二話 押水一郎の日常 その二

「四十三!」

「プラス一体って」


 なんなんだ、その数は! あの左近すら驚愕きょうがくしているぞ。驚くって事は左近も知らなかったようだな。

 二十人でも異常なのに倍以上はある。しかも一体ってなんだ?

 伊藤は悪戯いたづらに成功した子供のような笑顔になる。

 だましたのか! ありえないことが続いたせいで、つい信じてしまった。だまされたというのに、安心してしまった事に苦笑してしまう。


「なんだ、嘘か。ありえない話だが、信じてしまいそうになったぞ」

「嘘じゃありませんよ、先輩」


 なん……だと?


「まずは姉が六人、妹が十二人で合計十八人。

 同級生では、先輩が会ったあの二人とクラスメイト一人、委員長一人、違うクラスの子一人で合計五人。

 違う学年では下級生は三人。上級生も三人で合計六人。

 別途スクールアイドルを入れて、合計九人。

 先生は、担任と保険室の先生で合計二人。

 バイト先の仲間二人と未亡人マスター一人で合計三人。

 ロボット一体。

 以上です」


 な、何を言っているんだ、コイツは。

 きっと、地球外生命体に出会ったら、こんな思いをするのだろうか。信じられん。

 あの男、外でも内でもハーレムを作る気か。怒りよりも呆れてしまう。

 落ち着け。

 冷静になって、必死に考えをまとめる。まずは、理解できなかったことを質問してみる。


「スクールアイドルって何だ?」

「ええっ! スクールアイドル知らないですか!」


 伊藤の珍獣ちんじゅうでも見るような視線に腹が立つ。知らないものは知らないのだ。

 左近も苦笑しているということは知らないのは俺だけか。仕方ないと言いたげに伊藤は説明を始める。


「各学校で結成されたご当地アイドルのようなものです。

芸能プロダクションを介さず、ネットで歌とダンスを投稿して、再生回数からランキング付けされます。最初は大学のサークルから始まって、今では中学生からもアイドルが生まれているんですよ。コンテストや大会があって、UIDOLSユニドルズHighdolsハイドルズが有名ですね。しかも、この大会の優勝したスクールアイドルは芸能プロダクションからスカウトがくることもあるので、注目度が高いです」


 ご当地アイドルか……。

 今やネットで全世界に配信できる時代だからな。シンデレラストーリーに憧れる女子はアイドルを夢見て頑張っていそうだ。

 しかし……。


「この高校にスクールアイドルなんてあったか?」


 田舎の高校でアイドルらしき人物がいれば、格好の話題になると思うのだが、聞いたことがない。

 ローカルすぎて知られていないのか?

 左近に尋ねてみると、肯定された。


「あるよ。最初はアイドルリサーチ部でアイドル好きの女子生徒が始めた部だったけど、投稿した動画がランキングされてから本格的にスクールアイドルをやってるね。グループ名は『FUSEヒューズ』だったかな」

「ヒューズ? 電子部品か?」


 確か、電気なんたらってバンドがあったような……。


「グループ名って言ってるでしょ。正道、こういうこと興味ないから分からないよね」


 左近にさえ鼻で笑われてしまった。

 仕方ないだろ、風紀委員がアイドルと関わる事なんてないのだから。


「スクールアイドルは分かった。アイドルが恋愛していいのかどうかは別として、先生はアウトだろ。ドラマじゃあるまいし」

「リアルでもありそうですけど。これ見てください」


 伊藤から一枚の写真を渡される。写真に写っているのは女子だった。

 どうしよう……。

 伊藤が幼女の写真を持ち歩いていたことにツッコミをいれればいいのか、この写真を渡された俺にどうしてほしいのかと言うべきか。

 とにかく、警察に通報する前に写真について確認するか。


「この写真がどうかしたのか? 押水の妹か?」

「二年C組の担任、大森もえ先生です」

「そんなわけないだろ」

「真実だよ」


 左近に肯定され、俺は写真を穴が空くほど、観察した。

 信じられない。どう見ても子供だ。ランドセルを背負っていたら、間違いなく小学生だと信じてしまう容姿だぞ。


「いろんな意味でアウトだろ。もしかして、十年くらい前の写真か?」

「いえ、その写真は一週間前に撮った写真ですよ」

「馬鹿な! 流石さすがにこれほど特徴とくちょうのある先生を見逃すはずがないだろ!」


 職員室や全校集会、行事で大森先生を見たことないぞ。

 背が低すぎて視界に入らなかったのか? そんなことはないだろう。

 俺の疑問に左近が答えた。


「二年C組の元担任は産休で、大森先生は産休補助教員だよ。一週間前から出勤している」


 産休補助教員とは女性の教員が出産で休業している間、職務を補助・代行する教員のことだったな。

 一週間前か……記憶にないな。


「大森先生はその姿から愛称を込めて萌ちゃんって呼ばれてます。それにしても、先輩、学校のことよく分かっていないようですけど、大丈夫なんですか?」


 伊藤に痛いところをつかれて、何も言えなくなる。


「すまん、確かに知識不足だった。それよりも、大森先生は本当に生徒に手を出しているのか?」

「いえ、それはないです。先生方と喫茶店の未亡人は好きといっても、まだLIKEですね。年下のかわいい男の子といったところですが、展開しだいでは肉体関係になるかも……」


 肉体関係って……あからさまだな、コイツ。恥じらいってものがないのか? まあ、服装から破廉恥なヤツだし、仕方ないか。

 伊藤の想像がありえないことを俺は指摘する。


「不謹慎だぞ。養護教諭ようごきょうゆ(保健室の先生)は確か結婚していなかったか? 不倫か?」


 俺の指摘を左近が否定する。


「だから言ってるでしょ、正道、産休だって。産休している先生は二人いるの。二年C組の担任と養護教諭ね。伊藤さんが言っていることは、二人の産休補助教員が押水君のに好意を持っているってことだよ」


 都合よすぎないか? 漫画みたいな展開だな。

 先生の場合はまだ本気じゃないから問題になっていないようだ。一人の生徒を贔屓ひいきにする事は問題かもしれないが。

 ここまでは理解できた。次が最大の問題だ。左近すら理解が追いついていない疑問、それは……。


「ロボットって何だ?」


 そもそも、人間じゃないだろ。ターミネーターの親戚か何かか? どうやって恋愛するつもりなんだ?


富士山ふじやま重工が開発している家庭用かていよう汎用はんようアンドロイド、ユーノです。ユーノは運用テストとして、この学校に登校しています。冨士山重工は青島高校に多額の寄付金を納めているので、実現できたわけですね。彼女はロボットとは思えないくらいドジっ娘で、彼がフォロしているうちに恋に落ちたって話です」

「何を言ってるんだ、伊藤?」


 可哀想かわいそうに。伊藤に妄想癖もうそうへきがあるなんて。青島中央病院に精神科があったよな? 連れていくか。


「疲れてるんじゃない?」


 左近も心配そうに見つめている。


「ちょっと! 本当ですって! そんな、アホな子を見るような目で見ないでください」


 猛抗議してくる伊藤を適当にいなす。信じられるわけがないだろうが。

 百歩譲って人型のロボットがいたとして、どこまで押水は節操がないのだろうか。女なら人でなくてもいいのか? 次はゴリラか?


「ロボットが恋愛感情を抱くかどうか、心があるかどうか不明だけどね。風紀委員の顧問から、この学校にプロトタイプのロボットが配置されているのは連絡があったよ。確か一年A組だったかな?」

「そうです。実際にユーノと話してみたんですけど、まるで人間ですね。事前に知っていなかったら見分けつかないですよ。発達した科学は魔術と見分けがつかないとはこのことを言うんですね」


 二人は楽しそうに話をしているが、話に全くついていけない。俺がおかしいのか?


「俺はロボットのこと、聞いてないぞ」

「言わなかったっけ?」

「聞いてない」


 左近を睨みつけると、笑顔が返ってきた。


「それは申し訳ない。でも、もう知っているからいいよね?」

「……」


 何か釈然しゃくぜんとしないものがあったが、うなずいておいた。

 話を聞くだけで疲れるな。ツッコミどころが多すぎる。

 今の話を聞いて、更に押水と関わりたなくなった。恋路こいじを邪魔して、馬に蹴られたくない。

 だが、逃げるわけにもいかない。ここまで憂鬱ゆううつにさせられたのは初めてだ。


「四十人以上の女性に好かれ、しかも、全員美人。羨ましいです。ちなみに、私に声がかからないのは美人じゃないからですかね?」


 肩をすくめ、お手上げのポーズをとる伊藤。

 俺は伊藤の問いを否定した。


「いや、十分魅力的だと思うぞ」

「せ、先輩……」


 伊藤は頬を染め、うるんだひとみで俺を見つめてくる。


「だから、三股さんまたできたんだろ?」

「せ、先輩……」


 伊藤は青ざめ、おでこに手を当てた。大げさに空を仰いでみせる。

 全く、コイツは。


「左近に聞いたぞ。伊藤、お前は三股かけて問題になったそうだな。今回の件に手を貸すことが、助けてもらう条件だったとは、呆れたヤツだ」


 なぜ、伊藤が臨時の風紀委員として呼ばれたのか? 左近に問い詰めると、すぐに教えてくれた。

 伊藤は三股していた。

 デートがトリプルブッキングしてバレてしまい、修羅場しゅらばになったそうだ。ボーイフレンド達の怒りは当然、伊藤に向けられ、かなりもめたらしい。暴力沙汰ぼうりょくざたになる前に左近が止めたとのこと。

 伊藤は付き合っていた男全員と別れ、問題は解消されたみたいだ。今のところ仕返しはないので、左近がうまく取り持ったのだろう。


 伊藤は上目遣いで俺を見つめてくる。


「……先輩は私のこと、軽蔑けいべつしますか?」

「しないぞ。世の中には四十人以上女をはべらせている男もいるしな。それに比べたら可愛いものだ」

「そ、そうですよね~三股くらい、どうってことないですよね」


 俺と伊藤はお互い笑い合う。

 伊藤の三股など、押水に比べたら何も問題……あるに決まっているだろうが。


「反省しろ」

「はい……」



 伊藤は小さく返事する。私のせいじゃないのに……とつぶやいているが、無視した。

 そんなことよりも、左近のやりとりの方が問題だ。


「左近、問題を解決した代償として協力を求めるのは如何いかがなものかと思うぞ? ある意味、脅迫じゃないのか?」


 弱みにつけこんでいるだけだろうが。一歩間違えれば犯罪だぞ。風紀委員の頭がやっていいことではない。


「ギブ&テイクだよ、正道。風紀委員の仕事だってボランティアじゃない。もらえるものはみかんの皮でももらえって格言かくげん、知らないの? それに押水君の件では彼女の知識、役に立つでしょ? アニメや漫画、ゲームといったオタク情報はもちろん、噂話や女の子の情報も強い。正道には無理でしょ」

「そうかもしれないが……」


 左近の説明に思わず納得しそうになったが、伊藤が挙手きょしゅして文句を言う。


「先輩、たちばな先輩は簡単な内容だからって言ったんですよ。それなのに、難易度Gレベルの難題を持ってきたんですよ! 酷いですよね!」

「三股の修羅場よりはよかったでしょ?」


 伊藤は恨めしそうに頬を膨らませ、左近を睨んでいるが、左近は軽くいなしている。迫力が足りないからな、伊藤の眼力は。チワワだし。コイツほど風紀委員委に向いていない女はいない。

 だが、それは喜ばしいことなのかもしれない。殺伐とした風紀委員に、伊藤のような女子はいないほうがいいだろう。風紀委員にいたら不良のいざこざに巻き込まれる可能性があるからな。


「それに、早く解決できれば問題ないでしょ?」

「簡単に言ってくれますね」


 全くだ。解決策すら思いつかないんだぞ。どうしろというのか。

 伊藤は気を取り直して、現状の問題点をげる。


「私達が解決しなければならない問題は二つ。一つ目は、彼が自覚のない天然ジゴロのせいで、彼を好きになってしまう女の子が増えてしまうことですね。唐変木とうへんぼくもいいところです。下手したら彼をめぐって血の雨が降る可能性があります。もう一点は、彼がハーレムを作ってしまう可能性があることです。そうなった場合、四十人以上の女の子をはらませる可能性があります」

「修羅場だな。死人が出るかもしれん」


 恋愛がらみで殺人が起こるのは過去も今も変わらない。現状、押水を好きな女子は四十人以上いるのだ。これ以上増えたら、取り返しが付かない。まあ、今でも取り返しが付かないと思うがな。

 押水のことはどうなろうと知ったことではないが、押水のせいで被害を受ける者がいるのであれば、なんとかしなければならない。

 セクハラの件は、押水の女問題が解決すれば一緒に解決するだろう。

 これからの行動方針を決めなければ。


「とりあえず、押水のことをもっと調べてみるか。まだ知らないことがありそうだ。実際に問題が発生した場合、いつ、どこで、どのように起こるか、確認しておきたい。そこから解決策を考えるしかないな」

「異議なし」

「OKです!」


 やることは決まった。後は行動あるのみ。

 とりあえず、明日から調査することで話し合いは終わった。

 本来ならば、即行動といきたいが、伊藤の話が本当か裏付けしておきたい。


 俺はため息をついた。

 何が悲しくて、問題児が女といちゃつく姿を観察しなくちゃならないのか。拷問ごうもんだ。こんなことなら不良を相手にしていたほうが何倍も楽だ。

 ここで愚痴ぐちっても仕方ない。やるからには必ずげる。

 俺は顔を二、三回叩いて、気合を入れ直した。

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