二話 押水一郎の日常 その四

「こんなカンジです」

「……」


 朝から疲れが押し寄せてきた。

 ろくでもない話だったな。嫌悪感しかわいてこない。真面目に押水を調査していているのが馬鹿らしくなってきたぞ。


「先輩、いかがでした? 彼のとある朝の出来事は」

「控えめに言って殺意が芽生えた」

「デンジャラスですね」

「俺が風紀委員でなければとっくに埋めてたぞ。話はここまでだ。出てきたぞ」


 玄関のドアが開き、押水が……妹十二人、姉一人、幼馴染一人で十五人が出てきた。何気なにげ壮観そうかんだ。


「押水が学校にいくだけで集団登校だな」

「いや、私はあえてこう表現させていただきます。押水先生の総回診です~」

「やめろ。白い○塔かよ」


 全然威厳を感じないが、沢山の美少女を連れて歩いている姿は、ある種の威圧感があるな。

 俺達は押水達と距離を置いて尾行する。生徒会長に見つからないようにするためだ。


「説明しよう。青島とは、美しい自然と透き通った海に囲まれた島で、ちょっとしたリゾート地になっている。ダイビングや海水浴を楽しめるほか、春には満開の桜が幻想的な光景を見せてくれる。本土へいくには、フェリーか懸垂式けんすいしきモノレールでの移動となる。何かしらの不思議スポットがあるとかないとか」

「あいつは誰に説明しているんだ?」


 急に誰もいないところに向かって話し出す押水。霊と話しているのか? 霊も女なのか?


「プレイヤーじゃないですか?」

「プレイヤーって誰だ?」

「まあ、お約束みたいなものですので、無視してください」

「?」


 釈然しゃくぜんとしないが、独り言くらいは問題ないだろう。

 押水の尾行を続ける。

 押水の登校は道路をおおう程の大所帯おおじょたいで小、中学生が多いせいか賑やかだ。近所迷惑かと思ったが、近所のおばあさんが押水と何か話し込んでいる。押水を見つめるおばあさんの目は孫を見るようないつくしみがあり、嫌われていないことが分かる。

 おばあさんは俺には目をあわさず、逃げるように家に入っていった。

 押水は動物にも好かれているのか、犬がはちきれんばかりに尻尾しっぽを振って、じゃれてくる。

 犬は俺には寄り付かず、尻尾を垂らして、がっかりした様子で去って行った。

 なんなんだ、これは……。


「先輩、マジ可愛そうです……」


 後輩にすら追撃ついげきにあい、やりきれない。

 ある程度進むと小学生組と中学生組が別れて登校し、押水と桜井さん、押水姉妹の四人になる。

 雑談をしている姿は普通の学生に見える。

 しかし、事件は発生する。




 ***



「……それでね、一郎ちゃん」


 ドン!


「うわ!」

「きゃ!」


 し、しまった! みなみと話すのに夢中で誰かとぶつかっちまった。

 声からして美少女だろう。

 前をしっかり確認しなさい。あれほど京香姉に言われていたのにぶつかっちまった。

 僕は慌ててぶつかった相手に声をかける。


「だ、大丈夫か?」


 尻餅しりもちをついている女の子に差し伸べた手が止まる。

 金髪のツインテール、青い瞳の勝気な目がこっちを睨みつけている。口に咥えた食パンが印象的だ。

 日本人離れしたプロポーションに言葉が出てこない。縞模様しまもようだったが。


「この馬鹿! 前を見て歩きなさいよね!」

「ば、馬鹿とはなんだ! 馬鹿って言うほうが馬鹿なんだぞ!」

「なんですって!」


 売り言葉に買い言葉、お互い顔がくっつくくらいに睨み合う。

 なんて失礼な女だ!

 背をむけ、通り過ぎるにかぎる。


「いこうぜ、みなみ、ハル姉、小雪」

「に、逃げるな!」


 金髪が何かわめいていますが、無視無視。


「い、一郎ちゃん!」


 みなみの緊迫きんぱくした声が気になって、後ろを振り向こうとしたとき。

 キィン!


「ひょおおお!」


 またもや僕のバットに激痛が走る。股を押さえ、うずくまって痛みを必死に耐える。


「べぇ・だ!」


 金髪ツインテールはあっかんべえをして、先にいきやがった。

 こ、このアマ! 最近の打率が凄すぎる。王○治もびっくりの打率だ。女に性転換せいてんかんしてしまう可能性があるぞ。生まれ変わるなら巨乳がいいな。


「だ、大丈夫?」

「に、兄さん!」

「……ぁあ」


 よだれが止まらず、僕は必死に痛みをえていた。



 ***




「見事な蹴りでしたね、先輩」

「そうだな。あの女子、いいものもってるな」


 あの蹴りは見事な蹴りだった。

 押水の股間を抑えている姿に、胸がすっとした気分になる。

 それにしても、先程の女子生徒は何者だ? この島に高校は一つしかないし、彼女の着ている制服は青島のものではなかった。


「先輩、気分がいいところ申し訳ないのですが」

「ニヤついていたか?」

「かなり」

「おほん!」


 咳払いをし、気持ちを引き締める。


「何か問題があったか?」

「大問題です。フラグがたってしまいました」


 フラグ? 旗がいつたったのだろうか?

 伊藤は左手の人差し指を左右に振りながら説明する。


「フラグとは特定の展開、状況を引き出す準備ができたことです。あれは転校生フラグです」

「転校生?」


 伊藤の説明は難解な単語が多くて、意味が分からない。人に説明するときは専門用語を使わずに、誰にでも分かる言葉を使えと習わなかったのか。

 ここで文句をつけても始まらないので、俺は黙って伊藤の解説に耳を傾ける。


「彼女は見知らぬ制服を着ていて、歩いて行った先が青島高等学校なので、転校生だと推測できます。転校初日、パンをくわえて走っていたら、男の子とぶつかる。まさにテンプレの鏡のような出会いです。フラグが立ってしまいましたね。こうなると、彼女は彼の恋人候補になってしまうのです」

「またハーレムか」


 押水はそんなに俺の気分を悪くしたいのか。持ち上げて落とすとは芸が細かくなっている。俺の喜びを返して欲しい。


「あと、先輩。スカートの中、見ました?」


 今度は冷や汗が出てきた。


「……不可抗力だ」

「最低です」


 なぜ、目の前にいる後輩はしなくてもいい追撃ついげきをしてくるのか。だから、スカートは膝下にしてほしい。校則でも指定されているだろうが。

 文句を言われるのは理不尽だ。


「でも、凄いですよね。スカートめくりたい放題じゃないですか。彼の瞳には反重力はんじゅうりょくビームが備わってるんですかね?」

「……」


 ここで何か言えば余計なツッコミをくらいそうだ。黙っているに限る。


「先輩、彼、復活したみたいですよ。いきましょう」


 俺の足取りがどんどん重くなっていくのは気のせいだと思いたい。




 あれから何も起こらず、青島高等学校が見えてきた。

 やっと一息つける。


「ついちゃダメですよ、先輩。ここからが本番じゃないですか」

「そ、そうだったな」


 朝からここまで憂鬱になることがあっただろうか。

 これ以上何もおきませんようにと天に祈った瞬間、事件が発生した。おかしい、仏教なのがいけなかったのか?




 ***



 こ、この足音は……またか。

 僕の目の前にむさくるしい男達が現れ、壁のように立ちふさがる。

 柔道着、剣道着、ラグビーの制服を着た男達が一列になり、真ん中の学ラン男が叫んだ。


「我々はHLC(ヒューズ・ラブリー・サークル)の近藤である!」

「「「L・O・V・E! ラブリーヒュ~ズ!」」」

「昭和か!」


 誰か知らないがナイスツッコミ!

 グッジョブを送りたいが、目をそらせばられる。


「押水一郎! 貴様の罪状ざいじょうを読み上げる!」

「「「読み上げる!」」」


 HLCの部員の声が見事にハモる。


「九月の第一日曜日、ヒューズのメンバー西條せいじょう美月みつきさんをかどわかし、遊園地に無理やり連れ込んだとタレコミがあった。証拠写真がこれだ」

「「「1・2・3!」」」

「こ、これは!」

「どうだ、被告人。見覚えがあるか!」


 あるもなにもばっちり写ってるジャン! 言い訳できないジャン!

 みなみとハル姉、小雪の視線が痛い。

 ヤバイ、ごまかさないと!


黙秘権もくひけん行使こうしします」

「判決!」

「早いよ! 認めてないよ!」


 弁護人を呼ぶ前に判決とかありえないよ! 僕の意志とは関係なく魔女裁判が進行していく。


「被告人、己が立場をわきまえず、スクールアイドルに手を出すとは言語道断! 情状酌量じょうじょうしゃくりょう余地よちなし! よって私刑に処す!」

「「「処す!」」」


 早いよ! 仕方ない、三十六計逃げるが勝ちだ。逃げようとしたとき、逃げ道を全て部員によってふさがれる。


「毎度同じ手が通じると思うなよ」

「ハハハッ、助けて」


 いつもなら助けに入ってくれるみなみやハル姉は、ジト目で僕を睨んでいて何もしてくれない。

 僕、ピンチ!


「待ってください!」


 ピンチのときに必ずやってくる正義のヒーロー、もといヒロインは……まずい、美月だ!

 美月の登場は火に油を注ぐ行為だ。主に僕に飛び火してくる。バックドラフト現象になって僕に襲い掛かってくるパターンだ。


「お、押水先輩は悪くないんです」

「や、やめろ、美月」


 逆効果だ。美月を止めないと。僕は美月をとめるべく手を伸ばすが……。


「わ、わたしから誘ったんです!」


 普段は気の小さい女の子が大声を出すと、どうしてこうも響き渡るのだろう。

 全ての音が止まり、全員が美月を注目している。親衛隊はあまりのショックでフリーズしている。

 今がチャンス!


「す、すみません」


 美月はあまりの恥ずかしさに小さく縮こまる。風の音が聞こえる。


 一分後。


「ゆ~る~さ~ん~ぞぉおおおおおお、押水一郎!」

「隊長! 罪人がいません!」

「くそ! 探せ! 探せ! 草の根を分けても探し出せ!」

「「「イエッサー!」」」

「押水一郎に!」

「「「粛清しゅくせいを!」」」

「罪人に!」

「「「裁きを!」」」

「ひでぶ!」


 ……よし、いったな。


「一郎ちゃん、格好悪い」

「うるせえ」


 親衛隊がいないことを確認し、木の上から飛び降りた。

 やれやれだぜ。

 服についたほこりを払い、クールによそおうが足が震えている。

 べ、別に怖くて足が震えてるわけじゃないんだからね! 高いところから飛び降りて痙攣けいれんしてるだけだからね!


「ほら、いこうぜみなみ、ハル姉、小雪」

「……」

「……」

「……」


 あれ、まだみなみは怒ってるの? なんで?


「何怒ってるんだ、みなみ?」

「別に……」

「もしかして、あの日か?」


 ぎゅっ!


「いたたたたた! 痛い痛いハル姉!」

「弟君、デリカシーなさすぎ」

「……兄さん」


 めっと言いたげに腰に手を当て、指差してきたハル姉も怒っている。小雪は呆れている。

 なんなんだ?


「私だって好きなんだけどな」

「みなみ、何か言った?」

「ううん、なんでもない」


 みなみとハル姉、小雪は僕を置いて先に歩いていく。僕は頭をかきながら、三人の三歩後ろをついていく。

 僕って大和撫子やまとなでしこだな。奥ゆかしいってことで、みなみたちが怖いからじゃないんだからね。



 ***




 「ぷっあはははははははははははははははははっ! せ、先輩! マジウケる! 今時いまどき、『ひでぶ』はないでしょ! どこの世紀末なんですか! マジありえない! 私をキュアブ○ックにするつもりですか! ありえない! ありえないぃ! ひぃい、お、お腹が痛い!」


 伊藤は俺を指さし、腹を抱えて爆笑ばくしょうしている。

 先程の場面で「昭和か!」と突っ込みを入れたのは伊藤で、親衛隊を止めようとして突き飛ばされたのが俺だ。

 止めに入ろうとしただけなのに、この仕打ちは……いい加減、頭にきた!

 校門の壁をうようにゆっくりと立ち上がる。俺の顔を見て、伊藤はドン引きしている。


「い~と~う~」

「ごめんさないすみません調子に乗っていました」


 伊藤は命の危険を感じたのか、俺に何度も謝り続けるが、そんなことはどうでもいい。


「あいつらは……どこだ?」

「あいつら?」

「親衛隊だぁあああああああ!」


 まった鬱憤うっぷんが怒声に変わり、周りの生徒の足さえ止める。


「ひぃ! こ、校内に入っていったのを見ました」

「そうか……ふっふふふふふ」

「先輩?」

「人間、本気で怒ると……笑うんだな。初めて知ったよ」

「お、落ち着いて、せんぱ……!」


 伊藤の言葉が止まる。顔が真っ青だ。

 なんだ?

 自分を見て青ざめていると思ったが、伊藤の視線はもっと先を向いている。その視線をたどると、俺の右手があった。

 俺の右手が学校銘板の一部をおさえていることに気付く。学校名を見て、違和感を覚えた。


 おかしい……学校名が短い。

 記憶が正しければ、銘板には『青島高等学校』と記載されていたはず。今は『青島 園』になっている。高等の部分が消えている。俺の手でおさえている部分は島と園の間だ。この間にはどんな文字が書かれているのか。

 右手をのけようとすると。


「待ってください、先輩!」


 伊藤の鋭い声に右手を止める。


「な、なんだ?」


 怒っていることも忘れ、伊藤の顔を凝視ぎょうししてしまう。

 伊藤の言い知れぬ迫力に、俺は黙って伊藤を注視する。


「合図をしたらゆっくり、ゆっくりと手をどけてください。いいですね? ゆっくりですよ」

「わ、分かった」


 伊藤のただならぬ雰囲気にまれ、合図を待つ。

 いいようのない緊張感がただよう。

 伊藤は俺の右手を指差した。


「どけてください!」


 そっと右手を壁から離していく。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!


 手を離したその先に書かれていたのは『学』だ。

 青島学園。いつ改名したんだ?

 不思議に思っていると、伊藤は真剣な顔で叫んだ。


「な、なんてこと! 高等学校から学園になってますよ、先輩! これでは十八禁展開に、性行為が描写OKに、ソフ倫パス状態になっちゃいます!」


 ひざまつき頭を垂れる伊藤。急変した伊藤の態度についていけない。


「何を言ってるんだ、伊藤?」


 さっぱり理解できない。やはり、青島中央病院の精神科に連れて行くべきか?


「もう、何を悠長ゆうちょうにしているんですか、先輩! ハーレム妊娠エンドが刻一刻こくいっこくと近づいているんですよ! たとえるなら、ダークネスの規制が解除され、突発性ハレンチ症候群で次々に女の子とやっちゃう展開になっちゃうわけです」

「女子がはしたないことを言うな。下らん。俺は別行動をとる。押水のことは頼むぞ」

「ちょっ! 先輩!」


 伊藤には悪いが、これからストレス発散……ではなく、指導しなくてはならない生徒がいる。見過ごすわけにはいかない。

 何か騒いでいる伊藤を置き去りにして、俺は親衛隊のいる校舎へ向かった。

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