整える

 彩月は蓮と今日は原宿駅で待ち合わせた。

 午前十一時。駅周辺にあふれる人は人種も服装も年齢もばらばらだ。


 彩月は改札を抜けて、どこで待っていたら蓮に見つけてもらえるだろうと辺りをキョロキョロ見回していた。


「新川さん!」


 人混みの中から蓮の声が聞こえる。

 彩月が振り返ると、人懐こい笑顔を浮かべた背の高い少年が改札を出てこちらに向かって手を振っていた。


「同じ電車だったんだね」

「そうみたいですね」


 ごった返す駅舎を出て、横断歩道を渡る。


「どうして原宿の美容院で髪を切るんですか?」

「原宿で切ったって思うと、いつもよりカッコ良くしてもらえた気がするでしょ? 要は、気持ちの問題」


 自宅近くの美容院でも蓮の整った容姿なら問題なく仕上がるだろうが、若者の流行の集まる街で整えてもらったらまた違う感性に触れられるかもしれない。


 そして髪を切るのにはもうひとつ理由があった。


「オーディションに提出する写真、スタジオでちゃんと撮影してもらうんだもん。ちょっとでもカッコよくしておこう」

「お年玉、取っておいて良かったです……」


 オーディション写真を撮影してもらうのには、メイクや修整までお願いすると三万円程度はかかる。痛い出費だが、やはりプロに化粧をしてもらって写真を撮ってもらえると気分が違う。


 彩月もいくつかの写真スタジオにお願いしたことがあるが、その中で写真が一番周囲に評判の良かったところを蓮に教えて、後日予約するように伝えた。

 三ヶ月以内の写真を送るように要項にあるので、今撮りに行くのは少し早い。しかしのんきに構えていられるほど余裕もない。


「高橋くんなら、選ぶ側が会いたいって思う写真を撮ってもらえるよ。スタイルいいし、顔もきれいだし」

「いや、そんな……」


 彩月は思っていたことを素直に言っただけなのだが、蓮は真っ赤になって口元を隠す。


「俺、モテたことないですから」

「今日カッコよくしてもらったら、月曜日から女の子たちの視線が大変かもね」


 くすくす笑いながらからかう彩月を、蓮は半眼になって恨めしそうに見る。


「新島さんだって、キレイだからモテるでしょ?」

「私は全然……」

「彼氏だっているんじゃないんですか?」


 思わぬ蓮の反撃に彩月はたじろぐ。


「いないよ、本当に」


 二つ目の養成所時代、声優事務所に預り所属していた時とそれぞれいたが、どちらも一年ほどで別れていた。

 どちらも苦い思い出だ。後者の彼は今も声優事務所に所属している。時々ソシャゲで名前を見かけるが、元カレが出ている作品はつい避けてしまう。


 彩月に現在彼氏がいないと聞いて、蓮はなぜかほっとした。


 蓮は自分の心の動きに首を傾げる。


「どうかした?」


 いきなり首をひねった高校生男子の行動を、彩月は奇妙に思ったので聞いてみた。


「い、いえ……」


 照れくさくて、蓮は彩月の顔を見ることはできない。

 そっぽ向いて頬を染める蓮の気持ちを彩月が察することはなかった。



 ♪



 予約した美容院で散髪をしてもらった蓮を見て、彩月は驚いた。


 オーディション用の写真を撮りたいと伝えていたのも功を奏した。やはり原宿と言う土地柄、そのようなオーダーも多いのだろう。


 もともとの素材の良さと、美容師の腕。原宿を歩いていたらスカウトされそうな、爽やかな美男子が出来上がっていた。


 ファーストフード店で軽く昼食を済ませ、写真撮影時の衣装を選ぶために服屋へ向かう。


 彩月は蓮が髪を切ってもらっている間に、スマホでめぼしい服屋を検索していた。

 白いTシャツと明るめの色のジャケット、足が長く見えるパンツ、できれば靴も買いたい。

 蓮はスタイルが良いので気にする必要はないかもしれないが、少しでも写りを良くしたい。


 高校生にこんなに出費させるのは心苦しいが、オーディションに合格してもらうためには仕方ないと心を鬼にしていた。


「ごめんね。私が出してあげるとか言ってあげられくて」

「とんでもないです! こうしてアドバイスしてもらえて、本当にありがたいです。俺ひとりじゃ、何もできなかったでしょうから」


 服と散髪については、蓮は母に事情を話して軍資金をもらっていた。勇気を出して伝えることがいかに大切か、蓮は痛感すると同時に、あたたかい気持ちが広がっていた。


 つい最近までうじうじしていた過去の自分に言いたい。言葉にすれば、応援してくれる人は見つかる。


「見た目も大事なんですね」

「雑誌に出たり、ソシャゲのキャラソンでライブしたりもあるからね。女の子なんて、もうみんな可愛くないとダメってぐらいすごいよね。そう言えば、高橋くんは歌は歌える?」

「……自信ないです」

「時間あるなら後でカラオケも行こっか。オネーサンが採点してあげよう」


 彩月は意地の悪い笑顔を見せる。


「歌も芝居も、練習すれば上手くなるから大丈夫。私も歌のレッスン通ってたよ」


 口角は上がっていたけれど少し寂しげになった彩月の横顔。


「プロとして通用するかとは別だけど」


 蓮はドキリとした。それは彩月の声のトーンなのか、言葉の重さなのかは蓮は判断できなかった。


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