盗人の正体
わたしたちはルーンの住居へとやってきていた。
わたしを乗せたレイアの元に半狂乱のルーンが姿を現したあと。とりあえず他の卵が心配だからと彼女の住まいに戻ったのだ。
わたしは遠慮したほうがよいかなと思ったんだけど、ルーンはわたしのことを拒絶しなかった。
ルーンの住まいもレイアたちのそれと同じように、山の中腹の固い岩肌をくり抜いて作られていた。すこし湿っぽい洞窟の奥へ進むと、少し開けた空間が現れ、奥にはきれいな楕円の形をした水晶の塊が置かれていた。わたしが両手で抱えることができそうな大きさの、濃い黄色をした水晶は、カット面が魔法の光に反射をして黄色く光っている。シトリンとかこういう色をしていたっけ、なんて思っているとレイアが「一個盗まれたということは、全部で四個生んだのね」と言った。
「えっ?」
「あれが黄金竜の卵よ」
レイアが教えてくれた。
あの、見るからに大きな宝石にしか見えない、というか水晶かなって思うものが黄金竜の卵ってこと?
わたしの想像していたものとはるかに違った。ていうか、普通の卵を想像していましたよ。
わたしの驚きっぷりにレイアは「人間にはあまりなじみがないものね」と苦笑した。
ルーンは卵を守り隠すような体勢をとる。
「ああして卵に魔力を与えてあげないと孵化できないの。それで、ルーン。一体何があったというの?」
レイアはわたしに説明をしたあとルーンに尋ねた。
ルーンは顔を上げた。その表情に覇気がない。
ルーンはレイアへの返答ではなく、小さく歌うように言葉を紡ぎ始める。それは竜の言葉だった。
わたしの前で魔法が編まれていく。竜の言葉に乗って水の粒がルーンの近くへ集まり出す。
「水鏡の魔法を使っているの」
レイアがわたしの耳元でそっと囁いた。
精霊たちにお願いをして、彼らの見たものを、彼らの記憶を水に映し出すのだという。
辺りに集まった水はやがて横長の薄い円形になり、スクリーンのように映像を映し出す。
「用心のために水を多く張っておいたの」
ルーンの言葉にわたしは、どおりで洞窟内がやたらと湿っぽいのだと思った。
ということはこれは洞窟内に溜まっていた水の精霊の記憶なのだろう。映像には人間の姿がはっきりと映っていた。
わたしは口元を押さえた。
そこに見知った顔があったから。
「どうして……フローレンスが……」
「あなたの知っている人間なの?」
ルーンがわたしに強い声を出す。
わたしはゆっくりと頷いた。
「え、ええ……。一応……」
それからわたしは、レイアとルーンに、水に映っている人間について語り始めた。
フローレンス・アイリーンとアレックス・ハルミン教師について。
二人ともシュリーゼム魔法学園でわたしが関わり合いになった人たちだったから。
◇◆◇
「それにしても、あなた付いてきて大丈夫なの?」
わたしを背中に乗せたレイアが心配そうな声を出す。
わたしは風にはためく髪の毛を押さえた。
「シュタインハルツの、それもあなたの在籍していた魔法学校にわたくしと一緒に行ったらあなたが生きているということがバレてしまうわよ」
「ああ……そのことね」
この非常時にレイアはわたしの心配をしれくれているらしい。
「いまはそれどころじゃないでしょう。ルーンの大事な卵が盗まれたのよ。しかも、犯人がフローレンスとか……意味が分からないし。レイアが一人で乗り込むより、わたしもいっしょの方がいいと思うの。王都の地理とかレイア一人じゃ不安でしょう」
「あら、分からなければ風の精霊に聞くもの」
レイアはわたしの心配を一蹴した。
わたしたちはいま、空を飛んでシュタインハルツの王都へ、シュリーゼム魔法学園へ向かっている最中。直接移動魔法を使わなかったのは、フローレンス達がどこに逃げ込んだのか正確に分からないため。
ルーンはアルマン村まで追い詰めて派手に魔法を使って威嚇をしたけれど、最後の最後で逃げられたと言っていた。彼らが移動魔法を発動させたから。
「でも、それにしたってわたしがいたほうが何かと便利よ」
「でもでもぉ。レイア様もティティも、リジー様のことを心配しているんですぅ」
と、ここでティティが口を挟んできた。
フローレンス達を追うことになったわたしたちの元へティティがやってきたのだ。わたしもリジー様のお役に立ちますぅ、と言って彼女はわたしの隣に座っている。(どうもレイアと同じスピードで飛ぶのは大変らしい)
「でも、やっぱりルーンのあの顔を見ちゃうと居ても立っても居られないのよ」
「ありがとう、リジー。優しいのね」
レイアがふわりと微笑んだ気配がした。
「それと、単純な疑問なんだけど。ルーンの旦那さんは、その……どうしているの?」
レイアの側にミゼルがいるように、ルーンの側には旦那さんはいないのかな。それがわたしの疑問だった。竜が二頭いればフローレンスとアレックス先生だけでは太刀打ちできるはずもないと思う。
「ルーンの旦那さんは、黒竜との諍いに関わっているの。人間の世界で言うなら単身赴任というやつかしら」
レイアの分かりやすい説明でわたしは即座に納得した。お仕事で留守にしているっていうわけね。
ますますルーンは一人で心細かっただろう。
「ドランブルーグ山岳地域・不可侵山脈内には黒竜も生息をしているの。けれど、彼らは理性を持たない、本能のままに殺戮を行うでしょう。だから、防衛隊というわけではないけれど、そういう役目を負った黄金竜もいるの。ルーンの旦那さんのように。それに、わたくしたち黄金竜は卵を孵すために己の魔力を生んだ卵に注ぐわ。だからこの時期体力が弱っているの。人間に後れを取ったのはそのことも原因の一つね。今が大事な時だから」
レイアの言葉には感情がたっぷりと籠っていた。
大変だったことが身に染みているからこそ、レイアは他人ごととは思えずにこうして自ら卵奪還を申し出たのだろう。
ルーンには、残りの卵を孵すという重要な役目がある。
わたしは、レイアから黄金竜の卵が孵化することがどれくらい希少か、前に話を聞かせてもらっていた。無事に育てるのがどれだけ大変かも。だからこそ、悲しんでいるルーンの役に立ちたい。
「それにしても、そのフローレンスという子はどうして黄金竜から卵を盗んだのかしら。あなたの話だと、シュタインハルツの次期国王の……婚約者なのでしょう?」
レイアが口ごもったのは、シュタインハルツの王太子の元婚約者を背中にのせているからだろう。ぶっちゃけヴァイオレンツに未練なんてこれっぽっちもないんだけどね。
「それよ。どうしてリア充を謳歌しているはずのフローレンスがこんなことしでかしたのかが、さっぱりわけわかんない」
しかも、ヴァイオレンツではなく、魔法学園の教師アレックスと一緒に。
アレックス・ハルミンはシュリーゼム魔法学園の教師で、現在二十五歳。
肩より少し長い黒髪に優しい面立ちの優秀な魔法使いで、ゲーム内では攻略対象の内の一人だった。普段は人畜無害そうな優しい先生なのに二人きりになると案外に責めキャラで壁ドンとかしてきたりする。どうして知っているかって、そりゃあ前世でアレックスルートでプレイしたことがあったから。ちなみに次期ハルミン侯爵家当主でもある。
「リジー様ぁ、りあじゅうって何ですか?」
「あ、ごめん。つい変な言葉使っちゃった。ええと、現実……実生活が楽しくて仕方ないって状況のことかな。フローレンスの場合、念願かなって王太子と婚約できたわけだし」
「なるほどですぅ。でもでもぉ、そのヴァイオレンツという男はリジー様を捨てたんですよね。わたし、納得できません! こんなにも素敵なリジー様を捨てるとか!」
「あら、でもそのおかげでわたくしたちはリジーに出会えることができたのよ?」
「それはそうですね。じゃあヴァイオレンツにお礼を言った方がよいのですぅ」
ティティが明るい声を出す。
わたしはとりあえず、苦笑いを浮かべた。
わたしの婚約破棄は避けようのないシナリオのようなものだったからわたし自身悲しいとかはホントにない。けれど、婚約破棄されたことに対してティティが怒ってくれて、でもそれがあってわたしに出会えてうれしいと思ってくれていることが、こそばゆい。
「ちなみにリジー様はもう一人の男、アレックスとかいう輩とは親しかったんですかぁ?」
「魔法学園の教師だったから、授業を受けたことがあるくらいで、個人的に親しいってことはなかったわね」
生まれ変わってからはとくにゲームの攻略対象とはわたしからあえて近づこうとはしなかったし。わたしの彼に対する知識はあくまで前世でプレイしていたゲームの記憶のみ。そういえばあの教師は何の研究をしているんだっけ。
うーん……。わたしはゲームをプレイしていた頃のことを必死に思い出そうとした。
たしか……魔法生物学とかだっけ? ほかにも薬草の授業とか、実技の授業とかも受け持っていたし。あれ、アレックス先生ってば器用貧乏?
黄金竜の空を飛ぶスピードは相当なもので、たぶん時間にして一時間くらいかな。正確な時間は分からないけれど、そこまで退屈することもないくらいの時間間隔で王都へとたどりついた。
レイアは王都の上空でいくつか魔法を使い、フローレンス達の足取りを追った。
ティティもちかくの精霊に協力を仰いで、竜と精霊はそれぞれの特性を生かして犯人の居所を突き止めた。刑事ドラマもびっくりなくらいのスピードで、やっぱり魔法すごいって思ってしまった。
フローレンス達が逃げ込んだのはやはりというか、シュリーゼム魔法学園で。
まあ、魔法がらみなんだから学園内が一番安心だよね。
というわけでわたしたちはシュリーゼム魔法学園へ向かうことにした。
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