追憶 四

 固いものが、肉を打つ音がする。

 絶え間無く全身に与えられる痛み、痛み、痛み。けれどもくつわを噛まされた口からは、唸り声と涎しか出てこない。


「ごめんなさい、ごめんなさい! だからもう止めて!」


 霞む視界で横を見ると、あの子が顔を覆って泣きじゃくっている。それを見て、こう思う。

(……アンタの責任じゃない。アンタが謝る事じゃないんだよ、全……)


 その言葉は、あの子には届かない。



 運が悪かったんだ。

 アタシの格好をした全を店の人間に見られた上に、旦那様に報告までされちまった。そしてアタシは今、旦那様の息子に下賤な格好をさせた罰としてこうして責め苦を受けている。

 更に全は、アタシが責め苦を受け続ける様を無理矢理見させられている。これがお前の罪なのだと、見せ付けるかのように。

 優しいあの子には、きっと自分が責め苦を受けるよりこたえる事だろう。いや、それが解っていて、旦那様はわざとこうしているのだ。


「兄上、お願い! 小雪を助けて!」


 涙で瞼を真っ赤に腫らしながら、全が跡継ぎの旦様に縋り付く。旦様は身を屈め、そんな全に視線を合わせると場違いな程に優しく語りかけた。


「全、お前は男の子だね?」

「え……」

「男の子が女の真似事をしてはいけないと、そう言われたのを破ったのは誰かな?」


 全の体が、ガクガクと震え出す。ああ、全、考えちゃいけない、それは――。


「……全……」

「そうだね、つまりこれは全のせいだ。全のせいで、あの子はこんな仕打ちを受けなきゃならないんだよ」

「全の、せいで……」


 止めてくれ。それ以上、全の心を傷付けないでくれ。頼むから――。


「お前が父上や私の言う事をよく聞いてさえいれば、こんな事にはならなかったんだよ。……解るね?」

「……あ……ぁ……」


 ――ぱきん。


 聞こえる筈のない、心がひび割れる音が聞こえた。

 それから全は泣きもせず、ただ黙ってアタシが痛めつけられるのを見続けていた。アタシは体よりも胸が痛くて、痛くて痛くて痛くて堪らなかった。

 アタシのせいだ。アタシが良かれと思ってした事が、あの子の心にひびを入れてしまった。

 この太田屋は狂っている。遊女達だけでなく、自分の子の人生すらも平気な顔で歪めてしまう。

 ならばアタシはあの子を守ろう。誰も頼る事の出来ないあの子を、そっと側で守ろう。


 それがきっと、アタシがあの子に出来る唯一の償いだから――。

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