就寝前の団欒

 夜、お風呂からあがって顔のお手入れをしていると、ファーナがひょこっと顔をのぞかせた。


「どうしたの? そろそろあなたも寝る時間でしょう」


 どうやらフェイルとは一緒ではないようだ。

 ティティはファーナの後ろにドルムントがいないかどうかを警戒しているらしく、ふよふよと室内を飛び回る。


「えへへ。リジーがお手入れしているの見てみたくって」


 ファーナははにかんだ。

 わたしは少しだけ首をかしげる。


「お母様が鱗のお手入れするのと、ちょっと似ているから」

「ふうん?」


 ファーナはわたしのベッドの上にちょこんと腰かけて足をぷらぷらする。


 ただこの部屋にいるだけでいいらしい。わたしは深く考えずに自分の顔のお手入れを再開させる。化粧水を肌に染み込ませて、そのあとはクリームを塗っていく。こういうところは前世とあまり変わらない。ティティが乾かしてくれた髪の毛を丁寧に梳いていく。梳かしつつ髪の毛の艶具合を確認したり。


「最近お外に出るときにリジーが腕とかに塗っているのは、今は塗らないの?」

「ああ、あれは虫よけ薬だもの。外に出るときだけね」


 ザーシャから買ってきた虫よけはハーブで作られていて、ハッカの香りがする。森の精霊に実際に香りを嗅いでもらうと、いくつかのハーブの名前を挙げられた。

 この世界に梅雨はないから、春から夏にかけてからりとした天気が続いていく。もちろん雨は降るけれど、暑くなってくると虫が発生するのは必然で、しかもここは人の手があまり入っていない森の中。


「わたし、リジーのこと好きよ」

「ありがとう」


 突然の告白にわたしはお礼を言った。

 ファーナはとたたっとこちらに歩いてきて、わたしにぴたりとくっついた。椅子に座っているわたしの胸のあたりにファーナが顔をうずめる。


 なにこれ、可愛い。つい、その白くてふわっふわな頬をつんつんと突きたくなる。


「お母様のこと大好きだけど、リジーのことも大好き」


 それは、このくらいの子供にとっては、かなり大好きということではないだろうか。小さいころの母親って絶対的存在だし。そのくらい好きだと言われたら、なんだか胸の奥がじんわり暖かくなる。


「ありがとう。わたしもファーナのこと大好き」

「だから……ね。ずっとずっと一緒がいいなって」

「ファーナ……」


 ファーナは顔をあげてわたしのことをじぃっと見つめてくる。


「もっとね。もっと人間のことも知りたい。リジーと一緒にお菓子も作りたい」

「もうしばらくはあなたたちと一緒にいるつもりよ」


 たぶんファーナは不安になったのだろう。わたしが人間の村に行ったから。自分たちをおいて出て行ってしまうと思ったのかもしれない。


 それは嘘ではないんだけれど……。


 うーん、困ったな。一生ここにいることはできないけれど、もうちょっとここにいてもいいかなって思うくらいには今の生活は快適すぎるし双子は可愛い。色々とまずいなあ。


「しばらくってどのくらい?」

「その質問が一番困るのよね……」


 あはは、とわたしは苦笑い。


「いい子ってどのくらいのいい子? いい子にしていたらわたしのことも人間の住むところに連れて行ってくれる?」

「そういうのはお父様に聞きなさい」

「お父様はリジーがいいって言ったらって言ってたよ」

「……」


 ちっくしょうミゼルめ。全部こっちに投げたな。


「すくなくとも面白半分にマンドラゴラを抜いてるようじゃあ駄目ね」

「うっ……。わかった。もう抜かない」


 って、生活費のためにマンドラゴラ採取したわたしが言えた話じゃないけど。大人ってこういうもんなんです。ごめん、と心の中で謝っておく。


「ほら、もう寝なさい。子供は寝る時間よ」

「明日も一緒に遊んでくれる?」


 最後の答えに頷いたらファーナは満足したのか「おやすみなさい」と言ってぱたたっと部屋から出て行った。


「すっかりリジー様に懐いていますねぇ。特にファーナ様は」

 感心したようにティティはファーナが出て行った扉の方に顔を向けている。


「そんな要素まったく思い浮かばないんだけどね」

 唯一あるとすれば、お菓子で釣ったくらい。お菓子すごいな。


「あのくらいの年頃だときれいなお姉さんって憧れですから」

「ああその感覚は分かる気がする」


 わたしも小さいころ、親せきのお姉さんのことが気になっていたっけ。しかし生まれから身についたプライドの高さが邪魔してなかなか素直にそれを表現することができなかった。そんなわたしにアイスクリームをつくってくれたお姉さんはマジ天使だった。


「わたしもリジー様のこと大好きですよぉ」

「なんか、照れるわ……」


 ああもうっ! 慣れない!

 こういうの慣れない。前世日本人だったわたしは、昔の頃から褒められるのに慣れていないんだって。


「照れたリジー様も可愛らしいですぅ」

「もう、からかわないでよ」


 わたしはひゃぁぁってなって、そっぽを向く。

 ティティから顔を背けても、宙に浮いている彼女はすぐにわたしの顔の方に体を動かすから質が悪い。照れた顔が丸見えじゃない。


「うふふ。リジー様はやっぱり可愛らしいですぅ」

「寝る! わたし寝るから」


 わたしは勢いよく立ち上がった。

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