第七幕 抵抗の涙
「全様、一体どこへ……」
「いいから黙ってついてこい」
涼一の手を引いたまま、全はぐんぐんと先へ進む。全の姿を見た店子達は皆心配の声をかけたが、それら総てを全は黙殺した。
やがて全の足は、夜の闇に包まれた外へと向かう。涼一は何とかそれを止めるべく逆方向に腕を引いたが、涼一より力の弱く体重も軽い筈の全の体は何故かびくともしなかった。
「全様、夜の外気は体に障ります」
「うるさい」
声をかけてみても、取り付くしまもないと言った感じで全は足を止めない。いつもと明らかに違うその様子に、涼一の心に焦りが広がる。
このままでは、全の命が危ない。己の身に迫る危機よりも、涼一にはそちらの方が遥かに重要だった。
やがて二人は店を出、夜の道を歩き出す。朧月に照らされた吉原は、ぼんやりと妖しく闇の中に浮かんでいた。
決して見通しの良くない中を、迷う事なく全は進む。涼一には、全の向かっているのがどこか解っていた。そして、そこで何を口にするかも。
「涼一」
やがて全はぴたり、と足を止めて振り返る。その表情は、間近で見なければよく解らない。
涼一が辺りを見回せば、果たしてそこは心中のあったあの川だった。どこか生気の籠らない声で、全は言葉を口にする。
「……全様」
「俺と死んでくれ、涼一」
――やはり。涼一の唇が、固く引き結ばれる。
「解っているだろう? 現世じゃあ俺達は、どうしたって結ばれない」
言いながら、全が涼一に身を寄せる。薄闇に隠されていた顔が、近付く事で露になった。
表情のないその顔に、細い涙がひとしずく、線になって流れていた。
「なァ、出来るだろう? だって、お前は、俺を」
「――それ以上は言わせない」
涼一の手が、全の左肩を強く掴んだ。その痛みに、微かに全の顔が歪む。
「
「それ以上全様の姿で、声で、全様の覚悟を踏みにじる事は許さない。例え死霊に心惑わされようとも、全様が自らの意思であの日の誓いを違える事は決してない。今流れる涙こそがその証」
「り、涼一……」
怯えたような――媚を売るような仕草で、全が涼一を見上げる。しかし普段の全ならば絶対にしないその仕草は、余計に涼一の怒りに火を点けただけだった。
「これ以上の茶番は無駄だ。正体を現せ……麗羽!」
涼一のその言葉に。全の――いや、麗羽の口元が、弧に歪んだ。
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