見かけ倒し?
期待しただけに、いきなりの不発はショックだったけれど、今の私はようやっとエンジンが全開の状態になっている。一週間と空けずに、またエクセレント・タイムに出向いた。リベンジだ!
再び立花に応対されて、スタッフはいないのかな? と、ちょっと気になった。
先日の二人目の名前を出してどうなったか訊くと、何度か電話をしたがまったく出ないので、保留にしてほしいと言われた。
立花にプロフィールカード用の写真を渡すと、自分で男性会員のファイルを棚から出して、ページを繰り始めた。
先日の一冊目と打って変わって、No.2と書かれたファイルにはめぼしい人が見当たらない。三冊目は、ファイルポケットの半分以上が余っていた。
かなりガッカリした。
今日は帰ります、と奥の立花に声をかけると、慌てたようにこちらに出てきた。そして、「ちょっと待ってくださいね。私のおすすめの人が……」と言いながら、二冊目のファイルをパラパラとめくり、途中で手を止めた。
「この人、百田さんって言うんですけど、すごくいい人ですよ〜」と、勤め先や明るくてさわやかだという性格の良さを強調して、推してくる。
写真を見ると、コロコロした感じの上半身(下半身は写っていない)に、気のよさそうな笑顔を浮かべている。さっきは見逃したけれど、悪くないかもしれない。
そんな私の様子を見て取って、「電話してみましょうか?」と立花が言った。
「そうですね、お願いします」と答えると、すぐにダイヤルをプッシュした。
「あ、もしもし、エクセレントの立花です」
ほんの数言、何やらやり取りしたのち、突然「えーーっ!」と立花が叫んだ。
「そうでしたか〜。それはそれは、おめでとうございます。えぇ、いや、とんでもないです。よかったですね。いやいや、わかりましたよ。どうぞ、お幸せに。はいはい、失礼します〜」
なにかメデタイことがあったみたいだ……。
って、そんなこと思ってる場合じゃない!
いったいどうなっているの!?
立花によると、思ったとおり百田さんは売約済みだそうだ。
ファイルから彼のページを抜き取るでもなく、立花は「新しい会員さんも随時入るから、マメに見にきてくださいね」と言って会釈すると、決まり悪そうに奥へ引っ込んだ。
勝手に彼女ができてた人はともかく、何度かけても電話に出ないだの、活動を休止してるだの、しまいには、この相談所を通さずに婚約だか結婚だかした会員を、そうと知らずに推してくるなんて。
私は会員ファイルを睨みつけた。こんなに綴じてあるけど、この中にいったいどれだけの実効会員がいるんだろう?
あんまり考えたくないことだったけれど、疑う気持ちがふつふつと湧いてくる。
見たからとて、確かめられるわけでもないけれど、私はもう一度テーブルについて、ファイルをじっくりと見てみた。
そして、入会年月日が古い人が多いということに気づいた。
騙された!?
いや、そこまでじゃないとしても、少なくとも、ここは相談所として適性に稼働してない可能性がある。
しかし、こういう時、その疑問をストレートにぶつける勇気がないのが私のヘタレなところだ。相手は恰幅のいい男性だし、周りには誰もいない。疑いをかけて、逆に凄まれたらどうしよう……。
立ち上がると、血の気が抜けるような感じがした。この前払ったばかりの数万円が、ドブを流れていくのが見えるようだ。
どうしよう……どうすればいいの!?
棚の前できれいな洋書の表紙を眺めながら、腹立たしさと悔しさと、なんだかわからないような泣きたい気持ちを湛えて、私は立ち尽くすしかなかった。
どれくらい、そうやってボンヤリしていただろうか。
「会員さんですか?」と声をかけられて、ハッとした。
見ると、三十歳くらいの、若干チャラめのオトコが後ろに立っていた。
「そうですけど」と答えると、「あの……かわいいっすよね。俺、申し込んでいいですか?」と言う。
「いや、でも私、きっとかなり年上ですよ」
一瞬、私の全身をサッとチェックするように視線を走らせ、「そんなの、かまわないですよ。あとでファイル見てみますね」とオトコは言った。
私は曖昧に返事をすると、立花に向かって暇を告げた。
奥から「はいはい〜。ご苦労様でした〜」と、呑気な声が聞こえてきた。
それから数日して、立花から電話がかかってきた。
「男性からお申し込みがありましたよ。会社経営されてる方です」
驚いた。あのチャラ男くん、社長なの!?
「お年はですね、五十二歳で……」
——なんだ、違う人か。
しかも、また、おじさんか……。
でも、自分でこれだという会員を見つけられない以上、こういう申し出を受けるでもしなければ、誰とも会わずに数万円が消えることになる。
「仕事が終わるくらいの時間なら、いつでもいいですよ。合わせますから」
そう答えて電話を切ると、すぐに折り返してきた。
「明日の十七時半、こちらに来られます?」
ずいぶん急だなと思いながら、承諾した。
こうして、また十歳以上年上の人と会うことになってしまった。
あのチャラ男くんは、私の年齢に怖じ気づいたに違いない。その後も、彼から申し込みが来ることはなかった。
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