ずれたオトコたち

ちょいワル。

 こういうのは、本当に不思議だなと思う。


 先日、由佳子と飲みに行って、私は「こわい目には遭ってないから大丈夫」と言ったばかりだった。


 なのに、そのすぐあと、夏の終わりにネタのような出来事があった。

「大丈夫」なんて言ってると、天がその油断を戒め、気を引き締めさせようとでもするのだろうか。


 もう、全部をカウントできてるかあやしくなって来てはいるけど、一応、No.24としておこう。

 四つ年上のそのオトコは、私の住む街から特急で一時間半弱、各駅停車だと二時間半以上かかる所に住んでいた。


 婚活サイトのマッチング倶楽部経由で何度もやり取りし、その後、プライベートアドレスでも楽しく会話し、いよいよ会おうとなった時、私が電車で彼の住む街まで出向くことになった。

 それは別にかまわない。車好きの彼が、自分の車で自分のテリトリーのおすすめの場所に案内したいという趣旨に異存はなかった。


 何が私の関心を引いたかと言えば、何年か前までスタジオミュージシャンをやっていて、今でも趣味でバンドをやってるという点だった。担当はギターで、メールにもビートルズが使っていたギター——実物なのか、同モデルという意味なのかは訊かなかったのでわからない——を、ネットオークションで買っただのといった話が楽しそうに書かれていた。


 私は、知り合いがオヤジバンドをやっているせいもあって、ライブなどによく行っていた。いい歳をしたおじさんたちが、純粋に情熱を傾けて練習に明け暮れ、その成果を披露する姿を見るのは、けっこう好きだった。

 たとえ、頭が禿げていたとしてもカッコよく、かわいく見えたりもして、キュンとすることさえあった。その時だけだとしても。


 打ち込める趣味があるオトコ。

 今まで、そういうタイプはバードウォッチャーさんしかいなかった。

 今回会うオトコに関しては、私もキーボードなんか弾いて、彼といっしょに楽しむなんてこともできるんじゃないかと、気づけば具体的な妄想が膨らんだりもしていた。最初から取っ掛かりがあるのは、いい兆候に思える。



 私が時間通りに駅に降り立つと、すぐに近づいてくる人影があった。


 長めの縮れた前髪を軽く横分けにして、片目はほとんど隠れて見えない。

 年季の入った革ジャンに、細いジーンズ。片山と名乗ったNo.24氏は、痩せた小柄なオトコだった。


「北沢さん? いやぁ、トシだトシだって謙遜してたけど、全然かわいいじゃん。スタイルもいいし」


 第一声が、それだった。いわゆるちょいワル系のオヤジへと真っ直ぐに突き進んでいくタイプのようだ。

 全身を舐めるように見られて、ちょっと居心地が悪くなる。


「そんなんで、どうして婚活なんて……ふつうにカレシ、できるでしょう?」

「いえ、そんなに出会いもないし、巡り合わせが悪くて」


「へぇ?」とぶっきらぼうに返してきた声には、納得しかねるという響きが混じっていた。お世辞が多分に入っているとしても、悪い気はしない。


 車も好きだと言っていたとおり、彼が「こっち」と指し示した先に停まっている車はかなり車高が低く、素人の私が見てもふつうじゃないとわかるような——クラシックな感じというのか、おもちゃを大きくしたようなというのか——黒い車だった。


 私を助手席に乗せると、片山は車の説明を延々としてくれた。

 その間、私のお尻はアスファルトの細かな起伏を直になぞるような振動を感じ続け、だんだん痺れたようになっていった。体に負担がかかって、まったくリラックスできない。


「友だちなんかは、二度と俺の車に乗りたくないって言うんだけどね、まあ確かに、快適な乗り心地とは真逆だよ。でもさ、この走りがダイレクトにビンビンと体に伝わってくるのが堪らないんだよね」


 車のことはよくわからない。だけど、私もその友だちに一票だなと思った。

 夕方近くまでドライブする予定だと言うのを聞いて、正直、体と精神が保つか不安になるほど、疲れる乗り物だった。

 

 高台にある展望台公園で、やっと車から解放された。

 景色を見渡せるベンチに座って、片山の買ってくれた缶コーヒーを飲みながらおしゃべりをする。


「北沢さんはさ、大学行ったんでしょう? 俺ね、そういう人にコンプレックスがあんの」

 片山は大学に行きたかったのだけど、家庭の事情で叶わなかったそうだ。高校を出てすぐに知り合いの工場こうばで働き、家計を支えたと言う。


「何を勉強したかったんですか?」と、私は訊いた。

「こう見えてね、文学青年だったんだよ。ひたすら文学読んで、それで勉強したっつって卒業証書もらえてさ、就職だっていいとこ入れるわけでしょ? いや、ほんと、大学行きたかったよ」


「文学なら、今だって読めるじゃないですか」

「なんかさ、大学が叶わなかった時点で、遠ざかっちゃったんだよね。もちろん、たまには読んだりするけど」


 そう言って、片山はここ数年読んだという数冊の本のタイトルを挙げた。賞を取ったりして話題になっていた小説だ。


「それよりね、職場にバンドやってる人がいて、俺のこと認めてくれてさ、いっしょにやってるうちにいいとこまで行って。まあ、結局はスタジオミュージシャンがせいぜいだったんだけど、楽しかったよ」

「どうしてやめちゃったんですか?」

「なんかね、あぁいうのも、いつまでもやってらんないんだよね。チャンスをうかがいながらね、一応、昔はメジャーデビュー目指してたんだけどね、どんどん若いのも出て来るしで、ある日、プツンって。急に虚しくなったの。俺、いつまでこうやってんのかなぁって。で、五年くらい前かな、知り合いが今の仕事を紹介してくれて、故郷に戻って来たの」


 片山は、地元の中堅の工場で働いてる。詳しい仕事の内容は教えてくれなかった。


「もう、まったく未練なし?」

「そうね。今は、やり切ったって感じだな。その前までは、まだまだ、まだまだって、突っ張ってたけどね」

 そう言って笑った。


「あ、そうそう。今朝、気づいたんだけどさ、明日の夜、花火大会やるらしいんだよ」

「え、花火!? 見たかったなぁ」

 残念そうに私が言うと、「明日も来る?」と片山が笑った。


「さて、と」

 伸びをしながらベンチから立ち上がると、片山はこちらを振り向いて、恭しくお辞儀をするように言った。

「では、お嬢様をとっておきの場所にご案内しますか」


 そこからが悪夢の始まりだった。

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