二章

二話 押水一郎の日常 その一

 生徒会長の強襲きょうしゅうから二日が過ぎた。

 押水の一件は、全く進展がない。行きづまっていることに頭を抱えていた。

 押水のボディガード、押水姉こと生徒会長が邪魔じゃまで、手が出せない。

 生徒会長が敵になるなんて想定外そうていがいだ。押水の一件に関わってから振り回せてばかりだ。自分のペースに持ち込めない。


 生徒会長の交代は生徒達にはおおむね受け入れられていた。

 それどころか、美人で明るく、リーダーシップのある押水姉のほうが、生徒会長として支持されている現状がなんとも世辞辛せじがらい。

 押水の一件について、風紀委員の顧問にはまだ何も話していない。

 被害届も苦情もない案件を、何の裏づけもなく報告をしても意味がないからだ。


 押水がセクハラしまくっている状況に、男子生徒は苦情よりも役得やくとくだと嬉しがっている男子の方が多い。野次馬が現れるくらいだ。

 女子生徒の反応は薄い。押水の突発的とっぱつてきなアクシデントは特定の女子生徒のみ被害にあっていることから実質的な被害を受けていない為、陰口かげぐち程度で止まっている。


 この件に関しては解決策がない為、一旦いったん保留にしている。

 それよりも気になる事がある。


 伊藤は言っていた。

 これは氷山の一角だと。突発的なアクシデント以外にも問題があるという。

 左近さこんは断言した。学校設立以来、最悪の問題児だと。


 押水に少しでも興味を持ってしまった自分が嫌になる。なるべくなら、お互い会うこともなく、卒業したかった。だが、出会ってしまった。知らぬ振りはもうできない。

 俺は押水の事をどう思っているのか。答えはとんでもないトラブルメーカーである。

 現時点では押水のセクハラ行為は故意ではなく、偶然だと俺は判断している。

 俺が押水にセクハラ行為について問い詰めたとき、押水は俺に指摘されるまで自分の起こした行動を自覚していなかった。

 もし、押水が故意にセクハラ行為を繰り返していれば、悪い事をしたと自覚はあるだろう。

 自覚がなかったということは、勝手に起こってしまった出来事だと押水は判断していると考えられる。

 偶然だとしても女子にセクハラ行為をすれば、インパクトがあるので記憶に残ると思われるが、押水にとっては何度も経験しているので日常茶飯事なのだろう。


 だからこそ、押水は問題児なのだ。自分の行動が周りに与える影響を全く考えていない。

 押水のセクハラ行為を目撃した後、伊藤から女子の下着が見れてラッキーでしたねと言われたが、正直迷惑だ。

 気まずいし、被害者の顔を直視できない。被害者は公衆の前で大恥をかかされたのだ。互いに気まずい。


 無自覚で無責任。たとえ、偶然が起こしたトラブルであったとしても、押水は回避する努力をするべきだと俺は思う。


 問題を解決するため、次にとるべき行動は、押水がどのような人物か調べ、生徒会長に対抗できる何かを掴むことだ。

 昼休み、風紀委員室でお弁当を食べている伊藤に、押水について尋ねてみた。


「押水一郎先輩。彼は中流家庭の生まれで、両親は海外出張しています。現在、一軒家に十九人で住んでいます」

「ぶぶっ!」


 は、鼻にお茶が……飲んでいたお茶を噴出ふきだしてしまう。伊藤は満足げに微笑む。


「先輩、ナイスリアクションです」

「待て待て待て。十九人ってなんだ? 寮にでも住んでいるのか?」


 一軒家で十九人はないだろと思うが、書籍で十八人家族のエッセイがあったはずだ。そう考えると、ありなのか?


「妹が十二人、姉が六人です」


 いやいや、おかしいだろ。

 姉が六人でも多いのに妹が十二人? どんだけお盛んなんだ、押水家は。テレビでよくやる大家族もので特集できるレベルだ。しかも、男女の比率が更にあえりない。


「信じられないよね。でも、本当なんです」


 伊藤はドヤ顔をしているが、別に伊藤が偉いわけじゃない。左近は笑っているが、笑うことしか反応できないのだろう。

 家族からして女に囲まれているのか、あの男は。


 どうでもいいが、伊藤と左近の三人で昼ごはんを食べるのが恒例こうれいになっているな。


「まるでシスプリとあねこいですね」

「シスプリ? あねこい?」


 聞きなれない言葉に眉をひそめる。伊藤は出来できの悪い生徒をさとすような口調で説明してきた。


「シスプリは『シスタープリリアント』の略で恋愛ゲームです。血のつながらない小学生から中学生の妹達と疑似恋愛を体験できます。あねこいは『あねにこいしてます』の略で漫画です。これも血のつながらない姉と恋愛する内容で、最後は主人公と姉が結婚しちゃいます。ちなみに彼と同棲している妹、姉は血のつながりがない、もしくは血のつながりはあっても直系血族ちょっけいけつぞく又は三親等内さんしんとうない傍系ぼうけい血族の間でない女性達です。しかも、全員彼を愛しています。男一人、女十八人のハーレムですね」


 伊藤の説明に、愕然がくぜんとしてしまう。

 伊藤の恥じらいのないあからさまな言葉に呆れるが、一番驚いたのは押水の家庭環境が突拍子とっぴょうしもないことだ。

 愛しているって何だ? 押水の両親は一体何をしているんだ? 娘が十八人で息子が一人って。子供、多すぎるだろ。

 この親にしてこの子ありを体現したような存在だな。とんでもない親子だ。


「成績は中の上、運動も中の上。容姿は特筆するべき点はありませんが、誰も彼の前髪に隠れた目を見た者はいません。喫茶店でバイトしています。もちろん、ウェイターの女の子も彼に好意を持っています」


 伊藤の説明に俺は何かが気になった。

 何に引っかかったんだ?


「先輩、何か気づいたみたいですね」

「……ああっ。何か気になったんだが、なんだ?」

「ヒントは三つです! 一つは女性に囲まれていること。もう一つは私達が見たラッキースケベの被害者も彼のことが好きなこと。最後はパッとしない容姿」


 女性に囲まれている?

 知り合いに女性が多い?

 パッとしない?

 最後の三つ目だけが押水自身の事だが、それが何だというのか?

 答えが出ない様子を見て、伊藤が回答を発表する。


「正解はイケメンでもないのにモテることです」

「……ああ、なるほど」


 自然と声が出た。

 ああ、そうだ。なぜ、あんなに押水はモテる?

 女にかばってもらっている情けないヤツのどこに魅力みりょくを感じるんだ?


「納得するの? イケメンならいいの?」


 左近の指摘してきに伊藤はうなずく。


「いいんです。女子高生は肩書かたがきやお金よりも顔ですから」


 それが真実なのだと。外見より中身などありえないと伊藤は言い切った。

 どうでもいい。


「次の問題です。現在、彼に思いを寄せている女性は何人いるでしょう?」


 押水に思いを寄せている女性? その言い方にまた何か引っかかったが、とりあえず頭の中で整理してみる。

 確か、妹十二人に姉六人……姉の一人が生徒会長だったな。生徒会長の態度を思い出すと、むかっ腹が立つが今は我慢がまんして……あとは、押水の教室で会った二人とバイト先のウェイターを合わせて二十一人か。


 自分で計算しておいてなんだが、信じられないな。馬鹿げているといってもいい。

 伊藤が女子ではなく女性と言ったのは、姉が二十歳を超えているからと考えても……押水の守備範囲は幅が広いというか節操せっそうがないというか。

 もっといそうな気がするが、分かっている範囲で答えよう。


「二十一人か」

「はずれ。正解は四十三人プラス一体でした」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る