紅葉狩り

しげると着物少女

 10月4日。城ヶ崎しげるは新幹線に乗っていた。

 大きなバッグを棚に上げ、ひとり窓を眺めるしげる。

 その表情はどこか不安げだ。ある女性がしげるに声をかける。


「お隣よろしいでしょうか?」

「どうぞ。あ、君は……」


 女性というよりか少女は着物を着ている。

 しげるはこの少女に見覚えがあるようだ。


「この節はどうも」

「どうも。この前は大変な目にあったね」

「はい?」

「いや……避難訓練のときに人質になって」

「はぁ、そういえばそんな状況だったらしいですね」

「だったって、かなり大変だったと思うよ」

「そうでしたかね?」


 少女の独特の雰囲気にしげるはとまどった。


「たしか、桜小路さんだったよね。今日はなんで新幹線に?」

「今日は東京でお稽古がありまして」

「お稽古って、茶道の?」

「いえ、日本舞踊のです」

「へぇ、日本舞踊ね。すごいね」

「それほどでもないですよ」

「すごいって、東京まで稽古に行くなんて、よっぽど好きじゃないとできないよ」

「そうですか?ありがとうございます」


 唇に軽く手を当てほほ笑む桜小路舞の姿にしげるは一瞬はっとした。


「ところで、先輩はなぜ新幹線に?」

「ああ、大学の体操部の練習に参加するんだ」

「大学の練習ですか、すごいですね」

「いや、練習に参加するだけだから。でも、レベルが高そうだからすこし不安なんだよね」

「レベルが高いのは当り前じゃないですかね?大学なんですし。

 あまり気負いしても仕方ないですよ」

「そうだよね、高いのは当り前だよね。気楽に行ってみるか。ははは」


 しばらく談笑する二人。小田原駅をすぎたあたりでしげるが窓の外に何か見つけた。


「あ、ロビンソンだ」

「ロビンソン?」

「うん、スーパーの看板に『ロビンソン』って」

「それが何か?」

「いや……港にロビンソンっていう面白いおじさんがいて、ロビンソンって文字を見るとその人思い出しちゃって」

「そうなんですか。ロビンソンさんに会ってみたいですね」

「やめたほうがいいよ。かなり振り回されちゃうから」


 新幹線は終点の東京に到着した。ホームに降りるしげると舞。

 しげるがバッグから紙を出して、何やら探しているようだ。


「先輩、何を探しているんですか?」

「え、『中央線』ってどっちかな?」

「こっちですよ。わたしも一緒ですから」


 不意にしげるの手を引き、中央線のホームに向かう舞。


「ところで、先輩お名前は?」

「え?言ってなかったっけ?」

「はい」

「じゃあ、城ヶ崎です」

「よろしくお願いします、城ヶ崎先輩」

「こちらこそ」


 舞の独特な雰囲気と握りしめられた柔らかな手に、しげるは不思議な感覚を覚えた。

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