レイアとしばし空の散歩へ

 レイルの訪問が途絶えた。


「最近レイル来ないねー」

「ねー」


 双子が寂しそうな声を漏らした。

 わたしは何て言っていいのか分からずに曖昧に頷く。

 双子が寂しがっている中でティティだけ機嫌がいい。


「うふふ。ティティはすこぶる元気ですぅ」


 上機嫌で宙を漂っている。ぷらんと垂れ下がった赤い髪がファーナの頭にかかり、彼女が「くすぐったぁぁい」と頭を振る。


「でももう一カ月も会ってないもん」


 せっかく飛ぶの練習しているのに、とぼやくのはフェイル。

 どうも、もっとうまく飛べるようになったら背中に乗せるという約束を交わしていたらしい。

 もっとうまく、というか安全運転とは何か、をマスターしてからにしてほしいけど。


 あの人、ゼートランドでそれなりの地位にいる人なんだから。万が一にでも空の散歩をしている最中に落っことして怪我でもさせたら大変。


 と、ここまで考えたわたしは思考を切り替えることにする。


 前回わたしはレイルが勝手に人の身元を調べていたことに対して怒った。だから、彼はたぶんもうここには来ないと思う。


 わたしは思考を切り替えて取ってきた薬草を仕分ける作業を再開させる。

 季節は晩夏で、夜になると風の中に冷たさを感じるようになってきた。

 深い森の中。夏は短い。


 山での冬ってどのくらい寒いのかな。暇つぶしに本とか取り寄せた方がいいのかな、なんて考える。


「あなたも寂しそうね、リジー?」

 わたしの耳元に顔を寄せるのはレイア。

「そんなこと、ないわよ……」


 言うものの、こんなにも長いことレイルが姿を見せない原因がわたしにもあると思えば覇気が無くなるというわけで。


 いまのわたしの言葉にはあまり元気がない。

 レイアは笑いを含めながら息を吐く。

 竜の姿だから彼女の息でわたしの髪の毛が少し揺れる。


「そお? あなた最近お菓子作ってもちょっと物足りなさそうにしているし。てっきりどこかの誰かに食べてほしいのかと思っていたわ」

「わたしはフェイルとファーナが喜んでくれたらそれでいいもの」

「あら、わたくしもあなたの作るお菓子は大好きよ」

「ありがとう」


「そうだわ。日々のお礼も兼ねて、ちょっとお散歩に行きましょうか」

「お散歩?」

「そう。たまには女同士、内緒のおしゃべりも必要じゃなくって?」


 レイアはそう言ってウィンクをする。

 さあ乗りなさい、と促されたわたしはレイアの背中に乗ることにする。鱗に手を添えるとひんやりとした感触が伝わってくる。


「ああああ~、お母様だけずるいっ!」

 すぐに何をするつもりか気が付いたファーナが叫んだ。


「たまには大人同士、じっくりお話することも大事なのよ。ミゼル、子供たちのことよろしくね」


 今この場にいない夫の名前を呼んだレイアはゆっくりと体を宙に浮かせる。


 レイアの背中に乗るのは二回目で、彼女が「じゃあ行くわよ」と言った次の瞬間、ふわりと風が舞う。

 あっという間に地面が遠くなったのに、襲い掛かる浮遊感はそれほどでもない。体の負荷を感じないということはレイアが魔法を使ってくれているんだと思う。


 ちなみにドルムントが風で送ってくれるときはこんなにも急上昇しないので体が徐々に慣れていく感じ。

 ずいぶんと早いスピードで飛んでいるはずなのに、前回と同じで体に受ける風圧は地上にいるときより若干強いかなと感じる程度で、わたしはレイアと話す余裕がある。


「レイルと喧嘩したの?」


 レイアの声は優しかった。

 好奇心からでもなくて、かといって押しつけがましくもない、お姉さんがけんかの仲裁をしたほうがいい? とやんわりと提案するような声音。


「んー、喧嘩というか……ちょっとわたしが怒ったというか」

「どうして?」


 わたしが素直に話す気になったことを感じたのかレイアが先を促す。


「彼、わたしの身元を調べていたの。部下が調べてきたって言っていたけれど。わたしがシュタインハルツの王太子に婚約破棄されたこととか。きっと、わたしがどんな評判だったのかも知ってる」

「そう。あなたは、それが嫌だったのね」

「そりゃ、わたしが自分から言うまでもなく……素性を知られて……やっぱり気分はよくないわ」

「そうね。女の子には秘密の一つや二つあるものだもの。勝手に暴くのはよくないわね」


 レイアは肯定してくれた。

 ミゼルもレイアもわたしの素性を知っている。


 確かに彼らもわたしが起きる前にわたしのことを調べた。精霊たちの協力を得て。そのときは、子供の持って帰ってきた人間がどんな人物か知りたいのか、親なら当然かと納得したのに。


「わたし、今はレイアたちの好意でここに住まわせてもらっているでしょう。だから、この森にいる間はただのリジーでいられたし、それだけでよかったのに。わたしもレイルのことを根掘り葉掘り聞かなかった。だからレイルもわたしのことはただのリジーだって思っていてほしかった」


 竜の領域内で出会ったから。

 だから、人間の国での肩書とか生い立ちとかそういうものは関係なく過ごして、それが心地よかった。


「彼はどうしてあなたの身元を調べたのかしら?」

「わたしに、ゼートランドの王宮に来ないかって。今後のことを考えているのなら、ゼートランドの王宮で働いてみたらどうかって」

「あら、ずいぶんと性急ね」


 レイアはくすくすと笑い声をあげた。


「それで、わたしみたいな身元不詳の人間が王宮で働けないって言ったら、彼が自分がわたしの身元引受人になると言い出して。それから話が転がって、わたしの出自を知っているって話になって……」

 つい、可愛くない言い方をしちゃったことをわたしは正直に話した。


「わたくしはあなたにずっとここにいてほしいと思っているけれど」

「でも、いずれフェイルもファーナも大人になって巣立っていくでしょう。わたしも次のことを考えないと。すぐにおばあちゃんになっちゃう」


 人間と竜の時間は違うから。

 冗談めかしてわたしがそう言うと、レイアは笑ってくれた。

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