして、話を続ける。
「マジビックニュースだぜ! 転校生は、な、なんと!」
「南○水鳥拳?」
「てめぇらの血は……何色だぁああ!……ってちがーう! そうじゃねえよ!」
「じゃあ、なんだよ?」
いい加減
友也はたっぷりと間をあけて、しゃべりだした。
「転校生はあの『富士山』財閥の一人娘だ!」
「「「な、なんだって!」」」
友也の情報に聞き耳を立てていたクラスメイトが驚きの声を上げる。このクラス大好きだぜ。リアクションが芸人並だ。
「ふ、富士山財閥ってねじ一本からロケット開発まで幅広く事業を展開し、日本経済の
「すげえ! 逆玉キター!」
「やべえ! 髪の毛、セットしてないよ!」
「お前はボウズだろ?」
確かに凄い情報だ、友也のくせに。だが、他に気になったことがある。
「可愛い子っていうのは?」
「俺のカン」
こいつの女に関するカンは当たるからな。
それにしても女の子か。
「お前は自重しろよ」
「な、なんだよ急に」
「お前はもう十分だろ? いい加減、男子全員ブチぎれるぞ!」
誤解なのに。
少し女友達が多いだけで……。
「高二の夏は終わったからな。この転校生イベントで俺は彼女をつくるぞ!」
「はいはい」
こいつ、中学二年から言い続けているな。一度も実ったことがないことは内緒だ。
「なんだよ、お前。さっきは自重しろと言ったが、男として
「ないよ」
痛い目なら何度もあっているけどね。臨死体験もしている。
あっ、ボディブローで甘酸っぱいものがこみあげたことがあった。でも、これが女の子ときゃっきゃうふふすることなのかな? 絶対に違うよね。
「一郎……俺は決心した。俺は必ず童貞を卒業してやる!」
友也よ、高校一年から財布に入れ続けているコンドームがまだ使われていないことを、僕は知ってるんだぜ。
コンドームを自慢げに見せびらかしていたが、そういうヤツって大抵彼女ができないよな。
「おはよう、一郎、友也」
挨拶をしてきたのは、我が親友の神埼かえでだ。
ナチュラルブラウンショートで細く長い眉毛、赤ちゃんのようなツルツルとしたたまご肌。見た目は美少女にしか見えないが、紛れもなく男の娘だ。男の娘である。大切なことなので二回言いました。
「どうしたの? 二人そろって。また
「違うぞ。例の病気だ」
「ふふっ、なるほど」
僕と楓の会話に友也が口を
「納得するな! 病気じゃない、本能だ。男が女に興味なくなったら人類が滅ぶだろ」
「はいはい」
「これを見ろ!」
ぱららぱっぱぱーん。
「青島学園美少女図鑑(旧名、青島高等学校美少女図鑑)」
名前からしてもう分かるからスルーするか。
「かえで、今日も朝練か?」
「うん。先輩は引退したし、僕達二年生が頑張っていかないと」
「頑張れよ、応援しているから」
「あ、ありがとう、一郎」
かえでのはにかむ姿はとても可愛い。ついプロポーズしたくなる。
「こらこらこらこらこら! 無視するな~! 気になるだろ、フツウ! 名前からして凄いってこと分かるだろ!」
「名前からして分かるから。スルーした僕の優しさを返せ」
青島学園に在中している女の子のプロフィールを独断と偏見で書かれたノートだって知ってる。もう何回目だ、このくだり。面倒くさいヤツだ。
「仕方ないから説明してやる。このノートには青島学園に通う全女子生徒のプロフィールが記載されている。身長、体重、スリーサイズ、電話番号、好きなタイプ、食べ物等だ。そこからランク付けしている。ランクA以上が美少女だ。ちなみに彼氏がいる場合は自動的にランクDだ。転校生はランクA以上のつわものたちだ」
「たち? 一人じゃないの?」
なんだよ、転校生は複数いるのか?
「ああ、二人いる。一人はこのクラスだが、もう一人は不明だ。もう一人もこのクラスにこないかな。両手に花なんだけどな」
「朝からまたバカな話してるわね」
「よう、さとみ。今日も朝練か」
みなみの親友であるさとみがスポーツバックを抱えて僕の席の前に座る。クセ毛のショートカットに日焼けした肌、すらっとした脚がまさにスポーツ少女って感じだ。
性格が男勝りなので、ぜひかえでを見習っていただきたいのだが、困ったことにある一部分が女性を感じられずにはいられない。
大きいのだ。何がって? 胸が。本当にけしからん。かえでとさとみ、魂が入れ替わってくれないかな。
「当たり前じゃない。運動部は基本、朝練があるわよ」
「朝からご苦労なこった」
僕には
「あんた、運動部全員敵にまわしたわよ」
「じょ、ジョークだよ、ジョーク。これ以上敵を増やしたくない」
死活問題になる。敵は親衛隊だけで十分だよ。
さとみはやれやれと首を振る。
「そう思うなら、ちゃんとした子と付き合ったほうがいいわよ。みなみとか」
「なんで、ここでみなみがでてくる」
「わざとやってるの?」
さとみの声が
「やってない。それに僕達は幼馴染だぞ? 彼氏彼女とかありえないだろ」
「……幼馴染だからじゃない」
「何か言ったか?」
「別に。いつか刺されるわよ、この状態が続くと」
んなわけないだろ。さとみは心配性だな。
「二人は仲がいいね」
「夫婦漫才だな」
「「誰が夫婦か!」」
かえでと友也にからかわれ、僕とさとみの声が見事にハモッてしまった。
お互い恥ずかしくて、顔を背けてしまった。
「はーい、席について」
担任が入ってきたので、ここでお開きになった。ナイスタイミングだぜ。
我が担任の名前は大森萌先生。
あどけない童顔と身長百三十六センチのプリチーな女の子だが、れっきとした成人女性である。
前の担任は産休なので、ピンチヒッターとしてこの学園にやってきた。
「ホームルームを始める前に、今日は新しいお友達を紹介します」
「よっしゃ! よっっしぃ!」
「そこ、騒がない」
「いいから早く、萌ちゃん!」
「萌ちゃん禁止! 大森先生と呼びなさい」
萌ちゃんは外見のせいで全く
このクラスにいじめはありません。
「では、入ってきてください」
入ってきたのは、二人の女の子だ。
男子は大喜びしているな。友也のヤツ、口笛吹いてるよ。
一人は……げっ! 朝に会った金髪ツインテール! あいつ、転校生だったのか!
瞬時に窓の外に視線を移す。知り合いだと思われたくない。
「では、自己紹介をお願いします」
「待ってください、先生」
「なんですか、委員長さん」
「西神です。なぜ、転校生が二人、このクラスなんですか? 普通は一人ひとり違うクラスになると思うのですが。順番からして二年A組では?」
委員長の疑問に、萌ちゃんは笑顔で答えた。
「大人の事情です」
「……」
クラス中がシーンとなっちゃったよ。恐るべし、大人の事情! 一言で片づけちゃった。
萌ちゃんはみんなを無視して、転校生の紹介を始めた。
「改めて自己紹介してくれる?」
「は、はい」
転校生も引いているが大丈夫か?
最初はツインテールが堂々と自己紹介を始めた。
「初めまして、富士山桜です。よろしくお願いします」
何の気後れのない言葉と態度に、みんなが見惚れてしまっている。
次にもう一人の女の子が自己紹介を始める。転校生の足が震えていて、こっちまで緊張が伝わってくる。
「は、はじめまして! ほ、ほひゃ……ううっ」
「……」
「……」
噛んだな。
「は、はじめまして! 星影歩です。よろしく」
何事もなかったように挨拶しやがった。ツッコむかどうか悩んでいると……。
「「「よろしく!」」」
男子全員が歓喜の声を上げた。
空気を読んでスルーするこのクラス、好きだなぁ。
「では、自己紹介も終わったところ……」
「はいはいは~い! しつも~ん! 彼氏はいますか!」
空気読めないよな、友也は。
「想像におまかせします」
「なんで萌ちゃんが答えるの?」
「では、自己紹介も終わった……」
「スリーサイズは!」
「想像にお任せします。では、自己紹介……」
「好きな食べ物は!」
「想像にお任せします。では、自己紹介が終わったところで二人の席は……押水君の隣が空いてるわね」
なぬ?
「二人とも、窓際の一番後ろになるけどいい?」
「はい」
「大丈夫だよ」
「はい、決定。席についてね」
やばい、ツインテールが近づいてくる! 気付かれませんように。
「あ、アンタは今朝の変態!」
「誰が変態だ!」
くそ! つい、反応してしまった。即バレた。
全員が僕達を注目している。ヤバイ! 知り合いだと思われる。
「アンタでしょ、アンタ! アンタ以外に誰がいるのよ!」
指をさすな、指を!
「お前も前を見てなかっただろうが、ツインテール!」
「うっさい! アンタ見たでしょ!」
「見たって何をだ、縞々!」
しまった! つい口を
ツインテールが顔を真っ赤にさせ、涙目になって僕を
「アンタ、地雷踏んだわよ。死にたいのね!」
なんで見ただけで死ななきゃならないんだ。怒りがふつふつと湧いてくる。
「いっちゃん」
いっちゃん? 誰のこと? な、なんで泣いてるの?
声のしたほうを見ると……な、なんで、転校生が泣いているの? もう一人の転校生の涙に、僕とツンテールは固まってしまった。
なんだ? なんで、もう一人の転校生はいきなり泣きだすんだ?
初めて会ったのに、初めてじゃない気がする。なぜ、転校生を見ていると、懐かしいと思うんだ?
「やっと、会えた……」
うおっ! いきなり、転校生に抱きつかれた!
転校生から懐かしい匂いがする。
なんだ? どうして、僕まで泣きたくなる? もしかして、幼いころに僕達は出会っていた?
「一郎、お前……」
はっ! 殺気が!
周りを見渡すと、殺気立った男子達が僕を睨んでいる! なんで?
「またお前なのかよ」
「いい加減にしろよ」
「リア充死ねよ」
「はいはい分かってました分かってました」
ふ、
ツインテールは絶句している。開いた口が
さっきまではせつない雰囲気だったのに、今は殺伐としている。ぼく、またピンチ!
この状況を誰か、なんとかしてくれ。
***
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