一章

一話 ファーストコンタクト その一

 風紀委員室に向かう途中、幾人いくにんかの生徒と廊下ですれ違う。

 私服でだらしなく着崩きくずした格好かっこうをしている生徒を見て、つい眉をひそめてしまう。

 だらしない格好をした生徒がいる原因は、この学校の方針にある。


 青島高等学校。

 豊かな自然と美しい海に囲まれた青島にある共学高校。教育方針として、

 『自由な空間と豊かな環境の中、自己啓発じこけいはつうながす』

 をかかげている。


 この学校では私服登校が認められていた。

 その為、制服よりも私服で学校に登校する生徒が多い。ある程度、自由が認められている学校なのだ。

 しかし、その自由な方針を自分勝手にしていいと勘違いする生徒が何人かいる。先程さきほど俺を襲いかかってきた不良のようなやからだ。

 暴力、落書らくがき、バイクの無免許運転……要はこの学校には不良が多いのだ。

 もちろん、校風だけが原因ではない。他の学校よりも不良が多いのは、土地柄のせいでもある。


 この青島は、不良達の間では『不良の楽園』と呼ばれている。

 青島は四方が海に囲まれている為、漁業が盛んだった。漁業権をかけ、荒くれ者が血で血を洗う紛争が続いた。

 そのせいか、青島の住民は気の荒い連中が多く存在する。

 今は漁業権ではなく、縄張り争いで不良の間で抗争が続いている。

 その他にも、海岸沿いの道路や峠でバイクを走らせ、誰が最速なのか争ったり、喧嘩最強は誰なのかといった闇試合が横行している。

 それが青島の現状だ。


 数々の問題行動を起こす不良達に対し、青島高校の先生方は手を焼いていた。そのため、先生方の補佐役として、俺が所属している風紀委員が存在している。


 風紀委員の主な活動は校則違反の取り締りや校内の清掃、ボランティア活動だ。

 その他には問題のある生徒がいた場合、調査を行い、教師に報告することもある。

 その情報を元に教師は裏づけや問題ある生徒を呼び出し、事実確認した後、職員会議で処分が下る。

 今日のように不良に直接手を下すことは例外で、危険があった場合のみ、風紀委員は暗黙のルールで自己防衛が認められている。

 ただ、その方法を多くとっている俺のやり方に、他の生徒から不満の声がでているのを知っていた。力で人をひれ伏すのは不良と変わらない、野蛮であると。

 俺の行動は問題となっているが、先生達には黙認もくにんされている。厄介ごとを引き受けている事が理由だろう。


 俺だって、話し合いで解決するのであればそうすべきだと思っている。だが、話し合いで全てが解決できるほど、俺達は大人ではない。時には暴力でしか分かり合えないこともある。

 暴力を止めるために、己の力の強さを見せつけ、無理にでも従えることが必要になるケースもある。それは不良を相手にしていれば体で覚えてしまう。綺麗事だけでは身の安全を保障できないし、己の意見を通すことが出来ないのだ。

 誰かに後ろ指をさされたとしても、危険な目に遭っても、俺は胸を張って行動している。不良達の理不尽な行動に納得できないし、見過ごせないからだ。

 不良を多く相手にしてきたせいで、『不良狩り』などと不名誉な二つ名がつけられてしまっているが、関係ない。自分の信念に従うだけ。


 風紀委員長も俺の性格は熟知している。そのうえでの呼び出しなのだから、かなりの問題児が現れたのだろう。

 さて、どんな厄介ごとなのか。

 風紀委員室に入る前に、一つ深呼吸をしてから中に入る。


「待たせたな、左近さこん

「悪いね。見回り中に」


 風紀委員長、たちばな左近は嬉しそうに出迎えてくれるが、つい渋い顔になってしまう。

 左近は俺と違い、要領ようりょうのいい男だ。人当たりの良い柔和な笑みと柔らかい口調は、相手を警戒させない雰囲気を出している。優男に見えるが食えないヤツだ。

 今日襲い掛かってきた不良の悪行あくぎょう立証りっしょうしたのは左近だ。

 かつあげやバイクを盗んだことは被害者や他の目撃者がいたので証明できたが、窓を割った犯人は誰も目撃者がいない為、証明は難しい。

 それでも、左近はあの不良達が犯人だと証明できるものを用意し、教師に認めさせたのだ。難しい案件を解決するその手腕しゅわんをかわれ、風紀委員長に抜擢ばってきされた。

 性格はともかく、左近は信頼できる人物だと俺は信じている。


「それで何か用か?」

「とりあえず、座ってよ。何か飲む?」


 左近の笑顔に胡散臭うさんくさいいものを感じながら、近くにある椅子に腰かける。

 左近が麦茶を差し出してきたので、受け取る。

 不良相手に喉が渇いていたから、ありがたい。冷たい麦茶は、この暑い時期に飲むと一段と美味しく感じる。麦茶を一杯飲み終えたところで、左近が本題を話してきた。


「正道にはある生徒を見極みきわめてほしいんだ」

「見極める?」

「そう」


 大したことのない用件で、拍子抜ひょうしぬけしてしまった。どんな問題児を押し付けられるかと思えば、ただの素行調査そこうちょうさとは。


「問題児じゃないのか?」


 俺の表情を見て、左近は苦笑している。


「問題児を押し付けてほしいの?」

「そんなわけないだろ。ただ、問題児じゃなければ、俺は必要ないと思うのだが」


 風紀委員は俺以外にも何人もいる。危なくない案件なら俺でなくてもいいはず。左近の思惑が理解できない。

 左近は肩をすくめ、頭をポリポリとかいていた。


「僕は問題児だと思うんだけど、委員内で意見が割れていてね。そこで、第三者の意見を聞いておきたい」

「それで俺か?」

「引き受けてくれる?」

「……了解だ」


 引っかかるものがあったが、問題児かどうかは自分の目で見極めればいい。相手を見極めて、問題があるようなら、それにあわせて行動するだけだ。

 やることが分かれば、不安はなくなり、落ち着いて行動できる。大丈夫、問題ない。


「で、相手は?」

「ちょっと待ってくれる? 正道に紹介したい子がいるんだ。説明が二度手間にならないよう、彼女が来てから話すから」

「彼女? 二人で調査するのか?」


 意外な提案につい聞き返してしまう。

 俺以外にも意見を聞いておきたいってことか? けど、誰だ、その女子生徒は? 同じ風紀委員の女子か?

 女子とは風紀委員問わず、話どころか接点すらない俺になぜ、左近は組ませようとするのか? 理解できなかった。


「今回の調査で、彼女の知識が必要だと判断したからだよ」

「知識?」

「そう。正道にとって、彼は出会った事のないタイプだから、きっと理解に苦しむ。だから、用意したの」


 どういう意味だ?

 彼、そう左近は呼んだ。ということは、問題児は男子か。

 問題児について、更に問おうとするが、左近は笑っているだけで答えようとしない。今必要なことは話したので、後はその女子が来るまで話す気はないのだろう。

 茶を飲みながら、待っていると。


「失礼します~」


 一人の女子生徒が風紀委員室に入ってきた。左腕の腕章には『風紀委員』と書かれている。

 初めて見る顔だ。風紀委員にいたか、この女子は? この学校は上履きの色で学年を識別できる。色からして一年生か。記憶にない。


「紹介するよ。伊藤ほのかさん。伊藤さん、彼が藤堂君」

「よろしくお願いしますね、先輩」


 敬礼をしながら、笑いかけてくる女子に俺は戸惑とまどっていた。

 学校の制服を着ているが、明るめの脱色された茶髪のエアリーショート、スカート丈は膝上で短く、ブラウスのボタンが三つ開けられ、そこから見える胸元にハートのネックレス。腕にはピンク色のBABYーDの腕時計。彼女の姿からは風紀委員に全く見えない。

 風紀委員の腕章がなければ、絶対に彼女が風紀委員だと分からないだろう。おしゃれな格好だが、風紀委員としては不適切だ。

 風紀委員の前でこの格好だ。いい度胸をしている。


「あ、あの……ガン見されても困るというか……」

「正道、落ち着いて。思いっきり引いてるよ、彼女」


 不良すら目をそらしたくなる俺の鋭い視線に伊藤はおびえ、左近は苦笑している。

 早速、俺は伊藤の格好を注意する。


「伊藤、服装と髪型をちゃんとしろ。風紀委員が風紀を乱すような格好をしたら示しがつかないだろ?」

「正道が真面目すぎるの。第一ボタンまで留めてるの、キミくらいだよ」


 なぜ、左近が伊藤をかばう?

 第一ボタンまで留めることの何が悪い、と言いたげに視線を左近に送るが無視された。

 ちなみに、青島高等学校の制服は青の学ランだ。


「伊藤さんは善意の協力者として風紀委員にきてもらったんだから、少し大目に見てあげてね」


 伊藤は臨時りんじか。それなら俺が知らないのも理解できる。納得はできないが。


「協力者でも、風紀委員の腕章を着けている以上、ルールには従ってもらう」

臨機応変りんきおうへんって言葉、知らないの?」

「郷に入れば郷に従え」


 俺との口論は無駄だと悟った左近は、強引に話を進める。


「とにかく、伊藤さんに手伝ってもらうから、いいよね? 時間もおしてるし、本題にはいろうか」


 左近に言っても無駄ならば、後で直接伊藤に言うべきだな。

 左近は席に着き、俺も左近の真向かいの席に着く。伊藤は、俺を一瞬見たが、すぐに視線をそらし、左近の隣に座った。


「調査してほしいのは、二年C組の押水おしみず一郎君だ」

「押水一郎って、あの人ですか!」


 伊藤は勢いよく立ち上がる。顔が引きつっているところをみると、あまりいい人物ではなさそうだ。

 押水一郎……やはり聞かない名だ。

 この学校で札付ふだつきのわるはあらかた知っているが、押水一郎の名前はその中になかった。


「分かった。調査を開始する」

「ちょ、ちょっと待ってください! 本気ですか! やめておいた方がいいですよ!」


 伊藤は抗議してくるが、そんなものは無視だ。

 押水のことを知らないので、伊藤が嫌がる理由が分からない。左近が指名する直々の問題児なので油断はできないが、いつものことだ。気にする必要はない。

 だから、堂々と断言する。


「問題ない」

「問題大有りなんですけど! 考え直しませんか? そのほうがお互い幸せといいますが……」

「やりたくなければ、俺一人で……」


 やる気のない伊藤じゃまものと別れようとしたとき、左近が俺の提案を即座そくざ却下きゃっかしてきた。


「それは駄目。正道、必ず伊藤さんと行動して。伊藤さんの知識が必要になるから」

「ちょっ! 期待してもらっても困りますから!」


 伊藤の知識が必要? とてもそう思えないが。

 今日出会ったばかりの伊藤の能力が分からないため、なんともいえないが、押水に会えば全て判明するだろう。押水がどんな問題児なのか、伊藤の助けが本当に必要なのか。


「ああっ、もう! 割が合わないんですけど!」


 うがーと頭を抱える伊藤。俺はそれを無視して席を立つ。


「覚悟を決めろ。いくぞ」


 しぶる伊藤と部屋を出ていこうとしたとき、左近が声をかけてきた。


「正道、押水一郎君のことなんだけどね」


 左近は真剣な表情に、俺達は足を止めてしまう。聞き逃したら後悔してしまう、そんな何かを感じたからだ。


「しっかり見極めてね。僕の中で彼は……」


 左近の重々しい雰囲気に息をむ。次の言葉こそ、左近が俺に依頼した理由なのだろう。

 左近はゆっくりと口を開いた。


「学校設立以来、最悪の問題児かもしれない」

「……」


 俺は無言のまま、部屋を出ていく。左近の言葉が脅しでないことは声色こわいろから分かる。

 この青島には複数の不良がいる。話の分かる不良もいれば、暴力に酔いしれ、誰彼構わず相手を傷つける危ないヤツもいる。

 風紀委員はそんなやからを相手にしてきた。危ない目にもあってきた。そんなヤツらを差し置いて、左近にここまで言わせる問題児、押水一郎とはどのような人物なのか。不謹慎だが、興味が湧いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る