ヒロインキャラの要求

 わたしたちは一つの扉の前へと案内された。


 「入るぞ」と、お偉いさんのうちの一人が声を出して返事も聞かないうちに扉を開いた。


 アレックスの研究室は整理整頓がしっかりとされていて、紙が床に散らばっていたりとか、意味不明な物が散乱していたり、とは無縁の部屋。

 彼の部屋の内部はゲームをやっているときに何度か見たことがあるから、わたしは既視感を覚えた。


 うんうん、ゲームと同じだね、って。


 室内は続き間になっていて、レイアは案内されるまま奥の扉を開いた。

 わたしも顔をのぞかせると、フローレンスとアレックスが驚いた様子でわたしたちのことを凝視している。


「どうかしましたか?」

 アレックスが声を出した。

「わたくしの正体に心当たり、ないかしら」


 レイアはアレックスたちをじっと見つめ、自身の内側から大きな魔力の波動を放出した。

 髪の毛がぴりりとする。静電気を浴びているみたい。

 静かに怒りを携えたレイアの魔力に、一同息を呑む。それはアレックスとフローレンスも同じだったようで。


「これは、これは……黄金竜のご婦人。まさかここまで追ってくるとは」


 アレックスは、黄金竜が卵を取り戻しにやってきたのが不思議に思ったらしい。


「当たり前でしょう。あなたたちは、わたくしの友人から何を盗んだのか理解しているの?」

 レイアがついと前に進み出る。

「ああ、当事者の黄金竜ではないのか……。ええもちろん。竜の、卵を持ち出したのです」


 アレックスが頷いた。

 開き直っているのか、それともこれが素なのか。黄金竜の追手たるレイアを前にしても動じていない。


「あなた……リーゼロッテ」


 アレックスの隣で目を見開いているのはフローレンスだ。

 かなりびっくりしているのか、その続きが出てこない。


 うん、わかる。びっくりするよね。死んだと思っていたリーゼロッテが突然金髪美女といっしょに登場するんだもん。


「黄金竜と一緒にリーゼロッテ嬢まで……。あなた、たしか亡くなったのでは」

 と、アレックスもレイアの隣にいるわたしに一度注目。

「まあ、色々とあったのよ」

 わたしは説明が面倒で色々で済ませた。じゃないと話が進まない。


「それよりも、ハルミン先生。あなた今竜の卵と言ったか」

「まさか、この方のおっしゃる至宝とは竜の卵と」


 アレックスの放った言葉のインパクトの方が大事だったのか、学園のお偉いさんたちが驚愕の声を出した。


「ええそうです。わざわざドランブルーグ山岳地域・不可侵山脈、要するに竜の領域まで赴きまして。産卵直後の弱った竜の棲み処から卵を一個もらい受けてきたのです」

「まさか!」

「竜の棲み処と」


 お偉いさんたちが興味を持ったのが空気で分かった。

 だってこの人たちだって魔法使いだもん。そりゃあ気になるよね。

 レイアの漂わせる空気が数度下がって、わたしは隣が怖くて仕方ないけど。


「彼女は一言も譲るなどと言っていません。今すぐに返しなさい」


 レイアがぴしゃりと言い放つ。


「まさか卵一個のために別の竜までしゃしゃり出てくるとは」


 アレックスがやれやれと言った風に肩をすくめた。

 いや、自分の生んだ大事な卵が盗まれたら何としてでも取り戻したいって思うでしょうよ。こいつはアホなのか。


「残り三個も残っているんだから、一個くらい分けてくれてもいいでしょうに」

「この男まだ言いますか! レイ……とと、奥様ぁ。今すぐに黒焦げにしちゃってもいいですかぁ?」


 ティティが物騒な言葉を放った。

 怒りでなのか、彼女の赤い髪の先が炎のように燃え上がっている。


「ここであなたが暴れるとリジーにも被害が及ぶわよ」

「そ、それは……困りますぅ」


 一応レイアも冷静らしい。わたしはほっとした。


「な、なによ。あなた黄金竜にリジーなんて呼ばれちゃって。しかも、その子……炎の精霊じゃない。ど、どうしてあなたみたいな人が……」


 フローレンスが一連のやり取りを見てどこか悔しそうな声を出す。


「とにかく、卵を返しなさい。黄金竜はあなたたちが考える以上に愛情深いの。卵一個だろうと全力で取り返しに来るわ」


 レイアはそう言って再び魔力を体外に放ち始める。

 ぴりりと大きな魔法の波動を感じる。お偉いさんたちが「おお……」とか「うわ」とか声を出す。室内の物が振動を始めた。


 ここに居るのは全員が魔法使い。レイアの見た目からは想像もつかない魔力の大きさにそれぞれが事の重大さに初めて気が付いたよう。


「で、でも……」


 フローレンスは不服そうに眉を寄せる。

 スーパー怒っているレイアを前に、ある意味すごいなとわたしは彼女の神経の太さにちょっとだけ感心した。


「さあ、早く!」


 レイアが一括する。

 フローレンスが一歩後ずさる。

 彼女はレイアとわたしとティティを順番に見ていった。


「せっかく手に入れた竜の至宝。一つくらい譲ってくれてもよいでしょう。きちんと僕が卵を孵して見せますよ」


 アレックスはまだあきらめきれないらしい。


「人間が竜の卵を孵せるわけがないでしょう! 何を世迷言を」

「ここでは無理ですが、白亜の塔でなら。勝算はあります」


 アレックスは竜の卵を孵す条件をある程度は知っているのかもしれない。

 つーか、白亜の塔ってそんな簡単に使用できるものなの? ってだれか突っ込んであげて。


「話にならないわ」


 レイアがアレックスに向かって腕を振り上げたとき、室内の窓に一斉にひびが入り、そして大きな音を立てて割れた。


 ガラスが一斉に割れた音に驚いてわたしは耳を塞いだ。窓辺にいたお偉いさんの一人は、とっさに魔法を使う暇もなかったのか、腕から血を流している。

 ヴァイオレンツはフローレンスを腕の中に引き入れて庇っていた。一瞬のできごとだったのに、その素早い動きがすごいとか思ってしまった。


 風が室内に入ってくる。

 その風がレイアにまとわりつく。


 レイアは「ああもう……」と額を押さえる。


「最悪の事態よ。わたくしの友人がいま、学園の空の上にいるわ。黄金竜は産卵直後情緒不安定になってね。……要するに、わたくしと違っていまの彼女に言葉は通じないの。卵を取り戻すまで暴れるわ」


 わたしの顔から血の気が引く。

 卵産む前からどこか人間に対して不審げだったルーンが、今回その人間に卵を盗まれて、穏便にことを終わらせるなんて、無理じゃない?


 なんて思っていると、窓の外から何かが壊れる音と、悲鳴が聞こえてきた。


「ていうか、他の卵は誰が守っているの?」


 わたしが疑問をこっそり口にするとティティがわたしの耳元でこそっと「あ、なんか旦那さんが戻ってきたみたいですぅ。ミゼル様が知らせに走ったみたいで」と教えてくれた。


 なるほど。


 外からは魔法の衝撃で何かが倒れる音と悲鳴が聞こえてくる。

 ちょ、早く卵を取り戻さないと本気で死人が出るんじゃ……。


「ていうか、リジー様。私の側から離れないでくださいねぇ」


 彼女はさっきからわたしのことを守ってくれている。ありがたい。

 そんなわたしたちの様子を見ていたのか、フローレンスが「わかったわ。仕方がないけど卵は返す」とレイアに向かって叫んだ。


「そんな!」


 この期に及んで不満そうなのはアレックスただ一人。

 かなりいい性格しているな、って今日悟ったよ。


「いいのか、フローレンス! きみだって黄金竜の卵を欲しがっていただろう? わたしは嫌だ。せっかく手に入れたんだ―」

「その代り、条件があるわ」


 不満たらたらに文句を言うアレックスの言葉をフローレンスは遮った。


 レイアはフローレンスを無言で見つめ返す。

 フローレンスは、一度言葉を区切ってから視線を私に向けて、再度レイアを見つめて声を出した。


「条件は、そこのリーゼロッテ・ベルヘウム。彼女をここに置いていくこと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る