第2話トラウマ


 俺は目が覚めたのか覚めてないのか、微睡の中でぼやけた思考を回そうとする。

 あれ、なんだかいつもより今日は暖かいな。

 気持ちいい。

 薄目を空けて辺りを見回す、すると肩の上に人の頭が乗っていた。


「う、うわぁぁぁ」


 驚いて勢いよく起き上がると意識が覚醒して昨日の事を思い出す。


「ああ、そっか。今日からここで暮らすんだった」

「うぅん……もう、痛いです。何するんですかぁ」


 え? 幻聴か? なんかすっごく可愛い声が聞こえたんだけど? いやいや、嘘だろ?

 俺は確認する為に彼女の鼻をつまんでみた。


「んふ~、んふ~、やぁ~れ~す~」


 なん……だと……

 どうやら幻聴では無かった様だ。

 俺は驚愕したまま固まり、つまんだ鼻を離す事を忘れていたら手が弾かれて彼女は起き上がった。


「もう、何するんですかぁ。怒りますよぉ?」


 ふわぁぁっと欠伸をしながらも体を起こしてゆっくりと目が開かれた。

 俺は、どうして良いか分からず驚愕したまま彼女を見つめ続けていた。

 そして、彼女の目が限界まで開かれた。当然俺も限界まで開いている。


「お、おはよう」


 何とか挨拶の言葉を吐き出した。だが、言葉は中々返って来ない。

 そうだ。まず俺が落ち着こう。

 すー、はー、よし。もう一度声を掛けよう。


「ど、どちらかが寝ぼけてたみたいだな。取り合えず忘れよう」


 お、おい。どちらかってなんだよ。何言ってんだ俺……

 いや、だが忘れようという言葉は良い感じだ。

 さあ、ほら! なんか言えよ。気まずいだろう?


「ご、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」


 ちょ、ちょっと待て。え? 何? その路線のまま行くの?

 そんな事を考えながらも俺の目はまた限界まで開かれた。


「アレクには全部話しますわ。私の事」

「わ、分かった。ちゃんと聞く。だから口調を戻してくれ……分かるか? 俺が女の子口調したらどう思う?」


 よし、これでいつも通りになるはずだ。


「て、てめえ、ぶん殴られたいみたいだな。誰が男だって? ああ?」

「ふぅ、それだ。それが俺の中のお前だよ。フラン」


 ふぅ、やっと落ち着いたよ。あ、痛い痛い。抓るの止めて。


「それで、話ってなんだ?」

「……この流れで話せってのかよ。まあいいや。お前がそう言う目で見てるなら逆に見せやすいし」


 そう言うと、彼女は徐に服を脱ぎだした。


「おい。ちょ、何やってんの? いや、別に俺は良いけど……」

「だ、黙ってろよ。こっちだって恥ずかしいんだよ。だけど、一緒に暮らすんなら前もって見せて置きたいんだよ。その方がダメージ少なくて済むし」


 そう言って彼女は上を脱いだ。

 そしてその下には何故か包帯の様な物ががんじがらめに巻いてあり、ゆっくりと解いて行く。

 え? どう言う事? ラッキースケベで見られちゃうから先に見せたいの?


 そんなくだらない事を考えるべきでは無かったと後悔した。

 彼女のあばらの骨はぐちゃぐちゃだった。傷跡すら無いのに骨が何本か飛び出している。


「お前、それ……」


 上手く言葉が繋がらない。

 視線もそこから外せない。

 硬直していると彼女が口を開く。


「気持ち悪いだろ。サディストのヒール持ちに目をつけられるとこうなるんだよ」


 彼女は包帯で胸だけを隠しながらそう言った。


「だ、誰がやったんだ?」

 こんな酷い事を……


 沸々と怒りが沸き上がってきて、彼女の目を見て問いかける。 


「聞いてどうすんだよ。相手は貴族だぞ?」

「貴族とか関係あるのか? いや、あるか……くそぉ……俺は弱い。ごめん」


 行き場の無い怒りが悔しさに変わり、涙が出た。

 俺にささやかでも大きな幸せをくれた上に、救ってくれた友人に何もしてやれないのか。


「これを見ても、私の為に泣いてくれるの? ……嬉しい」


 彼女はそう言って俺の顔を胸に抱いた。そしてそのまま言葉を続けた。


「私、こんなだから初めての友達なの。誰もこんなの見たくも無いでしょう? 自分で見ても気持ち悪いくらいだから……だから人を避ける様に生きて来たんだ」

「お、お、お」

「うん。だから貴方だったの。同じ痛みを知っていそうなアレクだったら受け入れてくれるんじゃないかって……ごめんなさい。もう帰れない状態でこんな事言い出して」

「ち、違う! 違うんだ!」

「え?」

「お、おっぱい」

「ひゃ、ひゃぁぁぁぁ」


 俺はいきなりで初めてのおっぱい攻撃に一瞬で涙は止まり、ダメだと分かっていても言葉は頭に入らず彼女の柔らかさに頭の中が支配された。

 彼女は叫び声をあげると同時に物凄い速度で包帯を巻き直して服を着ている。その間も俺は揺れる物を只々見つめていた。

 そうして彼女の着替えタイムは終わり、場が静寂で満ちた。

 俺も漸く少し気分が落ち着き、彼女に言った。


「聞いてなかった。もう一度、最初から良いか?」


 そう伝えると、彼女は涙目でこちらを睨みつけ体が飛ぶほどの強さでバチーンと頬を張った。

 そこで俺の意識は途切れた。





「漸く起きたかよ。この変態!」


 朝目が覚めると開口一番に罵られた。


「はぁ? ああ、お前の所に住む事にしたんだっけ。もしかして俺、寝ている間に何かしたか?」


 と、色々ダメな所を見せた事を無かった事にしたくて目を逸らしながらしれっと言って見た。

 うん。この方がお互い良いんじゃ無いかなって思うんだ。


「はぁ、忘れたってんなら良いよ。もう……いいよ……」


 あれ……何、その悲しそうな顔……

 え? マジ泣き? ごめんごめん。


「待った、嘘嘘覚えてる! 俺は気にしてないから気にすんな。構わず俺の前で着替えていいし!」

「お前! 臆病なのは知ってるけど、知らない振りしてたとかありえねぇだろ! 人格疑うわ!」

「しょうがねぇだろ! 初めてだったんだよ! 柔らかかったんだよ!」

「人格疑うわ!」


 ぐぬぬ。裏目に出た。けど、こんなに素の自分を出したのはいつ振りだろうか…… 

 ちゃんと謝って置こう。こいつとずっと友達でいたいし。


「ごめん。色々と変な事言って悪かった。俺はこれからもフランと友達でいたい。許して?」

「う、うん……許す。んで、今日はどうすんだ?」


 え? あれ? ホントに? これがちょろい言うものか。


「どうすんだって、あ……もうお昼じゃん。学校行ってねぇし……」


 俺、結構気を失ってたのね。ビンタで意識不明とか初めてだわ。


「お前、これからも学校行くつもりなの? 親とか迎えに来るんじゃねぇか?」

「あ、言われてみれば……でもまだ魔法教わってないんだけど。どうしよう」


 でも、確かに学校に来られて捕まったら洒落にならないレベル。


「あ~、まあ、他にも無料で入れる学校はあるだろ? 他には?」


 そう言えば言ってたな。ダンジョンから魔物があふれ出すのを防ぐための人員育成として、国が町に一つは無料の学校を作らせてるって。


「他って言われてもなぁ。うん、特に無いかも」

「んじゃ、今日は町の外行こうぜ。早速試したい」

「ああ、生きてる方のダンジョンか。分かった行こう」


 そうだった。あの槍もどきが使えるか試さねば。昨日は結構遅くまで二人で頑張ったもんな。俺も早く試したいわ。

 でもその前に。


「お前さ、もうその包帯いらねぇんじゃねぇか? 一緒に居るの俺だけなんだし邪魔なだけだろ?」

「え? 気持ち悪いだろ? 服の上からでも分かるぞ?」

「いや、別に服の上からなら問題ねぇよ。後、気持ち悪いんじゃねぇよ。お前が痛い思いしたってのを見せつけられて悔しくなるんだよ」

「……お前、さっきから変だぞ。嬉しいけど困る。そんなに胸が良かったのかよ」

「ちがっ、違くないかも知れないけど、そうじゃねぇよ。俺も初めての友達で、正直感情のコントロールが効かないって言うか……これからの生活にワクワクし過ぎて暴走気味と言うか……」


 正直な所を伝えると彼女は、少し唖然とした後だらしない笑顔を浮かべた。


「そ、そうか。まあ? お前は心弱そうだし? 気持ちは分からんでもない。だが、自重しろ」

「はい」


 その受け答えが終ると彼女は俺を家から追い出し、すっきりとした体形になって出て来た。

 やはり、服の上からなら余り目立たない。正直包帯を巻いている方が変だった。

 今になって考えると、バランスを合わせる為に足にまで包帯撒いてたんだろうなこいつ。

 まあ、こうして見るとベリーショートの女の子と言えない事も無いな。


「おう、そっちの方が良いと思うぞ」

「うっせぇ。行くぞ」


 ♢♦♢



 私は気絶した彼を介抱しながらも憤っています。


 この人、信じられません。どうしてあの状況でお、お、おっぱいだなんて言い出すんですか!?

 と言うか私は何故裸のまま抱き着いてしまったの……


 思わず加減無しで叩いてしまいましたけど、大丈夫でしょうか。

 でも、アレクが悪いんです。精一杯の告白を聞いて無かったからもう一回なんて酷過ぎます。

 ……告白って言葉は不適切な気がしてきました。

 

「……いやいや、告白って愛のとかじゃないから」

 と、言い訳するように呟いて見ましたが、彼はまだ気を失ったまま。

 そう言えば、この人寝ている私に悪戯してましたね。

 私も寝て居る友達に悪戯するの夢だったんですよね。

 何かしてみましょうか……

 鼻をつまんでみましょう。

 む、素直に口の呼吸に切り替えたわ。

 ……余り反応が無くてつまらないです。

 この太い眉毛、剃ってしまいましょうか。流石にそれをしたら嫌われてしまうかも知れないし、止めておきましょう。


 そんなこんなで何も出来ないまま時間が過ぎ、とうとう彼が起きました。

 顔が結構腫れてきてます。私は罪悪感をごまかそうとしたのか、言ってしまいました。

「漸く起きたかよ。この変態!」と。

 ああ、私はまたやってしまいました。加減しなかったのはやり過ぎたと思っていたのに。

 何故か彼に対しては遠慮が出来ません。無理して口調を変えているからでしょうか?


 ですが、そんな罪悪感など吹き飛ばす返事が帰って来ました。まさか。すべてを忘れてしまっているなんて……


「はぁ? ああ、お前の所に住む事にしたんだっけ。もしかして俺、寝ている間に何かしたか?」

 私はこの言葉に打ちのめされて、思わず涙が出てしまいました。

 とても怖いのを頑張って我慢してこの醜い体を見せたのに。

 それからも目の前で着替えろだの柔らかかっただの頭オカシイです。ありえません!

 ま、まあ、最後には謝って友達でいたいと言ってくれたので、結果オーライとして置きますが。


 そこからやっと普通の会話に戻ったと思ったのに、彼はまた変な話に逸れていきます。

 包帯を取れと言って来たりして、そんなに私の……が良かったのでしょうか。

 いやいや、あり得ません。見せる前ならまだしも、あんな醜い裸を好む人はいないでしょう。

 そんな風に考えて居た私に彼は言ってくれました。


「ち、違くないかも知れないけど、そうじゃねぇよ。俺も初めての友達で、正直感情のコントロールが効かないって言うか……これからの生活にワクワクし過ぎて暴走気味と言うか……」


 凄く、嬉しかった。心が飛び跳ねる感じがしました。ピョンピョンと。

 だからこそ、私は彼にとってのいつもの私に戻る事にします。

 彼と私のワクワクがこれからも続きますようにと。


 ♢♦♢


「結構遠かったな」


 漸く生きているダンジョンに到着した。時計が無いから分からないが一時間以上はかかった気がする。

 まあ、もしかしたら気まずさで黙って居たせいで時間が長く感じたのかも知れないが。

 正直自分でも思う。今日は暴走し過ぎたと。


「まあ、これで漸く試せるし、早く行こうぜ」


 しばらくぶりに彼女の顔に視線を向けると、どうやらご機嫌は直っている様だ。

 少し遠目に俺達の住む町が見える以外、一面の草原を見渡しながら背伸びをしている。


「お、おうっ。でも俺は何したら良いんだ?」


 そう言えば、無言で歩いて来たせいで役割とか全然話し合って無いぞ。


「何って……ゴブリンぶっ殺せよ。金が必要なんだから」

「いや、それは分かってるよ。役割とかあるだろ?」

「じゃ、じゃあお前が槍使えよ。私がぶっ叩いて弱らせるから」

「ああ、朝の俺みたくなってくれれば俺は楽でいいな」


 俺はまだ酷く腫れている頬を押さえて強い痛みが襲って来て、どれだけ本気で叩いたんだよと、彼女にジト目をプレゼントしてみた。

 確かに俺も悪いことしたが、気絶するほど全力を出さなくても良いと思う。


「……悪かったよ」


 彼女は肩をすくめながら申し訳なさそうに縮こまって、こちらに少し怯えた表情を向ける。

 あれ? そんなに気にしなくても良いんだが、俺が悪かっただし。

 と、すぐにジト目で見るのを止めて話を戻した。


「いや、今回ばかりはお前の怪力を期待する。この武器でゴブリンとかちょっと怖いし」

「怪力って……体の細さは変わらな……」


 と、フランは自分の体を見て言葉を止めた。


「まあ、あれだ。二人で金溜めて上級のフルヒール使える奴探そうぜ。全財産ですって直談判すれば掛けてくれるかも知れないし」


 上級の高難易度であるフルヒールなら欠損は無理だが、複雑骨折とかも元通りに戻るらしいし。

 当然、お高いです。俺達じゃ手も足も出ないレベル。


「ほ、本当? それ本気で言ってる?」


 あ、ヤバいめっちゃ喰いついてる。でもこれ可能性どう考えても低いんだよなぁ……

 下手にぬか喜びさせちゃう前にちゃんと言って置こう。


「いや、ごめん。多分受けてくれる奴は居ないと思う。勿論二人で金貯めてチャレンジするのは本気だが」

「そっか。じゃあ、もし治ったら胸を好きなだけ触らせてやってもいいぞ」

「は? マジで言ってるのか? いや、もう言ったからな?」

「ふふ、私も絶対無理だと思ってるから構わねぇよ。嬉しかったし」


 よ、よっしゃぁ~! めっちゃやる気出た。こりゃ自分で習得するしか無いな。いけるだろ、俺転生者って奴だし。

 っとまあ、あり得ない都合の良い解釈は置いておいて、所詮上級回復魔法が使えるのは人間、しかも個人だ。個人的付き合いをどうにか作って本気で誠意を見せてお願いすれば可能性はちゃんとある。

 元よりそのつもりはあったが……よし、全力でやるぞ!


「まあ、まずはこの貧乏生活脱却からだろ。私の事は良いって」

「いや、先のビジョンは必要だ。俺は忘れないからな! いくぞぉぉぉぉ」


 俺は槍を掲げてダンジョンへと突き進んだ。そして入って早々に二匹のゴブリンが待ち構えていた。


「お、お前、何で先に行くんだよ馬鹿! 私が先だろうがっ!」


 と、フランが槍を構えた俺を追い越して、ゴブリンの頭を二つボコッボコッっといい音を立てて吹き飛ばした。頭が壁にぶつかったと同時に残った胴体も蒸発して魔石が落ちる。


「……あれ? フランさん? 一撃で倒してるんですけど?」

「あれれ、二年振りだからか? まあ、倒せるのは良い事だろ?」


 いや、そうなんだけどね? いやいや、待て。それだと俺が強くなれないだろ!

 と、考えて居るとフランは「苦労して作った自作の石斧より木の棒の方が頑丈とか……」と若干凹んでいる。

 そんな事より俺だけ強くなれいないのは困るのだが……


「や、役割交代しよう」

「はぁ? 意味ねーだろ! 別にそのまま突けば良いじゃねぇか。ダメな時は私が吹き飛ばすから」

「あ、そっか。分かった。さぁ、どんどん行くぞ~」

「なんか、お前のイメージが今日一日でどんどん変わっていくんだが……」


 そ、そんな怖い事言うなよ。自分でも制御効かないんだから……

 まあ、でも何度か嬉しいって言葉も聞いてるし、嫌われてはいないはずだ。きっと。

 よって、俺は付き進む。我が友の傷痕を消す為に。


 そして二度目の戦闘が始まった。今回は三匹だ。


「よし、一匹は任せろ」

「試しだし、無茶して怪我すんなよ?」

「ああ、分かってる」


 そう言って俺は壁際により、一匹だけ引き受ける為に回り込んだ。


「頼む。ちゃんと倒させてくれよぉ」

 と、呟きつつも大きく踏み込みゴブリンの胸に槍を突き入れた。


 ゴブリンは苦しそうに槍に突かれたまま掴みかかろうとする。それに恐怖を感じて槍を持ち上げ切り裂こうとした所で絶命した様だ。足元に魔石が転がった。


「お、何とかそっちもやれそうじゃねぇか」


 と、フランの声が聞こえ視線を送ると、木の棒を担ぎながら嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 前より身体つきが華奢に見えるからか、太い木の棒を片手で軽々と振り回す彼女を思い出し、レベルアップというものが本当にあるんだと実感する。


「はぁ、これじゃお前との差が開くばかりじゃねぇか。もっと頑張らねぇとな」

「まあ、私は毎日これで生活してたんだ。すぐ埋まるもんじゃねぇって」

 と、会話しながらも次の敵を探して俺達は歩き出した。


 その間俺は、必死に考える。

 確かにフランの言う事は正論なんだが、友達におんぶされ続けるのは流石の俺もプライドがある。

 さてどうやって埋めたものか。

 取り合えず狩りまくるのは当然として、ネトゲ的な思考で考えると。こういうのは最初にしっかりと考えるのが重要だ。一匹でも多く効率良く狩れる様に。

 って言っても魔法もスキルもポーション類も使えねぇしな。

 取り合えず次は首を狙ってみるか。一撃でさくっと倒せる場所を探そう。後はマッピングか。地図を頭に入れないと効率良く回れないからな。

 他には釣る方法とか……いや、これはまだいいや危険そうだし。


 そうこう考えるうちにゴブリンを発見した。今回も三匹か。


「さっきと同じで頼む」

「あいよ」


 本当なら二匹貰いたい所だが、一撃で倒せる場所を探すのが先決だ。

 それにしてもこいつらの走りは馬鹿っぽいな。両腕を上げてサルが踊りながら走って来てるみたいに見える。まあ、喉元を狙うんだからありがたい限りだが。

 そして、間合いに入ったゴブリンに踏み込んで喉元に突きを入れた。

 うん。弱いな。避けそうな感じすらない。と、感じた通りにきっちり決まり、今回は刺した直後に魔石に変わってくれた。


「おお、やるじゃん。流石だな、変態」

「ああ、任せろ!」

「…………」


 あれ? 冗談かと思って乗ってみたらなんか冷たい目で見られてる。

 ここはなんて返すのが無難だろうか? 

 ……黙ってても仕方ないし、難聴系で行って見よう。


「待て待て。今、変態と言わなかったか?」


 返事が無い、ただの変態を見る目の様だ。

 今日はあまり一緒に居ない方が良いかもな。

 これ以上可笑しな事を続けたら本気で嫌われかねないし。


「はぁ、ここから別行動しようか」

「え? なんで? お、怒ってるの?」


 何故そう思ったんだ? 怒ってたのはそっちだろうに。

 何故か口調も乱れてるし。


「いや、そこは大丈夫。自分でも変なの分かってるから」

「そ、そっか。あ、もしかして数をこなしたいから?」

「ああ、一撃で倒せれば問題無いだろ? 足も遅い事確認出来たし。各自やりたいだけやって個別に家に戻ろう」


 こうしておけば長時間やるだけで強さ的に近づけるし金も溜まるし今日の変なテンションで迷惑かける事も無いだろう。


「分かった。じゃあ明日どっちが多かったか比べようぜ」

「ん? 何か賭けるのか?」

「ん~、明日の昼飯でどうだ?」

「無難な所だな。乗った」


 俺はニヤリと笑みを浮かべ、返事を返すとフランは「おっ先~」と駆けだしてゴブリンを狩りに行ってしまった。

 だが、俺に遠慮したのか馬鹿なのか、彼女来た道を逆走していった。 

 何にせよこれからは一人だ。俺はフランと違って強く無い。本気で集中してやらなきゃな。

 そう心に言い聞かせつつも狩りを始めた。


 戦い方はいたってシンプル、大きく踏み込み突き大きくバックステップ。

 数匹いてもそれなら問題無く捌ける様だ。回数を重ねながら疲れない方法を探していく。

 結局の所、横並びに囲まれて居なければ余り下がる必要は無かった。

 たまにフランとバッティングして手を振り合って別の道を選ぶ。どうやら彼女も俺と同じで気分が高揚している様だ。

 だが、俺程じゃ無いだろう。

 俺は昨日から、制御できないくらいに心が躍っているのだから。

 次の敵をと、自然と歩き出す。


 永遠と同じ動作を続けていたからかまるでネトゲの作業をしているかの様な気持ちで狩り続けた。

 そう、あの無表情の様でいて、やる気が無い様にも見える目をして最短の動作で狩りを続ける、というあの状態に陥ったのだ。

 都合が良いのでそのままぶっ続けで狩り続けた。

 そして気が付くと足が棒の様になり動きづらくなってきていた。

 幸い、道はほぼほぼ全部分かっていたので最短ルートでゆっくりと外に出ると、深夜になって居た。まあ、ここに来たのはお昼を過ぎていた訳だから、十時間やったかどうかって所だろう。

 ……あれ? 凄くね? 余り覚えていないが、休んだ記憶は無い。これならフランを追い越す日も近いな、と顎をさすりながらもあの家を目指した。

 本当は休むべきなのだろうが、止まったらもう動ける気はしないので、辛かったが最後まで歩き切った。

 そしてたどり着き、ドアを開けると彼女は少し怒った目でこちらを見ていた。


「遅い! 遅すぎる! 何かあったのかと思ったじゃないか!」

「え? フランはどのくらいで帰ったんだ?」

「日が沈む頃には戻ったよ! それが普通だろ? 飯一回奢りくらいでどんだけムキになってんだよ!」


 別にそこを気にして籠ってた訳じゃ無いんだが。

 というか、なんだろうな。この家に来てからフランの事が女の子に見えて来た。

 いや、実際女の子なんだが、変わった事と言えば包帯を取って華奢に見える様になっただけなんだが。

 やっぱり、裸を見たからだろうか? 俺、物欲過ぎないか?

 いや、男ってそんなもんかも知れないな。


「おい、何で黙ってんだよ……」

「いや、何でもないよ。それよりお母さんご飯」

「お前の母親じゃねぇーよ!」


 彼女はそんな事を言いながらも俺の分も買って来てくれていた様だ。良かった。この時間じゃ店やってないしどうしようかと思ってたんだ。

 二人分出したという事は、食べずに待って居てくれたのだろう。律儀な事だ。

 俺達は食事をしつつも、ゲットした魔石を数えていった。


「よし、俺の方は二百十三匹だな」

「……百六十四」


 フランは賭けに負けたからかブスッとした顔をしているが、この結果は正直凄いと思う。


「にしても稼ぎが五倍以上じゃ無いか」


 そう、十時間以上のソロで休憩なしではあったが、日当一万六百五十円は結構凄いだろう。

 前世で考えても子供のバイトと考えれば高い方だ。これでゴブリンだと言うのだからこれからどれだけ稼げるかが楽しみだ。


「そりゃそうだろ。二倍の時間かけて狩りして二倍の金額の魔石、しかも生きてるダンジョンだから沸きも良いし、大きいから狩りやすいし。はぁ、私の苦労は何だったんだよ……」


 フランはげんなりした顔で最後に愚痴をこぼした。


「まあ、そのおかげでお互い一人でやれたんだし。ありがとな」

「そうだな。お前には家を買って貰う予定だし、それでチャラにするか」

「お前それ本気で言ってんのか? 無理に決まってんだろ!」

「家っていくらくらいするんだ?」

「いや、知らないけど、金貨百枚以上はするんじゃ無いか?」


 金貨一枚で大体十万円くらいの物価だし、家だけ別じゃ無ければ一千万以上くらいに考えておくべきだろう。


「そ、そんなに高いのかよ……ま、まあアレクなら大丈夫だろ?」

「何を根拠に……」

「ダンジョンにあんなに長時間籠る馬鹿はお前くらいだからな」

「え? そうなのか?」


 仕事として捉えるなら八時間くらいは普通にやるもんじゃないのか?


「ああ、移動は別で考えて、普通は長くても五時間程度。その上で一週間に二回くらいしかやらないんだよ」


 移動時間は別か。と言っても週二回とか少なすぎじゃ無いか?


「はぁ? 普段は何してんだよ」

「そりゃ、命賭けてんだからその分楽しくやってんだろ?」


 ああ、そう言う事か、いつ死ぬか分からないから貯めるより楽しめなんだな。

 だがいい事を聞いた。それは週二日の五時間程度で普通に暮らしていける程に稼げると言う事だ。

 これはフランの体を直してやるのも不可能じゃ無いのではないか?

 そうすれば……と、色々と思考をしながら眠りに就いていった。

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