寄り道。
堤の思いがけない発言に、「えぇ!? そこまで束縛するの!?」と、千春が呆れたように言った。
何かが私の中で引っかかっている。
清香が来たくないという気持ちがわかるとは言え、この場合、私だったら彼を行かせないというよりも、自分がいっしょに行くことを選ぶかもしれないと思った。堤が自分の知らない場で何をしてるか不安になるくらいなら、新参者だからと遠慮なんてしてられない。来てしまえば、あとはただ堤の横でおとなしくニコニコと話だけ聞いてればいいのだから。
もしかして、清香の「不安」の中に、私の存在があったりする?
堤が、自分のいないところで私に会うのが嫌だとか?
それはつまり、堤の中に私を憎からず思う気持ちが潜んでいることを感じ取っている……ということだったりする?
「あ、ごめん、そういうわけで、俺は今日は二次会パスね。今日もこれから、あいつと待ち合わせてるから。あとは三人で行って」
それを聞いて、私は自惚れた考えをすぐに引っ込めた。
山辺も「あ、俺も、今日はここで」などと、いそいそしている。
「そっちもなの?」と私が訊くと、「えへへ、まあ」と笑った。
このまま帰るか、千春とお茶でもしていくか。
四人で駅の方へ歩きながらぼんやり考えていると、まず山辺が「じゃあ、こっちだから。次に会うのは、俺の結婚式で、かな?」とおどけて大げさに手を振りながら、別の道へ消えていった。
大きな交差点に来た。
「私、電車だから、こっち行くね」と千春が向きを変えながら、遠慮がちに小さく手を振っている。
不意をつかれて、千春について行ってお茶に誘おうかと迷っていると、「北沢さんは地下鉄だよね?」と堤が言った。
「う、うん」
「俺も待ち合わせこっちだから、途中までいっしょに行こう」
それが合図だったかのように、千春が大きな声で「じゃあ、真奈絵さん、またね〜」とにっこりして去っていった。
思わぬシチュエーションに戸惑いながら、しばし無言で堤と歩いていると、地下へ下りる階段の前で堤が立ち止まった。顔を上げると、私が惚れたいつもの笑顔でこちらを見てる。
「なに?」
「いや、レディーファーストで。お先にどうぞ」と、階段へと私を促す。
「でも、女性があとから下りた方が、落ちそうになった時につっかえ棒になってくれそうでいいよね」と、少し急な階段を下りながら私は冗談を言った。
「じゃあ、俺の腕に掴まって下りる?」
ドキリとした。
「や、やだぁ、もう。清香さんに怒られちゃうよ」
バカバカバカ……。なぜ、冗談めかしてでも、腕に掴まらないのだ、私は!
かわいくない自分に、またしても自己嫌悪になる。と同時に、これで最後になるかもしれない堤との時間がもうカウントダウン態勢に入っていることに、胸が潰れそうだった。
その時だった。
「あのさ、待ち合わせまで、まだ時間があるから、ちょっと寄り道していかない?」と堤が言った。
えっ、来た!? 最後の最後に、チャンスが!?
口から心臓が飛び出しそうになるのはかろうじて抑えたが、胸がバクバクと派手に上下するのは抑えられない。
悟られないように「あ、そうなの? いいよ」と言った。口の中が乾いていて、かみそうになったけれど。
堤に導かれるままに、地下鉄駅の近くのコーヒースタンドでドリンクを買って、イートインのスペースに斜めに向かい合って座る。
お互いに一口二口飲んで、テーブルにドリンクを置くと、私は堤を見て言った。
「で? なんか、あった?」
「え? なんかって?」
「何か話があるんじゃないの?」
ごくり。自分で訊いて、自分で唾を飲み込んだ。
「いや、別に」
実に穏やかなもんだった。
何もないのに、私を誘ったの? 単なる、時間つぶし!?
人の気も知らないで。
何も知らない人は、呑気でいいよね。私が勝手に、心臓をバクバクさせていただけだったってことか……。
そう思ったら、またキュンと胸が締め付けられた。
お茶を飲み終わったら、私たちはおそらく永遠に終わるのだ。
「山辺さん、あんなにゴタゴタ言ってたのに、決めたら早かったね」
「だね、ビックリだよ」
「で? 次は堤さん? そろそろ年貢収めるんでしょ? 農家だけに」
私は力なく笑って見せた。
「そうなるのかねぇ」
その答えに合わせて、さらに私の鼓動が速くなることはなかった。もう最初からずっと、最高のペースで心臓は打ち続けていたのだから。手はかすかに汗をかいて、冷たくなっている。
「よかったね。なんだか、この前はラブラブじゃないとか言ってたようだけど、結局、好きになれたってことでしょ」
「いや、今でもナースの子の方が……」
「あはは、もういいよ、それは。どうせ、余裕のおノロケでしょ?」
「そんなことないよ」と、堤はドリンクを持ち上げてゴクゴクと飲んでから、視線をカップに落としたまま口を開いた。
「あのさ」
小さな小さな間があった。
「北沢さん、俺のことどう思ってた?」
不意打ちの質問に、私の心臓が最後の悲鳴を上げた。
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