支離滅裂。

「アラサーのオンナなんて、結婚って言うとやたら相手の条件を気にして、ロマンの欠片もないリアリストばっかりですよ。完成した幸せをタダでもらおうとして、自分で何か作り上げていこうっていう努力をしたがらない。時代が違うんですかね」


 急に吐き捨てるようなトーンに変わったので、私はひるんだ。あまり与したい話じゃない。

「人にもよるんでしょうね」と適当に言っておいた。


「北沢さんは、相手の職業とか気にしないでしょう?」

「まあ、本人が一生懸命やってることなら。今どき、楽しくできる仕事なんて贅沢ですもんね。せめて、がんばってやろうと思えるような仕事してるなら、いいんじゃないですかね」

 答えながら、川崎の仕事についてはもう訊けないなと思った。自営とは聞いていたけど、詳しくは教えてもらってない。


「やっぱりね、が必要なんですよ、男女の間には」


 はぁ????

 心の中にたくさんの「?」が浮かんだ。だんだんついて行けなくなっている。


「だから、僕はリアリストとはいっしょにやっていけないな。物語を二人でともに作っていける人じゃないと」


 物語って、つまりロマンが必要ってこと? と、心中で確認する。


「そもそも、アラサーオンナはテレビの見過ぎなのか、ネットのやり過ぎなのか知らないけど、妄想し過ぎなんですよ。まあ、人間って妄想の生き物ですけど、オンナは恋愛になると特別な妄想スイッチが入るみたいで——」


「えっと、あの……」と、私は口を挟んだ。

 リアリストと妄想スイッチがどうリンクするのかわからないのだけど、そんなことより、さっき「決めつけたものの言い方をされるのは苦手」と言ったばかりなのに……と嫌な気持ちになって牽制した。

「アラサーの女性とは最近あまり話したことないけど、やっぱり人によるってだけじゃないですか? アラフォーだって、そういう人はいるだろうし」


 話題自体にNGを出したつもりなのだけど、私の意を汲むことなく川崎は続ける。

「いや、僕は、女性ってそういうかわいい生き物なんだなって、この歳になってわかったって話です」

「はぁ、そうなんですか……」

「彼女たちはね、自分の母親みたいな結婚はしたくないって思ってるんですよ。でも、今って、不安定な時代じゃないですか。結局は、生活を優先して、母親と同じ道を歩もうとしてる。矛盾の中を生きてるんです。その点、北沢さんは、条件より人柄を重視してるのが、奇特な人だなって思ったわけです」


 支離滅裂な話の結論が、やっと見えた。

「それはどうも」と言って、この話が終わったことにホッとしながら、すっかり冷えたおみそ汁を飲んだ。


「そういえば、差し出された手を握らなかったって言ってましたけど、そうすることに恐怖心があったんじゃないですか?」


 むせそうになって、私はおみそ汁を慌てて置いた。

 恐怖心? そんなものがあったのかどうか、考えてみたこともない。

「さ、さぁ」と首を傾げる。


「好みがバラバラっていうのも、実は顔はバラバラだけど、内面は似てたりしませんでした? 相手が恋愛対象になるかどうかって、過去のイメージに縛られるもんなんですよ。これって、心理学では常識なんですけどね。そして、おもしろいことに、過去にフッた相手にそっくりな顔をした人に、だいぶ経ってから恋したりしてね。きっと、北沢さんにも心当たりがあるはずですよ」


 すごい決め台詞を言ったかのように、ドヤ顔で私の反応を窺う川崎に、私は戸惑いと苛立ちを覚えた。

 こんな皮肉ってあるだろうか。決めつけとか上から目線が嫌だと言ったはずなのに、時間の経過とともに口がなめらかになったのか、上から決めつけたような大仰なことを言っては悦に入ってるような態度が鼻につく。


 最後までこんな調子で、二時間半ほどが経った。

「川崎さんも、明日仕事でしょう? そろそろ今日は……」と言うと、「たくさん話せましたね」と満面の笑みで川崎は言った。


「楽しかったなぁ。北沢さんがちゃんと話せる人だったんで、久しぶりに楽しかったです。僕はもっと話してられますけど、北沢さんも明日早いでしょうから、続きはまた今度にしますか」


 そう言って、川崎はやっと腰を上げた。


 乗り切った! 解放された! 心の中でそう叫んで、私はホッと息を吐き出した。早く帰りたい一心で、彼の最後の言葉もあまり聞いていなかった。


 きっちり割り勘にして、送って行くという申し出を固辞して、私は今日のお礼を言って駅の方へ歩き出した。


「気をつけて! またメールしますね!」


 背後から川崎が叫んだ。私は半身振り返って、軽く会釈した。


 その一方で、頭の中では、今後どう断るかを考えていた。面と向かってその日にすぐは断りづらいものなのだ。



 翌日、仕事の合間を縫ってお断りの文言を練り、ゆうべのお礼とともに送った。


「ゆうべは貴重なお時間、ありがとうございました。


 私たち、少し考え方や感じ方が違うところがあるみたいで、

 そこが気になってしまいました。

 この先も、そういう違いを乗り越えてやって行くのは、

 難しいのかなぁと思うところです。


 これまでたくさんメールをいただいて、会ってもいただいて、

 とても感謝しています。

 本当にありがとうございました。


 私たちは縁がなかったけれど、

 川崎さんなら、きっとご希望の年代の素敵な女性と巡り合えると思います。

 

 これからもお元気で、お仕事その他、がんばってくださいね。

 ありがとうございました」


 送信ボタンを押すと、晴ればれとした気持ちになった。

 まだ引っ切りなしにオトコたちのアプローチはある。その中から厳選しつつも、今後は自分からも狩りに出かけるのだ。いや、婚活が海だとしたら、釣り? どっちにしろ、新しい年に向かって、新しいステージに進む。私は久しぶりに、ワクワクしていた。


 その日のうちに、川崎からもメールが来た。

 終了を確認するつもりでメールを開く。それによって、私のワクワクが打ち砕かれるとは想像もしなかった。


「昨日はありがとうございました。

 たくさん話せて楽しかったです。

 生物の中でも、話ができるのは人間だけ。

 そして、直接会って話すと、メールよりも多くのことを伝えられますね。

 とても有意義な時間だったと思います。


 今日は、メールが遅くなってすみません。

 新しい小説の構想が浮かんで、早く北沢さんに読んでもらいたくて、

 そっちに集中してたんですよ。


 どういう形で送ればいいですか?」


 読み終わって、私は文字通り、口をあんぐり開けた。

 終了を意味する文字がどこにもない。ひょっとしたら、私のメールを見ていないのだろうか?


「すみません、今日、午後にメールをお送りしたんですけど、

 届いてないですか?


 つまり、その小説は送らないでください。

 この段階で受け取っても、何もできないですし、

 だったら読まない方がいいと思うので、申し訳ないですけど……」


 すぐに返事が来た。


「メールくれたのは携帯の方ですよね?

 今日は、ずっと職場のパソコンに向かっていたので、まだ見てないです。

 今、見ようとしたら、携帯を車の中に忘れてきてるみたいで。


 とにかく、あとでまたメールします。

 すみません」


 まだ、終了ではなかった。でも、もうすぐだ。早く解放されて、自由になりたい。


 大げさでなく、私は本当にそう思っていた。

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