追憶 五

「夕、俺の元に嫁に来て幸せか」


 夕がまだ生きて側にいた頃、それが俺の口癖だった。


「はい、私は幸せですよ」


 その度に夕は怒りもせず、微笑みを浮かべてそう言ってくれた。

 夕は本当に出来た女だった。年嵩としかさではあったが、よく働き、よく家の者を気遣った。

 何より、夫である俺の事をいつも立ててくれる、まさに理想の嫁だった。


 それが、俺には――何よりも辛かった。


 夕を妻に迎えてから、俺は遊廓に通うようになった。

 それを夕が咎めた事は一度としてない。道場で会う涼一の様子から察するに、恐らく実家にも言わなかったのだろう。

 不義理をしている事は解っていた。それでも俺は、女遊びを止めなかった。

 夕を思えば思うほど。その肌に、体に、どんどん触れられなくなって。

 だのに、夕は、微笑むのだ。総て解っていると、まるでそう言うように。


 夕と、ずっと一緒にいたかった。

 一緒にいられれば、ただそれだけで良かった。


 それだけで、良かったのに。



 待っていろ、夕。

 俺は、必ずお前を黄泉帰らせる。

 何を、誰を、犠牲にしても――。

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