42. それぞれのゆかりの地

 学校と居住区を都心に移しても、キョンと佐々木を含むほぼ全員の記憶がしっかり上書きされているのであろう。

 その塾はキョンたちの家の最寄り駅を挟んで反対側の、ちょっとした裏路地に建てられていたが、橘京子は慣れた手つきでその前に車を止めた。


「さすがにこの時間だとシャッターは降りてるようね。佐々木さんにシャッターを開ける力はないはずだから、ここにはいないとみて間違いないわ。

 そうすると、ここからの通塾路沿いのどこかにいる可能性が高いんじゃないかしら」

「そうかもな」

「キョン、もっとやる気を見せなさい。佐々木さんはあんたの親友なんでしょ?

 もっと心配しなさいよ」

「これでも心配してるさ。だが、いたずらに取り乱しても仕方がないだろ?」

「まあいいわ。ここからは歩いていくわよ。キョン、道案内しなさい」

「言われなくても分かってるさ」


 山手線の周辺にしては閑静な住宅街をたどり始めたキョンを見て、ハルヒはふと言う。


「ねえ、キョン」

「何だい?」

「あたしたちの不思議探索での思い出のルートって、どこになるのかしらね」

「そうだな…。お前と二人で探索したことって、意外と少ないんだよな。何故かいつも俺は二人組の方で、お前は三人組の方に入ることが多くて。

 それぞれのメンバーとのゆかりの地なら少しは思い浮かぶけど、ハルヒとのゆかりの地というと…やっぱり、みんなで集まっているあの喫茶店くらいしか思い浮かばないな」

「ふうん。ちなみに他の団員とのゆかりの地はどこなの?」

「朝比奈さんとゆかりが深いのは、川沿いの並木道にあるベンチだな。未来人だという告白を受けたのもあそこだったし、ご自身の無力感に落ち込んでいる朝比奈さんを慰めたのもあそこだった。

 長門とのゆかりの地と言えば、やっぱり図書館かな。最初の探索の時、俺が寝坊したのも悪いが、あいつは時間なんか気にせず本に食いついて、てこでも動かなくてね。図書カードを作って貸し出し手続きを済ませたらやっと離れられたんだ。

 古泉とのゆかりの地は…分からんな。意外と適当にあちこち散歩してるけど、これと言って思い入れのある地はないかな」

「今、あんた散歩って言った?」

「え、言ったか?」

「言ったわよ。ああ、もう道理で不思議も見つからなかった訳だわ。不思議探索を散歩と取り違えるなんて。古泉くん、キョンがそんな勘違いしていたのに気づかなかったの?」

「僕も、散歩だったことは認めざるを得ません。とはいえ、ただの散歩ではなかったんですよ。僕の知っている閉鎖空間の話や、朝比奈さんや長門さんのことなど、当時はまだ涼宮さんにはお話しするべきでないと考えていた様々な不思議について話し合っていましたからね。

 むしろ、散歩という形を取りながらも、デパートに買い物に行ったチームなどよりは余程不思議と密に接していたつもりですよ」

「それは嫌味かしら?」

「とんでもない。もしかしたら涼宮さんたちは、僕の理解できない形で不思議を探していたのかもしれませんし。ただ、僕達も決してサボっていた訳ではないことを、理解していただきたいのでして」

「まあ、いいわ。古泉くんについては、そのつもりだったってことにしておいてあげる。でもキョンはダメよ」

「何でそうなる?」

「普段からの実績の差よ。古泉くんはいつでもあたしたちのこと真面目に考えているけど、あんたは90%以上やる気がないマヌケっ面を晒しに来てるだけじゃないの」

「確かに昔はそうだったかもしれんがな、俺だって去年お前がどっかに消えちまった一件以降は、SOS団が俺にとっていかに大切な存在か気付いたんだ。あの件以降は、なんだかんだでお前が次に何を考えてるのか、楽しみにしてるんだぜ」

「じゃあもう少し表情を引き締めて。みくるちゃんがお茶を出す度に鼻の下を伸ばすなんて以ての外よ」

「そうよジョン。あとどうせこっちでも、あっちのキョンと同じで、有希のことを陰で『ゆきりん』とか呼んだりしてるんでしょうけど、あんたにはハルヒお姉ちゃんがいるんだから、その事を忘れないでよね」

「長門に『ゆきりん』なんて呼びかけても名称が一致しないとかいう理由でスルーされる気がするけどな。

 それはさておき、ハルヒのことは、忘れたくても忘れられねえよ。ハルヒ自らが気まぐれで俺の記憶をいじったりしない限り」


 ハルヒは、そう言われてきょとんとしていたが、どこか寂しそうに笑いかけつつ、


「そんなことする訳ないでしょ。そりゃあもう少ししっかりして欲しいところはあるけど、あんまりしっかりし過ぎたキョンなんてキョンじゃないじゃないもの。あんたにはそのマヌケっ面がよく似合ってるのよ」

「褒められてるのか、けなされてるのか」

「どっちでもいいの。重要なのは、あんたがここにいて、あたしもここにいるということなのよ。四年前の七夕に一緒に書いたメッセージ、覚えてるでしょ?」

「『私はここにいる』、だっけ?」

「あたしはここにいるからもし宇宙人が見てるんだったら今すぐここに来なさい、というつもりだったんだけどね。

 要は、こうして一緒にいるってことは、何よりのメッセージなのよ」

「なんかいいこと言ったように聞こえなくもないが、結局のところはぐらかされた気分になるぜ」

「細かいことは気にしなくていいの」

「そうかい」

「ところで京子」

「何でしょうか?」

「あの後神人を見かけてないけど、あんた神人がどの辺にいるか、どうしてあそこにいたのか、分かる?」

「あたしは、古泉さんが涼宮さんのことに精通しているほど佐々木さんの深層心理に精通している訳じゃないので」

「それでも、古泉くんみたいにどこに神人がいるのかくらいは感じられないのかしら?」

「あたしよりもむしろ古泉さんの方が神人のスペシャリストなので、何か知っているかもしれませんよ」

「そうですね。僕の感じる限りですと、この空間内の神人は北高の消去に徹している一体のみのようです。今のところは、僕達を追ってくる動きもないので、僕達は正しい道を選んでいる可能性が高そうです。違いますか?」


 と、古泉は私の方を振り向いて言った。


「私は正解を知っていますが、正解に最初にたどり着くべき人物は私ではありません。今の私は、キョン君が選んだ道が間違っていた時の緊急脱出装置に過ぎないと思って頂ければ」

「つまり、あなたが何もしない限り、この道は間違ってはいないと考えていいということですね?」

「そうとは限りません。誤った道に踏み込んでも、キョン君が自分で気づいて抜け出す可能性もあります。私は、危機が迫らない限り積極的に動く予定はありません」

「ちょっと、あんた、それでいいわけ?全部ジョン任せで」

「ハレノヒさんの言いたいことは分かりますが、これはキョン君が解決するべきことなんです。ハルヒさんもそう言っていた通りで」

「ハレノヒちゃん、あんたはこっちのキョンとの付き合いが短いからわからないかもしれないけど、このキョンはいざという時はやってくれるし、今回のようにキョンにしか解決できない問題もあるのよ。まあ、いざという時しか動かないのが問題なんだけどね。

 だから、今回は彼の出番は彼が言う通り、危機が迫ってからの防衛だけで十分なの。分かってるでしょ?」

「…でも、ジョンばっかり主役だったら、あたしの彼の立場がないじゃない。彼の方が何でもできるってのに」

「まあ、今日はその日じゃないというだけよ。これまでもケースバイケースで、状況によって活躍する団員はいつも違うんだから、そのうち彼の出番も来るわよ」

「分かった、あたしはお姉ちゃんの言葉を信じるわ」

「それでこそよ、ハレノヒちゃん。あんたはあたしなんだから、団員の範たるべきなのは当たり前なんだけどね」

「そりゃあそうよ。

 ところで、あっちの方に誰かいない?あれ、佐々木さんじゃないかしら?」


 ハレノヒが指さした方向には、確かに誰かが立っていた。

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