眠れない僕たちの町

@PJOMY

第1話

生きるのが怖い


「はあ、もう寝たくない。」

寝なくても、明日が来ることくらい知っている。だけど、寝てしまえばすぐに明日がそばに来てしまう気がしてどうしても怖くなるのだ。


僕はこの春、高校生になった。勿論、恐怖心が無いわけじゃなかった。だけど、僕は高校生になれば学校が楽しくなると期待していた。期待するしかなかった。信じていたかった。

まあ、案の定、期待は打ち砕かれた。友達はできず、ずっと笑顔をつくった。勉強にも追いつけず、いつしか重荷になった。好きな先生も居なくて、授業が息苦しかった。

元々、嫌いだった学校が大嫌いになるだけじゃとどまらず、ただ僕の中に苦しみを植え付ける苗になった。

毎日、ご飯を食べる度、胃に入れたもの全て吐いた。息がしづらく、リズムがとれなくなってよく過呼吸になった。ずっと心にこびりつく蟠り(わだかまり)は僕の首を絞めた。ひたすら声も出さず涙を零した。

僕は学校に支配されたのだ。

そこで気づいた。

僕は"死ぬ為に"生きている、と。

今迄、純粋に楽しみをもてていたものさえいらないと思えるほど、僕は『死にたい』と強く願うようになった。

「神様、お願いです。どうか。どうか、僕を殺して下さい。ごめんなさい。僕はこれ以上生きられません。もう限界です。僕を殺して、誰かの命を救って下さい。」

そんな願いは叶えられるわけがなかった。いや、神なんていないんだ。


僕は遺書を書いた。僕は決心した。この手で僕自身を殺めることを。


8月31日


『もう、僕は死のうと思います。本当はもう少し頑張ろうと思っていました。だけど学校のことを考えるとどうしようもなく怖くなるのです。苦しいんです。

もう毎日、苦しみたくない。吐きたくない。泣きたくない。周りに迷惑を掛けたくない。

死を願いたくない。

もう、こんな思いをしてまで生きる意味を見つけられませんでした。

仮に誰かに愛をもらっても、心が痛んでしまうのです。本当にごめんなさい。僕と関わってくださった方々。

ありがとうございました。

でも、どうしてもこれ以上生きられません。

全部捨てたいんです。これ以上、生きるのが怖い、弱い僕を許して下さい。

最期まで迷惑を掛けてすみません。

今までたくさん僕を救ってくれてありがとう。本当にありがとう。そして本当にごめんなさい。どうか皆様お幸せに。どうか、僕のことは忘れて下さい。』


さあ、今日で僕が生きるのは最後だ。怖いなんて思わない。未来に比べたら、こんなものよっぽどマシだ。

僕はベットに入った。

(やっと、死ねる。もう、僕に未来はない)

そう考えたら心が落ち着いた。


(ん?此処は何処だろう?夢?)

気づけば僕は気味の悪い部屋に立っていた。

いつも、あんなに眠れなかったのに、死ねるって考えるだけでこんなにも早く眠りにつけるなんて。

突然、奥の方から声が聞こえた。

「こんなところにきてどうしたんだい?」

そこにはふくよかなおばあさんがいた。

僕は口を開いた。

「眠ったら気づけば此処にいたんです。」

「そうかい、それじゃあ少しお話をしようか。」

優しい笑みを浮かべて、おばあさんは語りだした。


『あるところに布を織る仕事をしている2人の娘がいました。1人は丁寧に細かく織っていました。そしてもう1人は大雑把でいつもテキトーに織っていました。

大雑把な娘はいつも怒られていたが、何も気にする様子もありませんでした。雑に織っているから糸玉があっても簡単に通り抜けてしまうのです。

一方、丁寧な娘はいつもいつも苦労して織っていました。毎日集中して織り終わったら疲労困憊。だんだん苦しむようになっていきました。

でもその娘は丁寧に織り続けました。小さな糸玉も勿論通りません。丁寧に一つずつ取り除きました。誰かに罵倒され続けて歪んでしまっても必死に織り続けました。もう1人の娘より長い時間をかけてやっと完成したのです。』

「さて、どっちの方が美しい布ができたと思う?」

「そりゃあ、丁寧に織っていった娘じゃないですか。」

「そうだ。その娘はたいへん美しい布を作り上げたがもう終えた頃には体も心も限界だった。

真剣に生きれば生きるほど苦労するものだ。みんな苦労しながら生きているのさ。

めげずに織り続けたら美しいものができるのだ。しかし、それで自分をこわしてしまえば全て無駄になる気がしないか?

その完成形をどのレベルにするのかは君次第。だけど君の限界を超えて、体を壊す必要はない。君のできることをできる限りにする。疲れた時は休憩したっていい。また、再開すればいいさ。」

僕は泣いていた。多分このおばあさんには僕の悩みを見透かされていたのだろう。

「それでも、怖いんだよ!今迄、ずっと頑張ってきたのに報われるどころか枷になっていくんだ。みんなも苦しい?そんなことくらいわかってる!でも僕には耐えられないんだよ。なんなんだよ!『みんな違って、みんないい』なんだろ?なら、耐えられない僕がいたっていいじゃないか!なのに、何が『みんな、同じ』だよ。もう、生きたくないよ。全部いらない!欲しいものだって全部もういらないよ!

逃げたってうまくいくわけない!僕は何もできないんだから!」

勢いに任せて僕は話した。止まることなく話したので息が切れていた。

「大丈夫、まだ君はこれからどうにでもなれるって。今から何にでもなれるのさ。」

「僕がいってるのは"今から"の話じゃない!

"今"の話をしてるんだ!今、苦しいから、もう無理なんだよ。生きるのってずっと苦しいんだよ!そういうものだって受け入れられたら楽なんだろうけど、あまりにも僕にはできない。」

「きっと、今の苦しみは力になるよ。苦しみに耐えようとせず、超えるんだ。常識の道を歩くのが全てじゃない。君が真にしたいことをしてみたらいい。弱くたっていい。脆くたって、誰かに咎められたって、間違えたって、失敗したって、怒られたって。君は君だ。他人を考えるのが嫌なら、自分を見つめてみたらいいんだよ。"君"は真剣に生きてる。真剣に生きているから、苦しいんだよ。死にたくなるんだよ。でも、できないことがあるって悪いことか?それを駄目だというのなら私はその人のことを疑うね。自分を信じてみたらいい。"みんな"の当たり前ができなくたって君は真剣だ。それでいい。」

僕は声を上げて泣いた。怖い、怖いよ。

「なんであなたはこんなところにもいるんですか?あなたはそんなにも強いのにどうして?」

「私は逃げたんだ。だから、もうずっと眠れない。逃げてはいけないところへきてしまった。」

「どうして、此処に逃げてきたんですか?」

「君と同じようなもんだよ。でも、君はまだとりかえしがつくさ。こんなところに逃げないで、布を織る場所くらいどこでもいいんだ。

どうしても無理なものは、それを取り除いてあげたらいい。どうなるか分からないものは逃げるのさえ怖くなるもんだ。だけど、まだ君は此処へ来てはいけない。

君は私みたいにならないで。こんな思いをするのは私だけでいい。

さあ、眠りが君をよんでいるよ」


僕は目が覚めた。呼吸がうまくできていなかった。

「やっぱり、怖いよ…。」

そうは呟いたが、僕は死ななかった。また、苦しいのに学校へ向かった。

いつか、どうか。

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