第27話 勇者救出作戦
「た、大変ですう~」
チョコが連れ去られて1時間後。出勤時間に遅れたエヴェリンがやって来た。彼女も教会の命令で軟禁されていたようだ。教会としては類まれな力を有し、さらに帝国の有力貴族の娘であるエヴェリンが勇者と一緒にいることを危惧したのだ。
今回の粛清に連座するのを防ごうと引き離したと見るべきであろう。だが、エヴェリン自身はそんなことは考えていない。純粋にチョコのことを心配している。
「チョコさんが都から来た異端審問官に逮捕されました」
「ええっ……そんなチョコ様が……」
エリスは目の前が真っ黒になってしまった。異端審問官という響きは、この国に暮らすものには恐怖である。目を付けられたものは100%有罪になり、処刑されるのだ。
「ヤマダさん……どうしましょう?」
急にエリスに振られてヤマダは戸惑った。ヤマダにとってもこの展開は想定外だ。それにエリスが自分に意見を聞くなんて思ってもいなかった。
「う~ん。まだ魔族の驚異があるのに勇者を排除するなんて早計だと思うけどね」
ヤマダはそう答えた。人生経験が豊富で歴史に知識もあるヤマダにとっては、この展開はよく考えればありえることだ。人間の歴史の中で繰り返しおこなわれてきたことだ。
「ヤマダさん……ウサギ男とは思えない賢い回答ですね」
「私もそう思いました。そもそも、ヤマダさんに意見を求めた私の精神状態が異常でしたが、まともな返事に戸惑っています」
エヴェリンとエリスがそんな失礼なことを言う。だが、ヤマダはめげない。おっさんの度量の大きさはこういう部分で発揮されるものだ。
「力尽くで、その異端審問委員会というのを止めさせることは簡単だと思うけど、それをやるならチョコさん自身が行うだろう」
ヤマダは意見を述べた。2人は真剣な顔で頷いた。
「そうですね。だけど、それをしたら本当に反逆罪になってしまいます」
「チョコ様が人類の敵に認定されるのだけは回避しなければ……」
「そうなると俺たちが直接手を下すわけにはいかない。ここは……」
ここでヤマダは言葉を濁した。ある名案が浮かんだのだが、それをここで暴露するのはまずいと考えたのだ。
「ここは?」
「ヤマダさん、何か企んでいますね?」
エヴェリンとエリスは勘がいい。仕方がなくヤマダは言葉を濁した。
「つまり、もう一度、帝国上層部に勇者が必要だと思わせればいいのだよ」
「なるほど……」
2人はそう感心したが、その必要と思わせる状況をどう作るのかが分からない。それを白状するのはヤマダにとっては賭けである。
「つまり……その……」
ヤマダは自分のところに魔界からドラゴンが来ていることを話した。このドラゴンが意外と気のいい奴で、話をつければ動いてくれることをだ。
「つまり、そのドラゴンさんに暴れてもらって、それをチョコさんが止めればよいということですね。さすがヤマダさん、賢いですわ」
エヴェリンはそう単純に褒めたが、本心は腹黒い彼女。心の声がヤマダには聞こえるのだ。
(都から来たそのジャストなんとかという伯爵と軍隊を葬ってしまいましょう……おーほほほっ)
一方、エリスの方はヤマダを疑いの目で見ている。そりゃそうだ。こういう事態にならなければ、そのドラゴンを匿って悪いことをしようとしていたと思われても仕方がない。だが、この状況下ではエリスもヤマダの計画に乗らざるを得ない。
「分かりました。そのドラゴンを町の役所に向かわせてください。但し、町の人たちの安全は第一に。攻撃してくる魔法兵団だけをターゲットに」
「ゴールドさんにお願いしてみます」
ヤマダはそう言ってドラゴンの待つ自分の丸太小屋に戻ることにした。その間にエヴェリンとエリスは役所近くの住人を避難させる。
*
「なんだと、勇者が人間どもに捕まった?」
丸太小屋に帰るとゴールドとモグ子がだらだらと床に転がっていた。こいつら、昼間から完全にだらけている。
「そこでゴールド様。今から町でひと暴れしてもらいたいのです」
「なぜ、わしが暴れねばならない。勇者が仲間である人間どもに処刑されるのであれば、非常に喜ばしいのではないか?」
さすがドラゴン。頭がいい。だが、頭がいい奴ほどほんのちょっと視点を変えるだけで、騙すことも可能である。騙すというより、損得勘定を冷静に判断させる取引(ディール)である。
「そうでしょうか、ゴールド様。人間どもは魔族を倒せると過信しております。この町には勇者の代わりに派遣された2000人もの魔法兵がやってきております。人間の奴ら、勇者とそれが等価だと思っているのです」
「愚かだな。わしら魔族はこれまで勇者一人に苦しめられてきたが、それは2000人程度の人間の力と同じではない」
「そうでしょう。つまり、それを認めることは魔族の力の過小評価を認めることになります。ここはゴールド様が出陣し、その認識を一挙に変えてやるべきかと」
「……つまり、人間どもに勇者の偉大さを示させるというわけか?」
「そうではありません。魔族の強大さを知らせるのです。勇者のせいで過小評価されていますが、それは錯覚に過ぎないことを再認識させてやるのです。それで人間どもは魔族に対する認識を変えるでしょう」
ゴールドは赤く光る目でヤマダを睨む。そしてこの賢いドラゴンはヤマダの狙いをズバリと聞いてきた。
「お前の狙いはなんだ。単に勇者を救いたいだけではないだろう?」
「俺の願いは魔界と人間界の和平です。幸い、勇者は魔族を殲滅することに疑問を抱いています。人間も魔族も譲れることは譲り共存できないかと考えていると思います」
勇者チョコが魔族退治を中断して、この町に滞在しているのは人間のために魔族を殲滅することに疑問を感じてのことだとヤマダは思っていた。
相変わらず、魔族には厳しいけれど、人間の方が善で魔族が悪とは思っていない。そうヤマダは思った。改造人間である自分を生かしたのもそういう理由だろうと思ったのだ。
(全然、というか、まったく違うが)
「よかろう。今から、その魔法兵団とやらを壊滅させてやろうじゃないか」
ゴールドのおっさんはそう言って胸を叩いた。
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