幕間 一
必死に金を工面し三日に一度は会いに行くほど、彼はこの葉月に惚れ込んでいた。葉月は顔はそれほど美しい方ではなかったが、茂吉のつまらない話も笑って聞いてくれる気立てのいい女だった。
そんな葉月が、自分と一緒に外に出たいと言う。嬉しい反面、茂吉の頭にはやはり、最近の連続心中の事が浮かんでいた。
――まさか、葉月は自分と心中したいと言うのか。
思えば今日の葉月は、どこか上の空だった。いつものような朗らかな相槌も、今日は返っては来ない。
まさか、まさか、葉月は自分を――。
そこまで考えて、茂吉は心の中で首を振った。有り得ない。葉月の客は自分だけではないのに、葉月がその中から自分を選び取るなど。
自分にそう言い聞かせ、茂吉は葉月の願いを叶えてやる事にした。外は生憎の曇り空で、茂吉の持つ提灯の頼りない灯りだけが二人を照らす光だった。
「――お前様」
川の
今二人がいる川は、連続心中が起こっているまさにその川だった。
「は……葉月」
「お前様。お前様はわっちを、愛してくれているでありんすか?」
声を震わせる茂吉に、葉月が問う。それは間違いなく葉月の声の筈なのに、まるで知らない女の声を聞いている気分に茂吉をさせた。
「まさか、まさか、ナァ、嘘だろう、葉月」
「わっちを……愛していないでありんすか?」
「違う、聞いてくれ、葉月!」
静かな声で重ねて問う葉月の肩を、茂吉は強く掴んだ。拍子に持っていた提灯が、手から離れてぱさりと地面に落ちる。
「俺ァ葉月、確かにお前が好きだ。だが違うだろう? 死んで一緒になったって何にもならねェ。……お前が俺をそんな風に思ってくれてたのは嬉しいよ。そんならもう少し、もう少しだけ待ってくれ。必ずお前を身請け出来るだけの金を稼いで」
茂吉の決死の告白は、しかし最後まで紡がれる事はなかった。突然に伸びた細腕が、茂吉の喉を鷲掴みにしたからである。
「が、がはっ……」
「お前様とわっちが共に召される事。それ以上の愛の形などありんせん」
とても女とは思えない力で、葉月は片腕だけで茂吉の体を持ち上げる。苦しみと痛みに喘ぐ茂吉の目に、雲間から覗いた僅かな月光に照らされた葉月の顔が映る。
口元で妖艶に弧を描いたその顔は、茂吉の全く知らない女の顔だった。
「さァ、愛しい人。わっちとあの世で結ばれませ。永遠に……」
そして葉月だったその女は、腕に掴んだ茂吉ごと、昏い川へと身を投げた。
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